主従関係

ティナの目の前では飼い主宣言をしたエルヴァンがにこやかに微笑んでいる。

ティナは開いた口が塞がらない程驚いていて、ハンスがすかさず口を挟んできた。


「旦那様!!もう少し言い方ってものがあるでしょ!?」

「だから回りくどい言い方は嫌やって先に言うたやん」

「本当に貴方と言う人は……!!」


エルヴァンとハンスの言い合いを見ている内にティナは落ち着きを取り戻し、エルヴァンの意図を理解する事が出来た。


この人はとしてではなく、としてこの屋敷に置いてくれると。

皇女がいるなんて他の者らに知られる訳にはいかないし、仮に帝国の者がここまで来ても子ウサギを飼っていたと言えば屋敷の者達が咎められる事はない。


それに、きっとこの人は皇女という身分を棄てて自由に生きるべきだと言ってくれている。……ような気がした。


自分がここにいる以上、どちらにせよこの屋敷の者達には迷惑をかける。それなら少しでも迷惑のかからない方法を選びたい。そう思い、スゥと一息吸ってから意を決したように口を開いた。


「──分かりました」


その言葉にエルヴァンとハンスは言い争うのを止めティナの方を振り返った。


「私、貴方に飼われます」

「……ははっ、いい眼しおるやないか」


リィリィは覚悟と決心を決めたとばかりにしっかりとエルヴァンを見据えていた。


こうして、ティナはエルヴァンに飼われる事となった。


「よっしゃ、じゃあ、名前決めよッ!!」


パンッと手を叩き嬉しそうに宣言した。

ティナはまさか名まで棄てろと言われるとは思わず困惑した表情を滲ませた。


”ティナ”という名は亡くなった母が付けてくれたもの。その名を簡単に棄てることはできない。


エルヴァンは俯いて自問自答しているティナの頭にそっと手を置いた。


「今の名を棄てろとは言わん。けどな、僕らがティナって名を呼ぶたびに色んな思いが込み上げてくるやろ?嫌な思い出もいい思い出も全部な……そんなら一旦その名は忘れて、新しい名で新しい人生を送るんもええやろ?」


そう諭すように言われた。


「まあ、ペットに名をつけるんは飼い主として最初の仕事やしね」


なんて付け加えられて「一言多い!!」とハンスに叱責されていた。


ティナは考えた。

この名は亡き母が付けてくれた大切な名だが、それと同時に出来損ない”ティナ皇女”という名でもある。

エルヴァンの言うように今はこの名を忘れて、新しい自分になって生きてみてもいいんではないか。


(お母様もきっと許してくれる)


ティナは力強い目付きでエルヴァンを見つめ返した。

エルヴァンはその表情を肯定と判断し、微笑みながら頭を捻った。


「そうやね……小さくて白い……」


しばらく唸りながら頭を抱えていたが「そうや!!」と顔を上げた。


「リィリィ・オヴ・ザ・ヴァリィ。鈴蘭って意味や。僕が前いた国の花の名前で真っ白い鈴のような可愛らしい花をつけるんよ。花言葉は”再び幸せが訪れる”今の君にぴったりやろ?そこから取ってリィリィ。どうや?」

「リィリィ……」

「そう。君は今からリィリィや」


ティナ……改めリィリィは聞きなれない名を呼ばれ戸惑ったが、すぐに顔を綻ばせた。

その表情を見てエルヴァンは安心したように微笑んだ。


「飼い主が名をつけるんは飼い主としての覚悟の証なんよ。だからな、僕は命をかけてリィリィを護ったる。約束や」


八重歯を見せながら笑う姿を見てドキッとリィリィの胸が熱くなり、思わず胸を掴みたくなった。

今まで感じたことのない感覚だが、不思議と嫌な気はしなかった。


「──という事で、無事我が家の一員に加わったリィリィちゃんに言っとくことがあります」

「はいッ!!」


不意に声を掛けられ反射的に大きな声を出してしまい、エルヴァンにクスクス笑われリィリィは顔から火が出そうなほど真赤に染まっていた。


「ごめんごめん。驚いたな。あんな、ここは見ての通り人が少ないんよ。最低限いればええし、なんも不自由しとらんからええんやけど、リィリィには不便かと思うてな」


エルヴァンが言うには侍女はローザ一人しかいない為、自分の事は自分でがこの屋敷でのルールらしく屋敷の主人であるエルヴァンも自分の身支度や部屋の掃除など自分で出来るところは自分でやっているらしい。

だから皇女だったリィリィには不便を要すると言いうのだった。


「ああ、大丈夫です。何年も離宮に一人でしたから自分の事は自分で出来ます。なんなら料理も少しできます」


元より侍女なんて何年も付いていない。食事も最低限で忘れられることも度々あったので離宮の貯蔵庫から食べれるものを見つけては自分で調理していたくらいだ。

エルヴァンは「そうか……」と憐みの表情を浮かべたが、すぐにいつもの表情に戻り


「いつでも独り立ちできるやん!!そんなん僕寂しいわぁ!!」


と泣くような仕草を見せたので、思わず笑ってしまった。

この人は私の辛い思い出を辛いものとして扱わない。そのことがリィリィはとても嬉しかった。


その後は、トーマスが簡単な軽食を作ってくれたのでエルヴァンと食べることになった。

食べてる最中もエルヴァンとハンスが時より言い争いを繰り広げ、それをリィリィが楽しそうに見ていた。


この日、リィリィは久しぶりに胸が高鳴って中々眠りに付けなかった。

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