本当の姿

しばらく呆然としていた二人だが、先に我に返ったティナの悲鳴でエルヴァンも我に返り、すぐに羽織を脱ぐと真っ赤になっているティナの頭に被せた。


「とりあえず、それで隠して」

「あ、ありがとうございます……」


すぐに悲鳴を聞いたハンスが駆けつけ、人の姿のティナを見るなり「旦那様!!一体何を!!」と胸ぐらを掴んで詰め寄った。


「ちょ、誤解や!!何もしとらん!!」

!?貴方はこんなか弱い少女になんて事を……!!爺は悲しい!!恥を知りなさい!!」


何故か話は斜め上の方向に向かって行きハンスは遂に泣き出してしまった。


「ちゃうねん!!人の姿に戻れんみたいやったから、ちょっと感情的になれば戻る思って試してみたんよ!!」

「は?」


ハンスに抱きしめられるようにしているティナから思わず声が上がった。


まさか今までのは私を人間の姿に戻すためにわざと……!?


確かにエルヴァンの思惑通り人間に戻れたが、ティナはどうにも面白くない。

ギロッと睨み返すとエルヴァンは悪気などないように微笑んでいる。


「とりあえず先にお召し物を……!!ローザ!!」


ハンスはパンパンと手を叩くと「はいはい」と見覚えのある侍女が入って来た。

ローザという侍女はティナを見るなり「あらあら……!!」と一瞬驚いたようだがすぐに事態を察し、すぐにエルヴァンらを部屋から追い出した。


「さあさあ、このローザが来たからもう大丈夫ですよ」


そう優しく微笑みかけてくれ「まずは身体を清めましょうか」と暖かいお風呂に入れてくれた。

久しぶりに入る湯はとても気持ちよく、目を瞑れば眠ってしまいそうだった。


「ごめんなさいね。こんなものしかなくて……」


風呂から出ると、少し古びたワンピースが用意されていた。

この屋敷に若い女性はいないらしく、ティナが着れるようなものがなかった。

しかたなくローザが若い頃に着ていたというワンピースを探して持って来てくれたらしい。

ティナは迷うことなくそのワンピースに手を通した。

少し大きいものの普段着る分には支障はない。


「すぐ旦那様が手配してくれるでしょうけど、今はこれで我慢してね」


申し訳なさそうに言うローザだが、ティナはまったく気にしていない。

見ず知らずの人間にここまでしてくれたのだ。感謝はすれど文句を言うのは筋違いと言うもの。


「さあ、出来上がり」


気が付いた時には濡れていた髪も綺麗に乾かされ可愛く結われた後だった。

ローザは「久しぶりに腕が鳴ったわ」と満足気だった。


コンコン……


見計らった様に部屋の扉がノックされ、エルヴァンが入ってきた。


「ほお?ウサギ姿も可愛いかったけど、こっちの姿も可愛ええやん」


ティナの姿を見るなり、当たり前のように言うエルヴァンを睨みつけた。


「おやおや……お姫様はご機嫌ななめやねぇ」


いつの間にかローザは部屋を出て行ったらしく、この場にはティナとエルヴァンの二人だけ。


エルヴァンは椅子に腰掛けると真剣な表情でティナを見つめてきた。


「──で?皇女様はなんでこんな辺鄙な所まで逃げて来たのかねぇ?」

「白々しい。全部知っていると言ってたくせに」

「まあね。これは答え合わせ。必要な事やろ?」


ティナは呆れたように溜息を吐き口を開いた。


「私はギネイア帝国の皇女ティナ・トゥーラウです。……助けてくれたことには感謝致します」


まずは助けてくれた礼を深々と頭を下げて言った。


「仰る通り、私は自らの意思で国を出てここまでやって来ました」


ティナは一呼吸置いてからギネイア帝国の現状を包み隠さず話すつもりで言葉を続けた。


ギネイア帝国はティナの実母。前皇妃が亡くなってからおかしくなった。

父である皇帝は母をとても愛していた。しかし愛する人を亡くし生きる気力を無くしてしまった皇帝はいつまで経っても立ち直れず公務に支障が出始めると、見兼ねた大臣が今の皇妃を据えた。

最初の内はまだ二人ともティナを大切にしてくれていたが、後継ぎである弟が生まれると次第にティナに向ける目が変わり、次第に会いに来ることさえ稀になった。


それでもまだ親の愛が恋しい年齢だったティナは何度も会いに行ったが、向けられるのは冷たい瞳。

唯一の支えは弟だった。


弟だけはティナを冷遇せず「姉様」と言って良く懐いてくれた。

そんな弟が可愛くて仕方なかった。


成人を迎える頃には離宮に追いやられ、与えられるものはいつも貧相なものばかり。

そんな時、弟が獣化した。

しかも獣化して一月程で制御出来るようになるとティナのあたりは更に酷くなった。

それは使用人からも向けられティナから笑顔が消えた……


それでも変わらず弟だけは見捨てず親の目を盗んでは会いに来てくれた。

それだけが生きている糧だった……


「ティナ・トゥーラウ。お前の結婚が決まった」


ある日、父である皇帝に呼び出された。

久しぶりに会う父はうティナの知るような父ではなかった。


私利私欲の塊のように宝石にまみれ、肉付きも良くなっていた。


「お前にはスラノ国の国王の元へ嫁いでもらう」

「なっ!!!」


スラノ国の国王は歳は40歳程で成人を迎えたティナからすれば多少年上だが、気にする年齢でもない。

ティナが危惧しているのは国王の残虐性と性的嗜好の持ち主という事。


スラノの国王はティナが嫁げば13人目のとなる。

今までの12人の王妃は何人かはをとげ、何人かは精神を病み国へと返された。

そうまでしてスラノに嫁がせるのはスラノは豊かな土地と権力を持っているから。

ギネイアは帝国とは名ばかりで内政はひっ迫していた。

そこで皇妃が皇帝にスラノの話を持ちかけたらしい。


「厄介払いも出来て丁度いいじゃありませんか」


皇帝は二つ返事で承諾したらしい。


当然ティナは拒否を示したが、ティナの言葉など聞いてくれるはずもなく逃げぬよう、嫁ぐまで牢に入れられる事になった。

このまま嫁げば行き着く先は死。良くても廃人だろう。

このまま生きていても地獄ならば……と、自害を試みようとしたところで「姉様!!」と弟の声が聞こえた。


弟は牢の鍵を開けてくれ逃げるよう言った。


「こんな事したら貴方は……!!」

「僕の心配はいりません!!姉様をあんな下衆の所へ送る事の方が耐えられません!!姉様、必ず生きてください。必ず……必ず迎えに行きます!!」


お互いに手を握り合い、そして離れた。

すぐに追ってはやって来た。危機を感じ取ったティナは子ウサギの姿になり逃げた。


「──そして、気が付いたらこの屋敷に逃げ込んでいた様です」



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