異世界での過ごし方~転移しちゃった妖狐は隣国から逃げてきた皇女をデロデロに甘やかして飼い慣らす~

甘寧

逃げ延びた先

──……はぁ、はぁ、はぁ……


(ここまで来れば……!!)


「こっちにいるぞ!!」


(チッ!!)


草の生い茂る森の中を子ウサギはその小さい体で必死に逃げた。

息が苦しい、脚が痛い……なんで私が……ッ!!そんな台詞が頭を駆け巡るが今はそんなことを言っている場合ではない。

一刻も早く、この国からでなければ……ッ!!




❊❊❊




「おんや?」


天気の良い早朝、この屋敷の主人であるエルヴァン・ベイカーは日課の散歩をしていると朝露に濡れている子ウサギを見つけた。

よく見ると右脚に怪我をしているようで、毛並みの良い毛に血が滲んでいた。


「おやおや、こりゃいかんね」


エルヴァンは羽織を脱ぐと迷うことなく子ウサギを包むようにし抱き上げた。

子ウサギは酷く怖い目にあったのか震えていた。


「大丈夫……安心して休み」


そう呟きながら頭を撫でてやると不思議と震えは止まった。

その様子に笑みをこぼしながら屋敷へと急いだ……




❊❊❊




「ん……?は──ッ!!」


籠に真白な真新しいシーツを敷き詰めた簡易ベッドの上で子ウサギが目を覚ますと、辺りをキョロキョロ見渡した。

見たこともない調度品に家具。

それに──……


(ああ……この姿か)


小さな肉球を見つめながら溜め息を吐いた。


北部にあるギネイア帝国の皇族には特殊な体質が受け継がれる。

それは獣化するという事。

どんな獣になるのかは初めて獣化した時に決まる。

リスになったり熊になったり狼だったり、はたまた蛇だったりと様々だ。

気分が高まったり、危機的状況などに陥った時に獣化するのが一般的。そうする事で皇族の血が受け継がれていく。

しかし、子供のうちは感情の起伏が激しく度々獣化してしまう。

それも大人になるにつれて制御出来るようになるが、この子ウサギ……ギネイア帝国の第一皇女であるティナ・トゥーラウは成人してもなお、自らの意思で獣化をコントロールすることが出来なかった。


8歳下の弟はとうに制御出来るようになったと言うのに、姉のティナは出来損ないだと比喩され、今回だって……と思った時、大きな耳がこちらに向かってくる足音を捉えた。


知らぬ場所、知らぬ部屋……となれば当然現れるのは知らぬ者。


キィ──……


扉が開いた。

ティナは小さな体を更に小さくして身構えた。


「おや、起きとったの?」


その声色は冷たくも厳しくもない。

そろりと顔を上げると、すぐ目の前に顔がありビクッと毛が逆立った。


「あはははは!!ごめんな、驚いた?」


(な、ななななななななな何なのこの人!?)


プルプル体を震わせ目の前の失礼な男を睨みつける。


銀色の髪に鋭く細い目付き、端正な顔立ちをしているが笑うと八重歯が見え隠れしてかっこいいと言うよりは可愛らしい。そんな感じだったが、そんな事よりも目を引いたのはその変わった風貌。


「ああ、これ?これは着物言うんよ」


視線に気がついたようで襟元を正しながら教えてくれた。


「僕はこの辺境を治めてるエルヴァン・ベイカー。変わりモンとか変人、イカれた奴で名を馳せとるんだけど……知っとる?」


まず自分の事をイカれた奴という時点で怪しすぎるが、まるで人に話しかけているような物言いにリィリィの警戒心は更に強くなった。

エルヴァンもその様子に気づいたのか、困ったように笑いながら優しくティナの頭を撫でた。

その手が不本意ながらも暖かく心地よいと思ってしまった。


(騙されては駄目よティナ!!これは罠かもしれない!!)


はっと我に返り、その手を足蹴にしてやった。

「おやおや」と手を擦るがエルヴァンが叱責することはなかった。


ズキッ!!


(痛ッ!!)


急に脚に激痛が走り痛みのした方を見て見ると右脚に包帯が巻かれていて赤く染まっていた。

森の中を一心不乱に逃げたので木の枝にでも引っかけたのだろう。


「ほら、急に動かすから傷が開いたんちゃう?」


そう言うなり右脚を掴み上げた。


(なななななッ……!!)


ティナは右脚を掴まれ宙吊り状態。……という事は全てを晒している状態。

今は子ウサギの姿でも本来は一国の皇女。こんな格好辱めでしかない。

ティナは必死に「離せ!!」と暴れるが、なにせ言葉が通じないし子ウサギがいくら暴れようと大の大人に勝てるはずもない。


ティナは恥ずかしさと屈辱から涙があふれてきた。


「旦那様!!」


バンッ!!と扉が開き、初老の男性が入って来た。

その男性はすぐにティナの脚を掴んでいるエルヴァンからティナを奪うと、キッとエルヴァンを睨みつけた。


「何しているんですか!!!」

「何って、人を悪もんみたいに言わんといてよ。僕は傷の手当してあげよう思って……」

「今のは動物虐待と言われても反論できない状況でしたよ!!可哀そうにこんなに震えて……爺やが来たからもう大丈夫ですよ」

「なんやねん!!僕が拾って来たんやで!!」

「貴方はしばらくこの部屋に出入り禁止です」

「理不尽!!」


文句を言っているエルヴァンを「ほらほら……」とこれまた歳いった侍女の人に促され部屋を出て行った。


あっけに取られたティナだが、爺やというこの男性はとても優しそうに見えた。

現にこうしてティナを優しく抱きしめ、温かい笑顔を向けてくれている。


(この人は信用していいのかな……)


けど信用した人に裏切られるのは辛い……それはティナが良く知っている事だった。


「大丈夫ですよ。ここには貴方を害する者はありません。ゆっくりお休みください」


そんな優しい言葉をかけられたら胸が熱くなり涙が込み上げてきた。

爺やの腕にうずくまりひっそりと体を震えさせながら泣いていると、爺やの暖かい温もりにゆっくり瞼が閉じられた。

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