第76話 処刑人 ⑦

【雪士朗side】


 灯莉あかりが持ってきた三枚目の浮世絵『乙女の祈り』

 それを見せながら灯莉が話し出した。


「アタイは店で変な客を見かけたんだ。

 いろいろ浮世絵を選んでいるみたいだったけど……

 絵を見るのに虫眼鏡なんかを使っていたんだ。

 編み笠で顔はわからなかったけど、雪月花の浮世絵を三枚買ったんだよ。

 あの侍が怪しいよ ! 」


 チクショウ、二本差しが相手か !

 東町奉行所の同心 屑木残臓くずき ざんぞうといい、武士が相手とは難儀だ。


 ◇◇◇


 ── とある神社 ──


 老婆に手を引かれながら歩いてきたのが、三枚目の浮世絵『乙女の祈り』 の少女、日の出食堂の一人娘の陽子だ。


 陰から彼女を見張っている。

 お千代、静香と同じで陽子を狙ってくると思ったからだ。


 一人の編み笠をかぶった侍が老婆を峰打ちして昏倒させてから、陽子を担いで連れ去ってしまった。

 人目のつかない所で犯行に及ぶつもりなのだろう。

 気を失っている陽子の着物を脱がそうとしているところを、誰かが侍の頭に石をぶつけた。


「イッデェ! だっ 誰じゃ !? 」


「そこまでよ、このド変態 !

 この乙女の敵は、わたしが許さないんだからね ! 」


 出て来たのは、この前の若様と護衛の侍だった。


「何だとぉ~ !?

 町娘の一人や二人、旗本のワシが玩具にして何が悪い !? 」


「悪いに決まっているでしょう !

 月に変わって、わたし……十兵衛さんがお仕置きするわ ! 」



 ── アイツ、旗本の肉欲家の三男坊の肉欲棒太郎にくよく ぼうたろうよ !

 仕事もしないで遊び人をしている、ろくでなし野郎よ ──

 灯莉の情報を聞きながら、変態侍と十兵衛と云う侍の闘いから目が離せない。


 刀を振り回す変態侍の刃を器用に避けている。

 そして、大上段から振り下ろした刃を素手で捕らえ……変態侍を蹴り飛ばしながら刀を奪った !


 ─ 柳生新陰流 無刀取り…… おそらくは、柳生但馬守宗矩の長男 柳生十兵衛三巌よ、雪士朗 。

 ……と云うことは、あの若様は吉良上野介義央……幕府大目付…………超大物よ ! ──

 灯莉の言葉に絶句した。


 ◇◇◇


 結局、肉欲棒太郎は若様……上野介様と いつの間にか現れた者達に捕らえられて連れて行かれた。

 出来ることなら、オイラの手で決着をつけたかったが、あきらめるしか無いだろう。


「そろそろ出て来い、処刑人 ! 」


 どうやら、柳生十兵衛にはお見通しだったようだ。

 観念したオイラたちが出て行くと、拍子抜けした顔をしている柳生十兵衛。


「もう少し抵抗すると思ったのだが随分と素直だな、お前たち 」


 いやいや、アンタみたいなヤベェ奴相手に抵抗する気は無いよ。

 それに……


「あ~。 俺はお前たちを、どうこうしようとか思ってないから緊張しなくていい。

 左近様……吉良上野介様も『仕事人、法で裁けない悪を裁くのは必要悪だと思うの……だから目をつぶりましょう 』と言っておいでだ。

 だが、お前たちが左近様のと判断した時には…… 」


 脇差しに手をかける柳生十兵衛。

 つまり、と云うことか。

 吉良上野介……かなりの変わり者と聞いてはいたけど、とんだ酔狂な御仁みたいだな。

 それに…………今、気がついたが 周りの気配から忍びの者らしいのが此方を見ている。

 いつでも、オイラ達を殺せると云うことか……


「オイラ達は悪党に踏みにじられる弱者に代わって復讐しているだけの小悪党。

 その復讐の刃が吉良様に向くかも知れないですよ !?

 それでも見逃すのですか、柳生十兵衛殿 」


 権兵衛と灯莉から足を踏まれるが、言うべきことは言う。

 しかし、柳生十兵衛は……


「ムフッ、その時はぜひともお相手しよう 」

 嬉しそうに言う柳生十兵衛……


 もしかして、余計な事を言ってしまったか ?


 柳生十兵衛が立ち去った後、


「絶対、アタイ達 目をつけられたよ、雪士朗 !

 ヤバい奴に喧嘩を売るなら、アンタだけにしてよね ! 」

「原因を作ったのはオレだけど、今回はオメエが悪い ! 」


 二人に責められているけど、柳生十兵衛と敵対したくないのはオイラだって一緒だ。


 とりあえず、次の敵は屑木残臓くずき ざんぞうだ !










 しかし…………


 次の日、屑木残臓くずき ざんぞうは素っ裸にされた状態で戸板に縛りつけられた状態で発見された……


 生きている、生きてはいるが……侍としての残臓は死んだようなものだろう。

 生き恥をかいて同心を続けられる程、肝も太くは無いだろうしな。


 いったい、誰が……

 なんて、こんなことをやるのはアノ御方吉良上野介だろうな。


 涙を流しながら悔し泣きしている残臓を見て、少しだけ憐れに思った。


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