第72話 処刑人 ④


 雪士朗は左近たちに謝り、いったん保留にしてもらいお七の長屋の部屋に向かった。

 しかし、すでにお七の父である六郎は悪本屋松五郎落語家の屋敷に向かった後だった。


 ◇◇◇


「松五郎を出せ ! 松五郎を!

 お七に何があったんだ !?

 訳を聞かせろ ! 」


 松五郎の屋敷前で騒ぐ六郎。


「屋敷前で騒がれても困りますので、奥でお話を……」


 用心棒らしき男に連れて行かれる六郎は、で抗議した。


「なっ 何だと ! お七が屋敷でボヤ騒ぎを起こしたから、身を投げたと言うのか !? 」


「ええ、そうなんですがね。

 旦那様がお許しに成ったのに身を投げたとは、責任感に押し潰されたようですね、お七は 」


「そんな訳ねえ。 お七には想いを寄せる男が長屋に居るんだ。

 そう簡単に身投げなんて……


 うつ向いていた六郎の後ろから縄を持った別の用心棒の姿に六郎は気がつかなかった……



 ◇◇◇


 雪士朗が松五郎の屋敷に来た時、偶然 使用人が出て来たところだった。


「お七の父親が屋敷に来ませんでしたか ? 」


 雪士朗が質問するが、使用人たちは顔を見合せながら、


「ああ、その人なら屋敷の前で騒いでいたけど、あきらめて帰ったみたいですよ 」

 そう言って使用人たちは屋敷に戻ってしまった。


「帰った !? 」


 雪士朗が周りを観察していると、屋敷の別の入り口から荷物にムシロを被せた大八車を引いた男が出て来た。

 男に気付かれないように尾行する雪士朗。

 大八車は人気の無い所に着くとムシロを外した。


 ── ろっ 六郎さん !? ──


 大八車に乗っていたのは、六郎の変わり果てた姿だった。

 男は六郎の首に縄をかけて、太い木の枝に吊るしていた。


 ── グゥゥゥッ…… ──


 ! 雪士朗は後ろから来る二本差しの同心に気がついた。

 十手をクルクルともて遊びながら歩いている。

 同心に気がついた男は顔を隠していた手縫いを取ると松五郎の弟子である小阿久田だった。


「旦那 ! で、首吊り自殺ということでお願いしやす 」


 数枚の小判こばんを同心に渡す小阿久田。


「ウム……

 今回は娘の父親か……それにしても、お前の師匠は病気か !! 変態か !?

 生娘を もて遊ぶにも程があるぜ ! 」


 うやうやしく頭を下げる小阿久田

「そう……申し伝えておきやす……」


 雪士朗は怒りを抑えながら長屋の自分の部屋に戻った。


 ◇◇◇


 外は、いつの間にか雨が降り始めていた。

 雪士朗は、を外してから着ている着物を薄闇色の着物に着替えた。

 一瞬、見えた身体は売れない浮世絵師の姿とは思えぬ程に鍛え上げられていた。

 部屋の隅に有る番傘を、バサッと開き傘の枝をクルクルと回す。


 シャァァァァァァァァァァーーーー ッ !


 雪士朗の目は絵師の目とはかけ離れていた。



 ◇◇◇


 夜の雨の中、松五郎と小阿久田は歩いていた。


「そうか……同心の屑木くずきが、そんなことを抜かしていたか……

 小阿久田……お前は、どう思う ?

 このワシは病気か ? 変態か ? 」


「………………」


「言える訳もないな……

 二十五年前、橋の下に捨てられていたお前を拾い育ててやったのはワシじゃからなぁ~。

 恩を返す為にも、次の若い女を捜せ ! 」


「……はい」


 松五郎と小阿久田が向かう方向から歩いて来たを着た男とすれ違う時……男が番傘をクルクルと回し始めた。

 傘の水飛沫が小阿久田に当たる。


 薄闇色の男は番傘の端に有る骨組に手をやり止めると、スゥーーッと番傘の骨を引き抜いた。


 咄嗟に懐に隠す縄を取り出そうとした小阿久田。

 しかし、間に合わずに薄闇色の着物を着た男の傘の骨が小阿久田の左耳から右耳を貫いた。


「ん ? どうした小阿久田 !? 」


 松五郎が振り返ると、ドサッ と倒れる小阿久田を見てしまった。


「小阿久田 !? 」


 声をかけるもこと切れている小阿久田に返事は無い。

 薄闇色の着物の男の姿を探すと自分の頭上から……


「!? 」


「外道、地獄へ落ちろぉぉぉー ! 」


 薄闇色の着物の男の持つ傘の骨は松五郎の眉間に突き刺さり………… ドサッ !


 何事も無かったように、薄闇色の着物の男は傘の骨を元に戻して去って行った。



 夜の雨の犯行、目撃者は…………………………居た。

 十兵衛からの命令で光矢忍者が気配を消して目撃していることに、薄闇色の着物を着た雪士朗は気がつかなかった。


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