追手

「ロルフか?」


深夜屋敷が寝静まった頃、エルヴァンの部屋を訪れたのは庭師であるロルフ。

真っ黒な装いに昼間とは違う殺伐とした雰囲気を纏わせ、背中には黒く大きな羽が生えている。

手には全身真赤に染まりぐったりしている人の姿があった。

その血はカーペットに血だまりを作る程の量だ。


「ちょッ!!またローザに怒られるやん!!」


慌ててロルフの元に駆けよると「ん」と瀕死の男と共に封書を手渡してきた。


「……いらんわ。目につかんとこに捨ててき」

「………………ん」


エルヴァンは書状だけ受け取り、男の方はロルフに押し付けた。

ロルフは不服そうに眉間に皺を寄せると、瀕死の男を手にしたまま大きな翼を羽ばたかせて部屋の窓から外へ飛んで行った。


「なんで窓から出てくねん!!部屋ん中で翼広げるなって何度言うても分からんな!!」


ロルフの出て行った後の部屋は突風が吹いたかのように書類が部屋中に舞っていた。

「ったく」と文句を言いながらロルフの持ってきた封書を開くとそこには、手配書と書かれリィリィの姿絵が書かれていた。


「……向こうさんも必死やね……」


そう呟きながらグシャッと握り潰すと、手配書は炎に包まれあっという間に灰となった。






❊❊❊❊





「リィリィ、今日は僕王都に呼ばれとるでちょっと留守にするわ」


ある朝、起きるとエルヴァンが珍しく着物ではなく洋装に身を包み、前髪を上げたスタイルで立っていた。

いつもと違う雰囲気に驚いたが「なんや?男前過ぎて声も出んか?」なんていつもの調子で言うもんだから、驚きも消え去った。


(……黙ってたら結構……)


と、そこまで思ってハッとした。


(今何を考えた……!?この人は私の飼い主なのよ!!)


首を勢いよく振り、要らぬ煩悩を捨てようとしているとエルヴァンが怪訝そうにリィリィの顔を覗き込んできた。


「何や?どうかしたか?」


鼻先が当たりそうなぐらい近い距離にエルヴァンの顔があり、驚いたリィリィはボンッ!!と子ウサギの姿になってしまった。


「おやおや」と言いながら抱き上げ腕の中へ。


気持ちが高揚しただけで簡単にウサギの姿になってしまうなんて……

本当に自分が嫌になる。そう思いながら顔を見上げると、そこには変わらず笑みを向けてくれるエルヴァンの顔があった。


その笑顔を見ると不思議と安心出来るし、心臓が痛いほど高鳴る。


「すぐ戻ってくるで大人しく待っとってな?」


そう言ってリィリィをハンスに預けるとエルヴァンは王都に向かって行った。


「キュゥ……」

「おや、寂しいですか?大丈夫ですよ。爺やがおります」


耳を垂らして鳴くリィリィにハンスは頭を撫でながら安心するよう言った。


「折角ですし、庭で遊びましょうか」


ハンスはリィリィを抱きながら庭へとやってきた。

そこには花々な咲き乱れ、花の良い香りが鼻をくすぐる。

リィリィが庭にやって来たのは二度目。一度目はエルヴァンに拾われた時。

あの時は疲労困憊で庭を見るなんて余裕なんてなかった。

改めて見る庭はとても広く、綺麗に手入れされていた。


ハンスはリィリィをゆっくり降ろすと、元気よく駆け出した。

「あまり遠くに行っては行けませんよ!!」とハンスが声をかけるが、リィリィは垣根の間を駆け回り聞こえていないようだった。


ズボッと一際大きな垣根に首を突っ込むと、目の前に見たことも無いピンク色の綺麗な花を咲かす木を見つけた。


「……………ん?」


そこに丁度ロルフが通りかかり、リィリィと目が合った。

相変わらず口元を隠しているから表情が分からない。


ロルフはリィリィが垣根から出られなくなってると思ったらしく「ん」と手を差し伸べてきた。


クンッ


(──ッ!!!!)


ロルフの手から血なまぐさい臭いがリィリィの鼻をつき、思わず飛び退いてしまった。


「………?」


ロルフは何だ?と不思議そうな顔をしたが、再びリィリィに手を伸ばしてきた。


(この人、怖い!!嫌だ!!!)


泣きそうになりながら逃げようとするが、腰が抜けて動けない。


「ああ、こんな所にいましたか」


ハッと顔を上げると、そこにはハンスがいた。

リィリィはすかさずハンスの腕の中に飛び乗った。


「──おっと、どうしました?……おや、ロルフも一緒でしたか」

「……ん」


ハンスに問われてロルフは頷いた。

リィリィはハンスの腕の中で震えていてロルフに何があったのか尋ねたが、分からないとばかりに首を捻っていた。


「ほら、何も怖くありませんよ。ご覧下さい。今が見頃です」


そっと体の向きを変え、見せてくれたのは先程のピンクに染まった木。


「これは桜と言う木らしいです。……美しいでしょう?」


堂々としていて美しい。率直な感想だった。

風が吹けば花びらが舞い散る。その光景がなんとも言えず幻想的で夢の中にいるみたいだった。


夜になると更に美しさが増すと聞き、リィリィが目を輝かかせるとハンスが「では今夜は夜桜見物と参りましょうか」と嬉しい事を言ってくれた。


心做しかロルフも嬉しそうにしている感じがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る