第77話 野望

北条氏直ほうじょう うじなおside】


 甲相駿三国同盟こうそうすんさんごくどうめい

 天文二十三年1554年に結ばれた和平協定である甲斐・相模・駿河、この時それぞれを治めていた武田信玄・北条氏康・今川義元の3者の合意によるものから時が過ぎ去り、儂も歳を取りすぎた。


 あの善徳寺の会盟ぜんとくじのかいめいも今や昔、今川義元の快進撃により天下は今川の手に渡ってしまった。

 いつか、逆襲の時を夢見て魯西亜をろしあ(ロシア)の甘言に乗り、不老不死の妙薬とだまされて人形の肉を食して見れば、確かに不老不死を得たかも知れないが、我が半身は化物に成ってしまった。

 そのせいか、時々 記憶が無くなる時があり、気がついた時にはとんだ惨状が繰り広げられたこともある。


 武田は懐柔されて、不毛な土地である甲斐から土佐に転封された。

 最初は不満だった武田も豊かな土佐への配置変えに今川義元へ恭順してしまっている。

 他の戦国大名たちも飴と鞭で巧みに飼い慣らされて、今や対抗出来るのは北条のみと成ったのだが……



 既に時遅し……


「我が曾孫である氏朝を当主として、北条家を残してくれるなら、我が首を持っていけ ! 」


 幕府からきた公儀隠密である裏柳生と伊賀、甲賀、光矢忍者により風魔忍者は壊滅。

 儂の側近たちも裏柳生の手により斬られてしまっては、あきらめるしか無いだろう。

 儂と同じく化物に成った側近たちは強かった。

 斬られても身体が再生されて死なぬはずが、一人の男の持つ剣に斬られると肉体は滅び砂と化してしまった。

 おそらくは、神剣の類いだろうか……


「儂を斬る、貴殿の名を聞こうか ? 」


「……潮来圓明流 潮来一刀

 氏直公、お覚悟を……」


 ザシュ!


 首を切り落とされて、どんどん意識は薄れていく。

 化物に成ってまで、儂の求めたものは何だったの………



 ◇◇◇◇

【大石内蔵助side】


 霞賢四郎かすみ けんしろうを始め椿三十郎つばき さんじゅうろう百合庵ゆりあんなど赤穂藩から出て行った者たちも、吉良上野介への討ち入りに参加してくれた。


 家族を人質にされているとは云え気が滅入る。


 急進派に成ると思えた萱野勘平、堀部安兵衛、神崎与五郎、赤垣源蔵、大高源吾、寺岡平右衛門たちも、何故かおとなしい。

 元気なのは一部の阿呆アホだけだ。


「吉良の首はオレが取る ! 」


 鼻息の荒い竹林唯七ただしちなどは、事の真相になど興味が無いのだろうか ?


 たとえ、目的の吉良上野介の首を上げてもそしりはまぐなれぬだろう……

 倒幕、天下太平を乱す天下の反逆者である浅野内匠頭の仇を討つのなら、織田信繁を討つべきだ。

 しかし、小大名とは云え織田家に討ち入りしても全滅するだけ……

 筆頭家老に成った意地川塁衛門いじがわ るいえもんも、そのあたりを考えて内匠頭が憎んでいた吉良上野介を目標にしたのだろうな。


  塁衛門 にしてみれば、成功しても失敗しても良いのであろう。

 どちらにしても、我ら反 筆頭家老派を葬ることが出来るのだから……

 いくも地獄、帰るも地獄なら、せめてあの世の殿の手土産に吉良の首くらい持って行かねば面目が立たんわ !


 先に駿府に潜入した仲間からの手紙によると、近々 吉良が大規模な茶会を催すことがわかった。

 狙うは、茶会の終わった夜半過ぎに油断した吉良邸に討ち入りする。

 すでに、吉良邸の両隣の家門には根回し済みだ。

 必ずや、吉良の首を上げて泉岳寺に眠る殿の無念を菩提を弔ってみせよう。


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