隣国の皇女

エルヴァンはティナの部屋を追い出され、執務室の椅子に腰掛けると不貞腐れたように肘を付きながら目の前にある書類に目を通していた。


しばらくすると爺やこと、この屋敷の執事であるハンスがエルヴァンの元へやって来た。


「あの子は?」

「今は落ち着いて休まれております」

「そっか」


ハンスの言葉に安心し自然と笑みがこぼれた。


「旦那様、あの子は……」

「──ハンス。それ以上は言うな。ええな?」


鋭い目つきで黙るように言われ、ハンスは肩を震わせたのち盛大に溜息を吐きながら手際よくカップにお茶を注ぎ入れ、エルヴァンの前に置いた。


「……いつまでも匿えませんよ?」

「分かっとる。だからどうにかするんやろ?拾ったもんは最後まで責任を持てって言うやろ?」


「まったく貴方は……」と呆れるように言うが、当のエルヴァンはヘラッと笑っているだけだった。




❊❊❊❊




次にティナが目を覚ましたのは外が薄暗くなった頃だった。


ぐぅ~~~……


(お腹すいた)


走るのに必死で丸一日何も口にしていない事に気が付いた。

気が付いてしまえば不思議とお腹がすくんだからおかしなものだ。


小さなベッドの上で伸びをしてからピョンッと地面に飛び降り食べ物を探しに行こうと思ったが、扉のノブが遠い……

それもそのはず、今のティナは小さな子ウサギなのだから届くはずがない。

扉の前で頑張ってジャンプしてみるがとても届きそうにない。


それなら……!!と椅子の上に飛び乗り、そこからジャンプしようとシッポを振りながら思いっきり椅子を蹴った。


「──……ぶっ!!」


ジャンプと同時に扉が開き、入って来た人物の顔面に思いっきり腹部をぶつけてしまった。


「随分と熱烈な歓迎やねぇ?」


鼻を擦りながらティナを抱きしめるのはエルヴァン。


(またこの人!?)


ティナは小さい体で必死に威嚇するが、簡単に腕の中に閉じ込められ身動きが取れなくなってしまった。


(離せ~~~~!!!!)


「あははっ、元気元気。そんだけ元気があればもう大丈夫やね」


手をばたつかせるティナを見ながら言うと、優しくテーブルの上に降ろした。

その横には小さな皿が置いてあり、そこからいい匂いがする。

お腹を空かせたティナは匂いにつられて皿を覗き込むと、そこには美味しそうな野菜スープが入っていた。


「お腹空いたやろ?遠慮なくお食べ」


クンクンと鼻で匂いを嗅ぐが変な匂いはしない。本当に食べてもいいのかな?とエルヴァンを疑いの目で見るが、エルヴァンはにこやかに微笑んでいるだけ。


ぐぅ~~~……


知らない所で物を口にするのは怖い。

けど何となく、大丈夫。野生の勘がそんな事を言っている。


ティナは覚悟を決めるとゴクンと喉を鳴らし、ゆっくりスープに舌をつけた。


(~~~~~ッ!!!!)


その美味しさに目を輝かせた。


「どうや?美味いやろ?」


一心不乱にスープを口にしているティナに話しかけるが、ティナの耳には届いていない。

皿に片脚を乗せて顔を突っ込み必死にスープを飲んでいるティナを見てエルヴァンは顔を綻ばせた。


「ほらほら、そんな焦らんで飲まんでもおかわりはいくらでもあるで」


皿に引っ付いているティナを引き離し、スープまみれの毛を優しく拭いてやると、ようやく我に返ったティナは全身から血の気が引いた。


(私ったらなんて事を……!!)


いくらお腹が空いていたからとは言え、あの様にがっつくのは皇女らしい振る舞いではなかった。


(けど、今はウサギだし……)


幸いな事にこの人は私の正体を知らない。

今のティナはただお腹を空かせた子ウサギだ。と安心しきっていた。


「──……さて、随分調子も良くなったようやし、そろそろちゃんとお話しましょか?……………?」


呑気に長い耳を毛繕いしていた所に”皇女”と言う単語が聞こえ体が硬直し、次第に全身が震え出した。

「いつから……」そう聞きたいがティナの声は届かない。


震えたまま俯いているティナをエルヴァンは優しく抱き上げた。


「そんな怖がらんでもええよ。僕らは君の味方やし、君が嫌がることはしない。ただ、ここに来た理由が知りたい。それだけや」


ティナの目に映るエルヴァンは真剣な表情で嘘を言っているような感じはしない。

それに、この人は最初から皇女だと言うことに気づいていた筈だ。

でなければ子ウサギ相手にあんな丁寧な自己紹介する筈がない。


ティナ自身もここまで良くしてもらったからにはお礼もしたい。話せと言われれば言える範囲の事は話そう。それだけの義理はある。

とはいえ、いくら話をしたくても子ウサギの姿では話をするどころか言葉が通じない。


『まだご自分の意思でコントロール出来ないなんて……』


蔑むような目で言われる事には慣れている。


(……この人も出来損ないだって思ってるわよね……)


小さく溜息を吐きながら自分の不甲斐ない無さに嫌気がする。


ティナは大きく長い耳を垂らしながら気落ちしていると、大きく暖かい手がティナの頭を撫でてきた。


「まだ気持ちが追いつかんかったな。大体の見当は付いとるけど、君からの口から聞きたかったんよ。怖がらせてもうてごめんな……」


困ったように微笑むエルヴァンを見て、胸がギュッと縮まるような何とも言えがたい気持ちになった。


(ち、違う!!貴方のせいじゃない!!)


「今日は戻るわ。ゆっくり休んでな」


そう言うと、ティナに背を向けて部屋を出て行こうとした。


(待って、待って……待って!!!)


その背に向かって必死に願った。すると……


ボフンッ!!!


「……え?」


振り返ったエルヴァンが見たのは絹のような白金の髪に透き通るような白い肌を生まれたままの姿で晒している愛らしい女性だった……

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