出会い
Side:七瀬甘味
私は配信者なんだから頑張らないと。
「ヴォォォォォォォォ」
そう思って、二層目を警戒を怠ることなくゆっくり歩いていると、赤黒い皮膚に角の生えた鬼? のような魔物がそんな咆哮を上げながら目の前に突然現れた。
警戒、してたはずなのに。
そう思いながらも、私は反射的に槍を構えたんだけど、その瞬間突き出した槍に向かって手をなぎ払われ、槍を吹き飛ばされてしまった。
「ぁっ」
それを理解した瞬間、私の口からはそんななんとも言えない情けない声が出ていた。
そして、私の反応を見て楽しんでいるのか、鬼の魔物は怯えて動けない私の頭に向かってゆっくりと手を伸ばしてきた。
大きい手だ。あんなのに頭を握られたら、簡単に潰されちゃう。
そう理解しているのに、私は動けなかった。
死ぬ。そう思って涙が零れ落ちそうなのを堪えながら目を閉じた瞬間、壁に何か大きな物を思いっきりぶつけたような音が聞こえてきた。
「あの、大丈ーーッ」
そして、鬼の魔物の手が私の頭を握り潰してくることなく、そんな声も聞こえてきた。
「ぇ……ぁ、え?」
「あの、もしかして甘味ちゃ……さん、ですか?」
「わ、私……あ、は、はい! そう、です……あっ、た、助けてくれて、ありがとうございます!」
ゆっくりと目を開けると、大きな斧を持った男の人がいて、少し視線をずらすと拳の後のようなものをお腹辺りに付けたさっきの鬼の魔物が壁際で横たわっているのが見えた。
助けてもらった。
そう理解した私は、直ぐにお礼を言って頭を下げた。
「あ、いや、か、顔、上げてください。お、俺はただ家出をしてきただけで……」
「え? 家出……? このダンジョンに、ですか?」
すると、そんな訳の分からないことを言ってきて、私は思わずそう聞き返してしまった。
「ま、まぁ、はい。ここなら食料も確保できますし、一番家から近かったんで」
え? 危険度SSランクのダンジョンにそんな理由で……? と言うか、SSランクの魔物が出てくるダンジョンで食料確保なんて、出来るの?
「で、でも、ここーー」
「そ、それじゃあ俺は失礼します!」
そう思った私は、ありえないとは思ったけど、SSランクのダンジョンだって知らない可能性が頭に浮かんで、一応このダンジョンの危険度を伝えようとしたんだけど、何故か動揺したような感じで奥に向かって走り去っていってしまった。
……もしかして、私のことを元気づける為の冗談、だったのかな? 危険度SSランクのにダンジョン家出なんて意味わかんないし。……そもそも成人してるっぽかったし、家出とか無いでしょ。
そう思いだすと、胸がドキドキしだして、顔が熱くなってきた気がする。
……それだけ聞けば、恋だと思われるかもしれないけど、会ったばっかりどころか、少し話した程度なんだから、そんな訳無い……と思う。
告白は学校で何度かされたことがあるけど、全部断ってきたし、好きっていうのもよく分かんないし、やっぱり違うと思う。……あ、そういえば、名前、聞くの忘れてた。
そう思った瞬間、私は大事なことに気がついた。
あっ、まだ配信中だった!
「あ、よ、よく分からないけど、優しい人に助けて貰えました! 今日は殺されかけて疲れちゃったから、もう配信は切って家に帰るね! 今日の配信も見てくれてありがと〜! またねっ!」
まだ色々な感情が胸を渦巻いてるけど、私はなんとか笑顔で明るく振舞って、配信を切った。
いくら私でも、殺されかけていつも通りに喋るのはきついから。
あの人を追いかけて奥に行く訳にもいかないから、私はそのまま家に帰った。
帰り道ではラッキーなことに魔物に全く遭遇しなかったし、楽に帰れた。
そして、あれからあの人のことは私の配信に映っちゃったもの以外は全く分からないまま時間が過ぎた。もちろん、死にかけたことは怖かったけど、ちゃんと配信活動は続けながら。
「……会いたいなぁ」
今日のダンジョン配信が終えて、家に帰った私は思わず呟くようにそんなことを言ってしまった。
「い、いや、違うよ?! 改めてお礼を言いたいから会いたいってだけでね!?」
そこまで言ったところで、私は冷静になった。もう配信はとっくに切ってあるのに、誰に言い訳してるんだろ、私。
そう思って、羞恥心に襲われながらもリビングの中に入って、私はソファに座った。
そして、何となくあの人の新しい情報が出てないかなと思って、Yでエゴサをかけた。……あの人の名前は分からないし、ネットで言われてる呼び名を言うのは失礼だと思うし。
【甘味ちゃんを助けた家出男が動画を投稿してるぞ】
すると、そんな言葉と共にURLが貼り付けられていた。
それに気がついた私は、直ぐにそのURLを押して、動画を開いた。
「配信……始めるんだ」
本当に短い動画で、かなり緊張してるみたいだったけど、私も最初の頃はそんな感じだったと思うし、気にすることなくチャンネル登録をして、通知をオンにした。
そして、また時間が経って、あの人のとんでもないダンジョン攻略配信を見終わった。
……見終わったんだけど、中盤からはもうあんまり内容を覚えてないかもしれない。だって……私のコメント、見てくれなかったんだもん! ……無視したくてした訳じゃないってのは分かってるけど、たまたまその時だけ見てくれないなんて、私の運が無いのかな。
もう一度コメントしようかとも迷ったんだけど、何回もコメントして、後で気が付かれたらしつこい女だと思われちゃうかもしれないし、出来なかった。
……普段はこんなネガティブな思考になることなんて無いのにな。
そして私は今、Yのメッセージを何度も何度も更新して、あの人が私が書いたコメントに気がついてメッセージを送ってきてくれないかと確かめていた。
そうしていると、ほぼ諦めてたのに、あの人からのメッセージが来た。
「えっ!? ほ、ほんとに来た! は、早く返信、書かないと」
内容を確認した私は、そう言いながら、直ぐに返信を書き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます