第38話 品羽屋 竹蔵 ④


 ハァ ハァ ハァ、息を切らしながら男が何かから逃げていた。


「槍の宝蔵院だと、冗談ではないわ !」


 愚痴りながら走り逃げているのは、口入屋の品羽屋 竹蔵だった。


「私が、何をしたというのだ !

 使えない塵芥ちりあくたどもを有効利用しただけじゃないか !

 まだまだ、私の実力はこんなものではありません。

 アノ南蛮商人には、だいぶ儲けさせてあげたのですから、恩を返してもらいましょう 」


 やがて、南蛮商人の屋敷にたどり着いた竹蔵は、ドンドンと閉まっている納戸を叩いた。


「ゼニガスキーさん、ゼニガスキーさん、竹蔵です !

 口入屋 品羽屋の竹蔵です !

 お願いです、かくまってください !」


 音も無く、スッー と納戸が開き、竹蔵は吸い込まれるように屋敷に入った。


 それと同時に幾つかの影から人が現れた。


「才蔵、おまえは左近さまに報告。

 俺と総司そうしは屋敷に忍び込むぞ !

 竜魔りょうまは、戸々で待機。

 もし、異変を感じたら撤退しろ !

 では、さん !」



 影は、それぞれに散って行くのだった。



 ◇◇◇◇◇



 バキッ ! ドサッ


 何者かに後ろから殴られた竹蔵は気絶していた。


《おめおめと逃げてくるなんて、所詮は小悪党だと云うことですなぁ~、ゼニガスキーさん 》


《 所詮は、極東の猿ですね。

 この国を我等がロシア帝国の植民地にする足掛かりにするつもりでしたが、なんの役にもたちませんでした 》


《ピョートル大帝の命令が無ければ、こんな野蛮な国になど来たくはなかったわ !

 ウラミマース=パーヤン、ゼニガスキー=ベラボーナ。

 次は失敗して、私を失望させるなよ !》


  》》



 ※《◯●◌◇》は、ロシア語です。



 ◇◇◇◇◇



 忍者である半兵衛もロシア語を理解出来るハズも無く、竹蔵のことを注視していた。


【半兵衛side】


 あの南蛮人たちの言葉は理解出来なかったが、向こうは日の本の言葉を理解しているようだな。

 オロシャ、と云うのは国の名前か ?

 確か、日の本の遥か北にある国に魯西亜をろしやがあると聞いているが、左近さまの予想が当たっているのだろうか ?


 しかし、あのかしららしき男は人間か !?

 あまりにも禍々まがまがしい気を放っていたぞ。

 ここは撤退だな。 左近さまから教えて頂いた手話はんどさいんなるもので、総司に合図を送り撤退した。



 ◇◇◇◇◇


《フフン。 ネズミがまぎれ込んで居ったか。

 まあ、いい。 極東の猿になぞ、大したことは出来まいて ! 》


 ラスプーチンの言葉がわからない半兵衛には聞こえていても対応が出来なかっただろう。




 数日後、天竜川に四肢が砕かれた男の死体が上がった。

 身体中が殴られたのか、腫れ上がり誰なのか判別が付かなかったが、尻にあるオデキのあとから口入屋の品羽屋 竹蔵だと判明したのだった。


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