第70話 大石内蔵助の憂鬱

【大石内蔵助side】


 長矩ながのり(浅野内匠頭)様が幕府から隠居を申しつけられ、弟の大学様が赤穂藩の後を継いで胸を撫でおろしていたのだが、隠居先の天津藩の本郷寺から何度も檄文が来るように成り困っている。


「『吉良を討て 』か、殿……長矩様は何故にそこまで、吉良殿を嫌っておるのか、理解出来んな 」


 つい呟くと、


「それが、そうも言っていられなくなったのだ、内蔵助殿。

 筆頭家老に成った意地川塁衛門いじがわ るいえもんから密命がくだった。

 脱藩して『吉良上野介を討て ! 』との密命だ。

 我らは駿府に居る吉良上野介殿を討たねばならぬ。

 密命に背けば、我ら一族郎党を処刑すると驚かされたわ ! 」


 旗本大島義也の家老萱野重利が言ってきた。

 この三男萱野勘平が赤穂藩士でもあったわけだが……


「どうして、そこまでしてにこだわるのだ、長矩ながのり(浅野内匠頭)さまは !? 」


 吉良殿を毛嫌いしていたのは知ってはいたが、これはいささか異常過ぎる。


「実はな、まだ内密なのだが、長矩ながのり(浅野内匠頭)様が討たれたのだ。

 今回の件は、亡き長矩ながのり(浅野内匠頭)様の御無念を晴らすのが目的である 」


 なっ、まさか !!


「吉良上野介殿は関係無いですぞ。

 織田信繁。 かつて、桶狭間で奇襲して今川義元公を亡き者にしようとした織田信長の曾孫が下手人ですぞ。

 今川義元公が大胆不敵な織田信長の策を読み、釣り野伏せで奇襲を破った歴史に残る戦は、大石殿も知っていよう。

 今川元康公が松平元康を名乗っていた頃に昔馴染みを理由に許され松平家預かりに成っていた織田家。

 そのお家再興の為に信繁が『 』と言いだし長矩ながのり様が居る本郷寺を襲ったのだ ! 」


「なら、我らの敵は織田信繁 !

 なのに何故、『吉良上野介を討て』と密命されるのだ !? 」


「意地川塁衛門曰く『長矩殿は最後まで吉良を憎んでいたのだから、その想いを叶えるのが』だと言いおったわ ! 」


 なっ、それでは八つ当たりではないか !

 我ら赤穂浪士に正義無し、後の世に卑怯者とののしられることに成ってしまう。

 何がだ、意地川塁衛門め !



 ◇◇◇


 数百年後、とある歴史の授業……


「 『 敵は本郷寺にあり !』と号令をかけた織田信繁は逆賊 浅野内匠頭を本郷寺で討ち滅ぼして、今川幕府から褒美として大大名に出世したのは知っているわよね、皆 」


 浦和真知子うらわ まちこ先生の授業が進む。

 有名な『大失敗からの大逆転ストーリー』は大河ドラマ化されているだけあり生徒たちは真剣に聞いていた。


「だから、皆さんも最後まで諦めたらダメですよ。

 諦めたら、そこで試合終了ゲームセット

 諦めずに頑張れば、織田信繁みたいに逆転満塁ホームランも有るんだからね ♪

 間違っても浅野内匠頭みたいに成ってはダメよ 」


 真知子先生の言葉に生徒たちはうなずいていたのだった。


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