まさか……

「グルゥゥゥ」

 

 紫永が家に帰ってくるまでには、俺も家に帰るつもりだから、ダンジョンの二層目以降には行かずに、一層目を適当に探索していると、そんな唸り声を上げながら、真っ白い狼? みたいなのが俺を見下ろすように現れた。

 

「……でかい。……そんなにでかいと、素材を持ち帰れないじゃないか」


 ある程度は持ち帰れるだろうけど、全部は絶対に無理だから、俺は不満を吐き出すように、そう言った。

 すると、そのでかい狼は俺に舐められてると思ったのか、長い爪で俺を攻撃しようと、前足を振り上げてきた。

 

「あ、その爪なら、持って帰れそうだし、ちゃんと素材にもなって、お金になりそうだ」


 そう呟きながら、でかい狼の攻撃を避けて、狼の下に潜り込みながら、狼の腹に向かって俺のスキル『焔』を叩き込んだ。

 真っ赤な炎がその狼を包み込んでいく。

 スキルっていうのは不思議だ。こんなに近くで『焔』を使ったっていうのに、俺自身は全く熱くないし、服も燃えない。

 そんな俺と対比して、狼は真っ白な毛を焦がし、焼けていく。

 毛皮も売れそうではあったけど、こんなでかい狼の毛皮を剥いでる時間なんて無いし、それ自体は別にいい。爪とか、牙が無事なら、大丈夫だ。


 そんなことを考えているうちに、でかい狼は直ぐに力尽きた。

 それを確認した俺は、目立つ牙二つを引き抜き、俺を攻撃しようとしてきていた爪を取った。

 

「まだ時間はあるけど、今日はもう帰るか」


 余裕を持って行動するのは大事って言うしな。

 そう思いながら、背負っているリュックサックにでかい狼の素材を詰め込んだ俺は、家に帰る為に来た道を引き返した。他の素材はその場に置き去りにして。

 



「人、まだいるのか?」


 ダンジョンの入口まで戻ってきた俺は、そう呟きながら、こっそりと外の様子を確認した。

 すると、さっきより人が増えているように感じられた。

 ……なんで増えてるんだよ。ついこの前まで、マジで人っ子一人見たこと無かったのに。


「あ、もしかして、甘味ちゃんの影響か?」


 ……今思えば、俺が甘味ちゃんを助けた時の動画が何故かSNSにあったのって、あの時甘味ちゃんが配信してたからじゃないのか? だから、ついこの間まで人っ子一人いなかったこのダンジョンの周りに人が居たりするんじゃないのか? ……まぁ、相変わらず探索者は一人も見かけないけど。


 ……待て。待って。本当に待ってくれ。もし、もしも、あの時、配信してたって事はさ、俺が甘味ちゃんに話した黒歴史も配信されてた、ってことじゃないのか?! 

 ……確認、するか? 甘味ちゃんのあの日の配信のアーカイブを見れば、すぐに分かるはずだし。……いや、無理です。俺にそんな勇気は無い。

 だって、もしも俺の想像通り、本当にそこまで配信されてたんだとしたら、俺は控えめに言って死ねる。

 あんな大人気ないことで高校生の妹を放って家出をしたんだから、自業自得とはいえ恥ずかしすぎて本当に死ねる。


「……帰ってから、紫永に聞こう。……紫永なら、知ってると思うしな」


 俺は暗い気分になりながらそう言って、ダンジョンを出た。

 人はいるけど、出ない訳にはいかないしな。

 すると、ダンジョンから出てきた俺を見て、周りはザワザワとしだした。

 

「あ、あんた、無事だったのか! 大丈夫なのか!? 顔色が悪いぞ!? 病院、行くか? 特に用事もないし、今なら連れて行ってやるぞ?」

「……大丈夫です」


 そしてその人混みの中から、ダンジョンに入る時に声をかけてきた男が出てきて、そう言ってきた。

 フード被ってんのに、よく顔色とか分かるな。

 そう思いながらも、一言大丈夫と言ってその場を立ち去った。

 

 


 

 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る