第74話 とある赤穂浪士

【元 赤穂藩 徒頭かちがしら霞賢四郎かすみ けんしろうside】


 浅野内匠頭が織田信繁に討たれて死んだ。

 出来ることなら私たちの手で殺したかった。


 ─── 十年前、赤穂藩 ───


 その日、 赤穂藩のお抱え絵師だった友人である椿三十郎つばき さんじゅうろうは、城の襖絵ふすまえを描いていた。

 手伝いとして息子の清志郎と許嫁の由紀恵も来ていた。


 清志郎は十七、由紀恵は十五、初々しくも仲睦まじい二人だった。


 そんな時だった、殿……浅野内匠頭が襖絵を描いている三十郎の居る部屋に入って行き、


「娘……名は何と申す ?

 面を上げよ ! 」


「……由紀恵と申します 」


いのう~~~~ !

 儂の部屋にこい ! 」


 由紀恵の腕を掴み強引に連れだそうとする浅野内匠頭。


「と 殿 !? お待ちください !

 由紀恵は我が息子 清志郎の許嫁でございます !

 なにとぞ、ご容赦ようしゃを !!


 すがり付く三十郎を蹴りあげて、

「黙れ、椿つばき

 たかが絵師の分際ぶんざいで、儂に逆らうのか !? 」


 女好きの浅野内匠頭は強引に由紀恵を部屋に連れ込み………



 ◇◇◇


 浅野内匠頭の部屋に行こうとする三十郎を儂は必死で止めていた。


「お お待ちくだされ、椿殿 !

 お主は絵師といえども身分は武士 !

 ここは耐えて、耐えてくだされ !」


 三十郎を止めていた我らをくぐり抜けて清志郎が殿の部屋へ……




 我らが殿……浅野内匠頭の部屋に入った時には、二人とも自害した後だった……


「アッ アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア~~~~ッ !

 連れて、連れてくるべきではなかった……

 二人を……こんな、……ケダモノのむ城に、……

 おっ おのれ、……おのれ、長矩ながのり(浅野内匠頭) !

 許さぬぅぅぅーー ! 」


 懐から小刀を取り出して浅野内匠頭の居る隣の部屋のふすまを開けたら……


 ビュー !


 儂は咄嗟に三十郎の前に飛び出していた……


 ズビュ ! ズビュ ! ズビュ !

 放たれた矢は儂の左目や身体に刺さった。


「儂は浅野内匠頭、大名であるぞ !

 儂に逆らうことは、何人たりとも許さんのじゃ ! 」


 ……狂っている、女好きだけで無くて完全に狂っている浅野内匠頭は !


 ◇◇◇


 結局、儂らの家は取り潰されて、故郷の赤穂藩を捨てた。

 いつの日か、浅野内匠頭に敵討ちをする時を夢見てな !!


 しかし、今は後悔している。

 何故あの時に椿と二人で愚劣で人でなしの女狂いの浅野内匠頭を斬り殺さなかったのかを……


 あの事件の前にも家族を蹂躙じゅうりんされて、それに刃向かい殺された者や主君の非道をいましめるために、腹を切った家来が何人もいた。


 だが儂は『武士は主君に忠義を尽くす』と云うおきてに縛られて何も出来なかった。

 悔やんでも悔やみ切れぬわ !!


 ◇◇◇


 そんなおり、大石内蔵助から手紙が来て亡き殿(浅野内匠頭)の為に吉良上野介を討つ為に集まるよう要請がきた。

 なんでも、浅野内匠頭は吉良上野介を心底憎んでいたとか……


 それなら、浅野内匠頭 本人に復讐は出来ぬが、吉良上野介の屋敷への討ち入りを失敗させることで我慢することにした。


 せいぜい地獄で悔しがるがよい、浅野内匠頭 !


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