第71話 処刑人 ③

【十兵衛side】


『敵は本郷寺にあり 』か、……

 織田信繁が浅野内匠頭を討ったことが書いてある『かわら版』を見ていた。

 大人しく隠居していれば討たれまいに。

 それがしが読んでいる『かわら版』を横から左近様が覗き見て、複雑そうな顔をしてため息をしている。

 左近様は、お優しいからな。

 逆恨みしていた浅野内匠頭を憐れんでいるのだろう。

 話しを変える為に『かわら版絵師』の話題を出す。


「迫力あるでしょう。

 近頃、人気に成っている かわら版絵師の雪士朗ゆきしろうの仕事です。

 本業は売れない浮世絵師なんですがね 」


 そんな時に、かわら版屋の声が聞こえてきた。


「角読だよ ! 角読だよ~~ !

 さあ、買った ! 買ったー !

 あの悪名高い金貸しの銭蔵ぜにぞうが何者かに殺されたって言うんだ !

 これを読まなきゃあ駿府っ子の名がすたるぜー !」


 町行く町人たちの声が聞こえてくる。


「俺たち貧乏人を散々苦しめてきた銭蔵が殺されただってぇー ! 」

「こいつは目出てぇー !」

「あいつら金貸しのせいで、どんだけの人間が一家心中したことか ! 」


「俺に一枚くれ ! 」

「俺も ! 」

「アタイにも一枚おくれ ! 」


 かわら版屋に群がる町人たち。


「さあ、並んで 並んで 一枚五文だよー ! 」


 次々と売れていく かわら版をジッと見る左近様の為に某が、かわら版を買いにいく。


 非合法のかわら版を買うのは良く無いのだが、少しでも左近様の慰めになればと思う。

 かわら版を見ていた左近様が急に思い付いたように、


「良いこと思い付いたわ !

 写真が無いなら、絵師に描いてもらえば良いのよ !

 十兵衛さん、絵師の雪士朗さんの所まで案内して ! 」


 アレ ? 何か話しがおかしな方向に……

 近くに居た主水や正成を見ると目をらされた。


 もしかしたら、やぶ蛇だったか……



 ◇◇◇◇

雪士朗ゆきしろうside】


「雪士兄貴の浮世絵は、何で売れねえのかねぇ~ ? 」

「売れねえよ、こんなの !

 雪士兄貴は正直に描き過ぎるんだよ、カッコ良くねえもん 」

「浮世絵が売れたら傘張りの内職なんかしてねえよ ! 」


 弟たちが、うるさい !

 世に居る浮世絵師の浮世絵は綺麗過ぎるんだ。

 オイラは、オイラは、もっと本物の人間を描きたいんだ !

 綺麗なだけじゃ無く、人間の醜さも……


 トン トン トン !

 戸を叩いた音がした後に、ガラガラと戸を開き……


「たのも~う !」


 目付きの悪い武士と高貴そうな若様が入って来た。

 何処かの御曹司か ?


「あのね、貴方が雪士朗さん ? 」


「はい、そうですが何か ? 」


「実はね、貴方に を描いてもらいたいの !

 後世に残す正直な絵よ、は無しでお願いね ! 」


 かっ……かもねぎ背負って鍋まで持って来たぁー !


 ドタドタと足音がしたと思ったら、近所の昆布平こぶへいが駆け込んで来た。


「てぇへんだ、てぇへんだ、お七ちゃんが天竜川に身を投げて、…… ! 」


 八百屋勤めから、悪本屋松五郎落語家の下働きに移ったと聞いていたのに !


「雪士朗、これを……」


 昆布平が差し出したのは、オイラがお七ちゃんの為に描いた似顔絵だった、四つに破かれて…………


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