第36話 品羽屋 竹蔵 ②

【半兵衛side】


 来ちゃったよ、左近さま。

 十兵衛殿が付いていながら、なにをしようとしているんですか !


 番頭が帳面を持って来た。


「これが口入帳です。

 怪しいことなんか、チリ一つもありませんよ !」


 それはそうだろう。

 アレは表の帳面で、裏の帳面は別にあるんだ。


 左近さまは十兵衛殿と一緒に帳面を確認している。


「ウチは真っ当な口入屋ですからな。

 身元の怪しい人などを紹介なんてしませんよ。

 大名家から商人の丁稚でっちまで、皆 真面目に勤めてくれるので、感謝されているのですからね 」


 ふん、よくいうわ ! 手数料として、かなり抜いているクセに !

 本当は左近さまに教えて差し上げたいのだが、命に関わるから後で、ご報告しようと思ったのに……


「ねえ、ねえ、番頭さん。

 本当は、裏帳面くらいあるんでしょう。

 悪いようにはしないから、見せてくれないかしら ?

 それとも、もうドリルで穴を空けちゃった !?」


 どりる ? 時々、左近さまは、我々に理解できないことをおっしゃるが、たぶん深い考えがおありなのだろう。

 番頭は悩んでいるようだ。

 おそらくは、竹蔵と左近さま達を天秤にかけているのだろう。

 十兵衛殿が番頭に耳打ちすると、番頭の顔色が変わり急いで奥から、もう一つの帳面を持って来た。

 さては、左近さまの身分を明かして取り引きを持ちかけたのだろう。

 武辺者に見える十兵衛殿は、意外と頭が回り機知に富んだ方だ。


「そこまでにしてもらおう !

 裏切りましたね、喜朗エ門。 恩を仇で返すとは許せませんね。

 私が人を裏切ることはあっても、人が私を裏切ることは許さない !」


「勝手な人ね。 あなたは幕府、天下を背いているのよ !」


 珍しく左近さまがお怒りに成っている。


「私が天下を背いても、天下が私を背くことは許しません !」


「何処の曹操孟徳よ、奸雄を気取っているつもりなの !」


「何処の高貴なお方か知りませんが、たった二人で来たのは不味かったですね。

 お前たち、捕まえなさい !」


 いつの間にか、入り口に回り込んでいた男たち。

 当然ながら竹蔵の前にも、先ほどのクスリ漬けの島帰りの男たちが居た。


 捕まえにきた男たちの一人に十兵衛が刀で峰打ちをして腕を折ったが、悲鳴どころか痛みも感じていない様子。

 アノ男たち、本当に人間なのか !?


「貴方、アノ男の人たちに何をしたのよ !

 普通じゃ無いわよ !」


「ふふふ。 冥土の土産に教えるのは、捕らえてからにさせてもらいましょう 」


 左近さま達が囲まれてしまった。

 いかんな。 いかに十兵衛殿が剣の達人でも左近さまを守りながら戦うには不利すぎる。

 左近さまを守る為に命は惜しくは無いが、今持っている武器では心許ない。


 ジリジリと囲いを狭めていく男たち。

 既に勝ちを確信しているのか、余裕綽々な竹蔵。

 こうなったら、左近さまのお叱りを受けるかも知れないが、俺が飛び込んで竹蔵を人質にするしか……


 斬 ! 斬 !


 閉めきった扉が斬り壊されて、大男が店の中に押し入って来た。

 片手には長く太い槍を持っている。


 不味い ! かなりの使い手だ。

 これでは、俺が人質を取る前に斬り殺されてしまうだろう。

 十兵衛殿も万全な状態でも勝てるかどうか ?

 竹蔵め、何処まで用意周到なんだ !



 ── 槍を持った大男の登場により、ますますピンチに成ってしまった左近と十兵衛。


 どうする左近 ! ──


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