第16話 努壺屋 ②


 十兵衛さんは、幕府のお抱え医師の一人である一成先生の元に案内してくれた。


 わたし達の疑問をぶつけて化粧品を調べてもらうと、


「町人が買えるくらいに安いと云う化粧品だけど、化粧品は肌身に付けるから身体に害があるようなら怖いのよ。

 一成先生、どうでしたでしょうか ? 」


 一成先生は難しい顔をしながら、


「問題、大問題です。

 伊勢や京の白粉おしろいは水銀や鉛から造ると云うが、使い過ぎると中毒になる。

 最近は顔や首だけでなく、乳房にも白粉を塗っていると聞きます。

 ましてや、これは精製していない粗悪品。

 もし、若い娘さんが乳房に白粉おしろいを縫ったまま、赤子に授乳させているなら、大変なことになるぞ」


 思っていた以上に深刻な事態ですわ !

 十兵衛さんなどは怒りで拳を握りしめて、其処から血が出ている。

 今すぐにでも努壺屋に殴り込みを仕掛けそうに見える。

 わたしも怒っていたけど、十兵衛さんを見て逆に冷静になれた。


「十兵衛さん。 気持ちは分かるけど、今は我慢して。

 正成さんや徳松さんも証拠集めをしているから、それを待ちましょう。

 怒りに任せて努壺屋を責めても逃げられてしまうだけよ 」


「 かたじけのうござる。 其も、まだまだでございますな」


「礼にはおよびませんわ、お気にしないでください。

 まずは、徳松さんたちと合流する為に屋敷に戻りましょう」


 ◇◇◇◇◇


 わたし達が屋敷に戻った後、少ししてから徳松さんと正成さんが戻ってきた。


 皆で一息入れた後に、まずは わたし達の調査結果を話すとふたり共怒りに震えていた。


「高利貸しの方は調べたが、やはり未届けだったぞ。

 勘定奉行にも動くように要請したから、高利貸しの方は大丈夫だろう」


 流石、徳松さん。 将軍さまの子息からの要請は無視出来ないハズよね。


「 次は拙者でござるな。 奉公人たちから聞いた話しだと、努壺屋毒衛門どくえもんは京から高級な茶器を買い集めているようですが、近々 曜変天目茶碗よへんてんもくちゃわんが手に入ると浮かれていたそうですが……」


「偽物だな。 本物は今川幕府で管理しているし、窯の方も幕府直轄だから、市居に出回るはずは無い 」


 徳松さんの言葉に皆が黙りこんでいた。

 京は遠いからわたし達には手を出せないし、偽物をつかまされたのは自業自得よね。


「それなら、それがしは 粗悪品の化粧品を造っている工房をつぶせば良いのでしょうか ?」


 すっかり、 十兵衛さんはヤル気に成っているけど、


「待て、十兵衛。 工房が一つとは限らんぞ !

 もう少し調査をしないと、怒壺屋に逃げられるのがオチだ 」


 徳松さんの言葉に皆が黙りこんだ。


「ねえ、皆さん。 わたし達だけで解決したいところだけど、正直 わたし達の手には余ると思うの。

 ここは、知恵伊豆こと松平伊豆守信綱まつだいら いずのかみ のぶつなさまに相談しようと思うのよ。

 きっと、わたし達の力に成ってくれるわ 」


 わたしの提案に、みんなが目を丸くしているわ。

 一度、わたしに対しての認識に付いて、じっくり話し合いをした方が良さそうね。





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