第75話 処刑人 ⑥

【雪士朗side】


 東町奉行所 同心 屑木残臓くずき ざんぞう


 少し調べただけでも生かしておく必用の無い人間だと判った。


 スリを働いた少年をすれ違いざまに斬り殺したこともある。

 盗んだ金は十両だった為におとがめなしとなった。


 ※江戸幕府の基本法典『公事方御定書くじかたおさだめがき』には十両盗めば死罪と規定されています。


 そして、少年の両親が敵討ちをしようとしたが、逆に返り討ちにあってしまう。

 とにかく、奴の居合い抜きは危険だ。

 見たところ、奴の間合いは およそ1間いっけん(約1.8m)。

 1間以内に入ったら、間違いなく斬られるだろう。


 ◇◇◇


 正直、打つ手無しだと長屋の自分の部屋で自問自答していたら、


「雪士朗、大変だ ! 女が……女が殺された !! 」


 彫師の権兵衛が飛び込んできた。

 どうやら、オイラの知り合いだと云うことで現場に駆け付けた。


 現場には、東町奉行所の同心が来ていて…… 残臓 も居た。


「竹やぶに引き込んで犯し、首を絞めて殺したのだろう 」


 残臓は、ろくに見ずに死因を断定している。


 野次馬たちが口々に話ているのが耳に入る。


「まったく外道のやる所業だぜ ! 」

「ひでえことしやがる」

「見たとこ、まだ二十歳はたち前じゃないか ? 」

「あの殺された娘だがよ、この浮世絵……雪月花の描いた娘に似ていないか ? 」


 雪月花はオイラの浮世絵師の仮の名前だ !

 殺された娘を、よく見ると……お茶のお千代だった。

 底抜けに明るい娘で、オイラはその娘を描きたいと思った。

 七日ほど通い、その娘の名前がお千代と知り、明るいだけじゃなくて、お千代の涙も知った。


 長屋の自分部屋に帰り、頭に焼き付けたお千代を描いたのだが……まさか、殺されるとは思わなかった。


 その後も事件が続いた。

 風呂屋の静香しずか

 キレイ好きでお風呂好きがこうじて、風呂屋の奉公人に成った娘。

 二人とも、オイラが浮世絵で描いた娘。

 お千代に静香が酷い目にあって殺された。


 もちろん、浮世絵には何処の誰と名前は書いていない。

 この広い駿府で似顔絵だけで二人を見つけるのは無理だ。

 たまたま、偶然、オイラが描いた二人が襲われた !?

 いや、そんな偶然がある訳がない !


「クソ ! 一体どこのどいつが !? 」


「……雪士朗、す……すまねえ~ ! 」


 急に権兵衛が謝ってきた。

 とりあえず、人混みを避けてから物陰に向かった。


 ◇◇◇


「なっ 何だって !?

 オイラの描いた版下絵に、お千代と静香の名前を掘ったというのか !? 」


「まっ、まさか こんなことになるとは……

 すまねえ、この通り、すまねえ ! 」


 権兵衛は土下座して頭を下げた。


「雪士朗、おまえに版下絵を渡されたとき、二人とも表情が生き生きしていて、作品に惚れた。

 雪士朗に名前を聞いて、本人に会いに行った。

 絵師が魂を込めるように、彫師だって魂を込めて掘るからだ。

 もちろん、遠くから見たさ。

 彫師の腕にかけて、虫メガネでも使わないと見えないくらいに掘った。

 すまねえ、誰にも分かるはずがねえって彫師の自負が隠し文字を掘らせてしまった 」


 オイラは悔しさのあまり、権兵衛の首根っこを掴み


「このバカヤロウ !

 自分の腕に溺れるんじゃないよ !」

 権兵衛を殴りそうに成った時、


「二人とも、そこまでにして置きなさい。

 クヨクヨしている場合じゃないでしょう !

 次は三枚目の浮世絵、この娘が狙われるかも知れないよ !」


 摺師すりし灯莉あかりの話に争いをやめた。


「アタイは既に下手人の目星をつけているから、絶対に阻止するよ ! 」



 ─── 三人が去った後、光矢忍者は十兵衛に報告に行った ───


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 👼教えて、ユリリン女神さま !(会話劇です)


 左近

「ねえ、ねえ、ユリリン。

 浮世絵について教えて ! 」


 ユリリン

「浮世絵というと『絵師の作品』と思われがちでじゃが、じつは絵師ひとりの力では浮世絵版画は出来ないのじゃ。

 絵師がイメージする世界観を具現化できた裏には、彫り師、摺師すりしの卓越した職人技があったのじゃ。

 絵を描くプロ、版木に彫るプロ、紙に色をるプロと各ジャンルのプロによる分業作業が浮世絵版画のポイントなのじゃな。

 さらに、作品のプロデューサーともいうべき重要な存在が居たのじゃ。

 それが『版元はんもと』と呼ばれる存在で、今風にいえば出版社なのじゃ。

 版元は、作品の企画からはじまり、絵師への依頼、制作過程の進行管理、完成した作品の販売まですべてを指揮したのじゃ 」


 左近

「つまり、チームワークが大事なのね。

 わたしも仲間を大事にするわ ! 」


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