俺の彼女は学校で噂になるくらいかわいいが財布を出しているところを見たことがない

終電宇宙

第1話

俺の彼女がケチすぎる。

付き合ってもうすぐ三か月経つのだが、

俺は彼女が財布を出しているところを見たところがない。

学食で一緒に食べるときや放課後に食べ歩きをするときはいつも俺のおごりだし、

遊園地や水族館で遊ぶ時もいつも俺のおごりだし、

この前一緒に遠出した時もすべて俺のおごりだった。

俺がおごらないと一緒にデートに行ってくれないのだ。


今日の俺の誕生日でも

彼女がくれた誕生日プレゼントは

スーパーの値引きされたチーズケーキ一個だけだった。


先月あった彼女の誕生日の時には

俺は何日もバイトをして腕時計をプレゼントしたのに

彼女と俺で渡したプレゼントにずいぶん格差があるなと思った。


薄々感じてはいたが、

俺は多分、彼女に愛されていない。

これから先もずっとこんな扱いを受けつづけるのかと思うと、

お腹が痛くなりそうだった。


その日の夜、ベッドに横になって一人頭を悩ませていると、

ふと、別れた方がいいんじゃないか?という考えが浮かんだ。

一度浮かぶと、その考えはどんどん頭の中を侵食していった。

別れた方がいいのかもしれない。

この三か月間、彼女に尽くしてきて何かいいことがあったか?

悩んだり苦しんだりする日が増えただけだったじゃないか。

そうだ。別れよう。そうしよう。

そう決意した瞬間、胸がすっと軽くなった。


次の日の放課後、俺はさっそく彼女を体育館裏に呼び出した。

一人でそわそわしながら待っていると彼女は気だるそうに

「どうしたの?」

と言って現れた。

彼女の顔が見えた瞬間、俺の胸がドキッと高鳴った。

彼女は顔だけは学校で噂になるレベルでかわいいのだ。

悔しいが、近くに立たれるとどうしてもドキドキしてしまう。


「俺と別れてほしい」

俺は前置きを置かずに一思いに言った。

急に言われてびっくりしたのか彼女はぽかんと口を開けた。

「どうして?」

と彼女は聞いてきた。

理由を聞かれると思っていなくて俺が戸惑っていると、

「あ、わかった。昨日の誕生日プレゼントが原因?」

彼女は頭をポリポリ搔きながらそう言った。

「ああ。そうだよ。俺、お前の誕生日の時はかなり高いもの渡したんだぞ。それなのにあんなプレゼントないだろ?さすがに非常識だぞ」

彼女に図星を突かれて俺はそう言った。

「次誰かと付き合うときはちゃんと好きな人と付き合えよ。こんなの惨めだ。よくないよ」

しばらくの沈黙のあと、

「…そうだね。よくないよね」

と俺の言葉に俯いて彼女はそう言った。

そこで話は済んで、俺と彼女は別れることになった。


「じゃあ、私帰るから。じゃあね」

そう言うと彼女は何事もなかったかのように俺のもとから立ち去った。

別に期待していたわけではないが、こんなにあっさり別れることになると

本当に好きだったのは俺だけだったんだなという実感がわいてきて悲しかった。


一人でとぼとぼと帰り道を歩く。

あーあ。

次誰かと付き合うときはかわいくなくてもいいから

性格が良い子と付き合おう。

そんなことを考えて、学校のすぐ近くにある公園を横切ろうとした時、

ベンチに座っている元彼女の姿が見えた。


まっすぐ家に帰ったのかと思っていたがそうではないらしい。

一体何をしているんだろうか。

そう考えていると、俺の中で一つ嫌な考えが浮かんできた。

もしかして、俺とは別に本命の彼氏がいて、

そいつと待ち合わせしているところなんじゃないか?

そう思い始めてしまうと、

もうどうにか真相を確かめないと気が済まなくなった。


俺は元彼女を観察することにした。

ひっそりと歩いて、元彼女が座っているベンチの後ろの茂みに身を潜める。

10分経っても、

20分経っても、

30分経っても

誰も現れず、かといって元彼女がそこから立ち上がる様子もない。

元彼女は静止画のように空を見ているだけだった。

本当に何をしているんだ?

俺が本気でそう思い始めた頃に、元彼女は急に泣き出した。

できるだけ音を立てないように必死に声を殺して元彼女は泣いていた。


これは俺に別れを告げられたことに対する涙なのだろうか。

それとも全く別に、何か嫌なことがあって泣いているんだろうか。

よくわからないが、俺はとにかく元彼女が泣いてる姿を眺めつづけた。


辺りが暗くなってきたころに彼女はピタッと泣くのをやめた。

カバンを持って立ち上がる。

元彼女は公園を出た。

公園の入り口の横に自動販売機が置かれていて、元彼女はその前に立った。

ずっと泣いていたから喉が渇いたのかもしれない。


元彼女はじーっと自動販売機を見つめつづけて、

不意にお金も入れずにボタンを押した。

当たり前だが、自動販売機は何も反応を示さない。

自動販売機の取り出し口に手を入れて、

何も入っていないことを確認すると、また歩き出した。


お金ないのか?と俺は疑問に思ったが、

それを気にする間もなく、

元彼女はすたすたと歩いていくので、

俺はとりあえず何も考えずにあとを追った。


15分歩き続けたところで、元彼女は住宅街のある一軒家の前に立った。

電灯に照らされた表札に元彼女の名字が記載されている。

ここが元彼女の家のようだ。

少し小さめであるが一般的などこにでもあるような家だ。


元彼女が玄関を開けて家の中に入っていく。

俺はそこまで見届けて息を吐いた。

俺は何をやっているんだろうか。

途中でもう他の人との待ち合わせではないことはわかっていたのに、

結局ここまでつけてしまった。

「やっぱりまだ、好きなのかな」

独り言を言う。

早く忘れないとなあ、と思いながら俺は元彼女の家に背を向けた。

その時だった。


ガシャン、と食器が勢いよく割れる音がした。

元彼女の家からの音だった。

元彼女の家の中の誰かが乱暴にカーテンを閉める。

男の人のかなり大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

遠くで聞いている俺ですらドキドキしてしまうような恐ろしい声だった。

何かを叩きつけるような音が聞こえてくる。


俺はそれを聞いて立ち尽くしていた。

もしかしたら、彼女は虐待にあっているのかもしれない。

もしそうだとしたら…。

俺は昨日彼女からもらったチーズケーキの200円という文字を思い出す。

彼女は一体いくら、自由に使えるお金があったのだろう。

どんな思いであのケーキを買ったのだろう。


俺は何もできずに彼女の家にまた背を向けて歩き出した。

その恐ろしい怒鳴り声を聞きながら、彼女の家の前から去るのは

とても心苦しかった。

とりあえず明日、彼女ともう一度話がしたい。

俺は彼女のことを何も知らなかった。

俺は今日、最低なことをしたのかもしれない。

言ったのかもしれない。

彼女は俺を許してくれるだろうか。

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俺の彼女は学校で噂になるくらいかわいいが財布を出しているところを見たことがない 終電宇宙 @utyusaito

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