2、崩れる

 校門の前で、桜が満開に咲き誇り、眠たくなるような心地よい風が、柔らかく吹いている。春の匂いを肺いっぱいに吸い込んで吐き出すと、僕の息は春の一部になった気がした。

僕は3年生になり、受験勉強ではなく、部活に勤しんでいた。

先輩達が11月に引退して早5ヵ月経つ。引退してからも部活にたまに顔を出してくれていだが、卒業してしまったのでそれもなくなり完全に2学年だけで部活をしている。

今日はその抜けてしまった穴を埋めるべく新入部員の勧誘をしている。

いくつもの部活動が校門の近くに立ち、帰り際の新入生を狙って声をかけている。

高校に入学時に初めてこの光景を見た時には、ドラマやアニメでしか見た事が無かった光景が目の前に広がっていることに感動して、色んな部活の人に声をかけられるのを楽しみながら歩いた。

しかし、3回目にもなると面倒に感じて、可愛い一年生いないかなと探してしまっている自分がいる。去年は頑張ったので今年は後輩に頑張ってもらおうと思う。

頑張って勧誘はして欲しいのだが、新入生からすれば、筋肉モリモリの威圧感のある男の群れが声をかけてくるのだから怖いに決まっているので、少し申し訳ない気持ちになった。

体の大きな新入生を見つけて後輩の佐々木がしつこく誘って新入生が困っていたので

「強引に誘い過ぎるのはやめなさい」

と言っておいた。

「すいません、でも、あいつ絶対ラグビーやったら強くなりますよ!」

「それでも、やる気ないのに無理矢理はよくないぞ」

佐々木は申し訳なさそうに

「はい、すいません」

と言った。素直でいい奴だ。

去年の勧誘で学んだのだが、誘い過ぎると見学にすら来てくれないのだ。

ラグビー部あるよー、楽しいよー、くらいのフランクな感じで誘っておかないと、もともと入ろうかなと思っていた新入生さえ入って来なくなる。後輩の友達に入ろうと思ってたけど圧が凄くて入るのやめたという人もいるくらいだ。

結局、新入部員は11人だった。経験者は9人、そのうち推薦で入って来たのが6人で、残りの3人は初心者だ。これで、全体として部員が37人になった。

うちの部は県内では強い方で毎年ベスト8かベスト4までは駒を進める。去年のせいさん達のチームは特に強くて、4年振りに決勝までコマを進めたが、決勝でここ最近毎年全国に出場している王者の高校に負けてしまった。コーチもみんなも、今年こそはと意気込んでいるが、まだまだ王者とは差があると言わざるを得ない状態だ。

僕は少し遅れてラグビー部に入部した。一年の6月あたりだった。遅れてでも入った一番の理由は、この学校には運動部の県大会の決勝になると全校生徒で応援するというしきたりがある。それに出ているバレー部の人達を間近で見て、自分もこうやって応援されたいと強く憧れ、夢になった。

普通は花園に行きたいからとか、中学でもラグビーやっていたからなんとなくとかいう理由で入るのだろうが、僕はこの全校応援の歓声を受けたいというなんとも不思議な原動力だった。

しかしこの憧れは強く、激しいものだった。上手くは言えないが、認められたかった。あの場にいるという事が自分の存在を認めてもらえる事だと感じた。僕はその方法が中学の時やっていたラグビーだっただけだ。

僕は、去年試合に出れなかった。決勝戦グランドの間近にいながら出られなかった。大きな競技場で背後の観客席に声援を感じながら、白線を一本超えられずに試合は終わった。そしてメンバーと一緒に整列をして観客席に向かって一礼をする。とてつもなく恥ずかしかった。見下されてる気がした。泣きそうになってすぐに誰にも見られない所へ逃げ出したかった。これじゃあ晒し者だ。それをウインドブレーカーの端を握りしめながら必死に我慢して、僕は受けたくない拍手を受けた。頭を下げている間拍手が僕の頭に響く、叩かれている感覚だった。一つ一つの拍手がお前に向けての拍手じゃあないぞと嘲笑うように僕の全身を殴りつける。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、早く終わってくれ。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、いつ終わるんだ。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、拍手が終わった。

3分くらいはずっと拍手を受けていただろうか。叩かれすぎて僕の脳は麻痺し、過呼吸になり、視界はぼんやりしていた。戻る時にレギュラーの蓮に大丈夫かと言われ、肩を貸されそうになったが僕は無言で振り払い、ようやく視線に晒されない場所へと戻っていった。来年、まだ来年がある。あと一回だけチャンスがある。そう自分を励ました。

そして三年生は引退した。僕は先輩が引退して最上級生になっても試合に出れずにいた。考えれば考えるほど空回り、焦りと不安で押しつぶされそうだった。またあの思いをするのかと。しかも今回は次などない、出られなければそこで終わり、一生果たされないその夢は僕の中で無限の後悔と絶望をもたらすだろう。

そう思った時僕は決意を固める。レギュラーになるためならなんでもすると。

そしてその決意をノートに書き殴った。文章でもなんでもない、その稚拙な文をこの先何度も見返すことになる。

「どんなに無様でも醜くてもいい 辞めたときに後悔しないように 這いつくばってもがいて仲間を引きずり下ろしてでも 悔しいという気持ちを絶対に忘れない、自分にも相手にも 逃げるのは簡単だから」と。


5月になって、日差しは強くなり、世間はGWに浮かれている。僕たちラグビー 部のGWは泊まりの合宿で隣の県に行き、練習試合を重ねる。その行きのバスでキャプテンの渡蓮と隣になった。

蓮はコミュニケーション能力が高く、誰とでもすぐ打ち解ける。僕らの中からキャプテンを決める時は蓮だろうと1年の時から思っていた。加えて、ラグビー は上手くて、体も大きい。背が180くらいあって体重は90kgはある。僕は蓮の事があまり好きではないが、普通に話すくらいはする。

「最近すげえ頑張ってるよな青」

と蓮が話しかける。

「まぁね、試合出たいからな」

「青、太ったら絶対強いのに、もっと食べなよ」

何気なく蓮が言う。

「だから、何回も言ってるけど食べても太らないんだよ」

「そんなの言い訳じゃん」

蓮が少し怒った様に言った。

僕の今の体重は68kgで、身長は168cmだ。フランカーをするには背は小さすぎるし、体重も少ない。だからと言って他のポジションは出来ない。つまり不器用で、下手くそだ。

 しかしラグビーというスポーツは不器用でも体を張れば学生のうちはやっていける。そりゃあ器用にこなせるのに越したことはないが、それでもラグビーで一番大切なのは相手とぶつかるコンタクトの部分なのでタックルさえ出来ればコーチやみんなから好かれて、チーム内でもやっていけるものである。

逆にプレーは上手いけど体を張れない、つまりタックルが出来ない奴は試合には出れるが仲間からもいじられ、コーチからも嫌われる傾向にある。

僕はタックル以外まるっきりできない。もちろん他のプレーの練習はしている。僕のプレーは体を張って起き上がって、とにかく走る、その繰り返しだ。

それでも、これを極めればレギュラーになって試合に出れると信じて頑張っていた。

もちろん蓮が言うように体重も大切なので、増やそうと頑張ってはいた。三食限界まで食べて、寝る前にカップラーメン2つとプロテイン、そんな生活をまた初めていた。それでも太らない。実際に体重が増えていなければ全く意味がなく、努力してないのと一緒だ。そんなことは分かっている。でも悔しくて僕は

「食べてるよ」

と拗ねた様に言った。

蓮は拗ねた僕に気づいてなだめるように

「まあ、最後の年だし頑張ろうぜ」

と言って、僕は

「うん、そうだな」

と、あしらう様に僕は言った。

気まずく思ったのか、蓮は話題を変えて

「青ってさ、よく先生とバトルしてたけど最近全く見なくなったよな。俺は青が言ってることの方が正しいと思ってたけど、何でそういうのやめたの?」

と言って聞いてきた。

「うーん、それは、こっちの方が正しいと思うことを言っても、先生達は結局「うるせぇ屁理屈言うな」の一点張りだからもう虚しくなってやめた。この学校には会話ができる大人はいないみたいでさ。でも、自分の中にはちゃんと持ってるよ。今はただ、波風立てない様に誰とも話さない様にしてるだけだよ、部活に来るまで誰とも一言も話さないなんてことよくあるな」

「へー、なるほどね、だけど、誰とも話さないってのはすごいな」

笑いながら蓮は言った。続けて

「最近青があんまり誰かと仲良くしてるの見たことなかったけど、竹ちゃんとは仲良かったじゃん、話さないの?」

「学校で会ったら話すけど、クラスも離れて端と端だから全然会わないんだよね、それに竹ちゃん彼女出来たから結構ずっとその子と一緒にいるみたい。まぁ、たまに連絡取るし、仲悪いわけじゃないよ」

竹ちゃんに彼女ができた。如月さんと付き合ったらしい。嬉しかったし、心からおめでとうと思った。だけど、手塩にかけて育てた息子をが巣立って、寂しいといった母親みたいな気持ちである。

「そっか、学校で寂しくないの?」

クラスが僕は8組で、その他のラグビー部は大体1から5組の間にいる。僕は理系のコースにいるので一応話すラグビー部と親友の竹ちゃんは遠く離れたクラスにいるのだ。

「うーん、寂しいな」

僕は素直に言った。

すると蓮は

「だよな、クラスの奴とは仲良くないの?」

「悪くはない、でも話すとなんか逆にしがらみ生まれそうだし」

「青らしいな」

「だろ」

そう短く言葉を交わし僕たちは到着までバスの中で眠りについた。

合宿は過酷だった。午前は合同練習、午後は試合の繰り返し。

1日目が終わった。風呂に入り、食事も済ませた。ミーティングが始まり、今日の試合のビデオを見て反省をする。僕は出ていない。全体ではAチームのビデオしか見ないので僕達Bチームはただ聞いているだけだ。

Aチームの反省が終わり、解散になった。そこからBチームは集まり、勝手に試合を見る。その間Aチームは明日の準備をしたり、休憩したりしている。僕は久々にビデオで自分のプレーを見て落胆した。下手くそで不器用で、ただただ必死で走り回っているそんな自分の姿がそこにはあった。自分のプレーが自分の心臓に突き刺さる。こんなんじゃレギュラーになれないというのを自分自身が一番理解して1日目が終わった。

後の残りの日数も同じような感じで繰り返された。

合宿が終わったバスの中はみんなぐったりして寝ていた。僕は相変わらずAチームでは出れず、Bチームで試合に出た。苦しい、そんな気持ちを僕は抱えながら僕も体の疲れには逆えずバスの中で眠りについた。


6月になり、雨の日が増えて練習は筋トレが多くなった。筋トレも頑張らなければと奮起して頑張るが、体の大きい奴ほどやはり重い重りを上げるので、自分が一生懸命にこなしても自分が弱く感じて、惨めに思え、情けなくなった。

それでも手を抜いたことなんかない、毎回動けなくなるほど筋肉を追い込んだ。後悔したくない。そんな気持ちが僕を突き動かした。

その日も雨が降り、練習は筋トレになった。多目的体育館の二階にあるトレーニングルームでの筋トレが終わり、フラフラになるまで追い込んだ。解散となったあと僕は着替えて、帰ろうと思い、下駄箱に向かったが、筋トレの疲労と大雨が降っていることから、帰る決心が付かず。下駄箱の前の段差に座ってぼんやりしていた。

今は18時5分だ、グランドで練習するより筋トレ方が終わるの断然早い。しかも、いつもは少し離れたグランドで練習しているので練習後に学校にいる事に少し特別感を感じる。いつか帰らなければならないのだからこの時間は無駄であるが、僕はその何もする事がない、ただジメジメとした無駄な時間を激しい雨の音と共に少し楽しんでいた。体の怠さと雨は僕の中に不思議な高揚感を生み出して、動きたくはないが、何かしたいという不思議な矛盾を生み出していた。すると、その矛盾を解消する様に、帰ろうとしているであろう香穂ちゃんが下駄箱にやってきた。

僕は座ったまま、少し遠くの香穂ちゃんに向かって

「香穂ちゃん」

と声をかけた。

するとこっちを向いて笑顔になり

「お、青山さんだ、なんか久しぶりな気がする」

と嬉しそうに言う香穂ちゃんを見て僕も嬉しくなった。やっぱりかわいい、疲れがふわっと飛んだ。

「遅いね、今から帰るの?」

「はい、雨降ってて、帰るの面倒だなと思って教室でぼんやりしてたらこんな時間になっちゃいました」

と言いながらこっちに近づいてきて、ニコニコしながら僕の横に座った。

「先輩は何してるんですか」

「部活終わったけど帰るの面倒くさくてぼんやりしてる」

香穂ちゃんはにっこりしながら

「じゃあ、私と同じですね」

「そうだね、でも僕はもうちょっとぼんやりしてるよ、いつか帰らないといけないんだけどね」

僕は力なく笑いながら言った。、

「えー、じゃあ私もぼんやりします」

「お、ぼんやりに付き合ってくれるの」

「先輩一人で寂しそうなんで」

「やっぱり香穂ちゃんは天使みたいにやさしいなー」

と茶化すように言うと

「まぁね」

と親指を立て、グーサインをして乗りよく返してくれた。

それが面白くて、2人で笑った。

一瞬間を開けて香穂ちゃんが

「今日は筋トレですか」

と聞いてきた。

「うん、もうね、身体中痛い」

「私筋トレしたことないから分からないです」

「やってみたいの?」

「えー、ちょっとやってみたいかも」

「じゃあ、先輩が手取り足取り教えてあげようか」

「うわ、なんか変なことされそう」

笑いながら香穂ちゃんは言う

僕はからかいたくなって

「いや、そりゃあ、教えるんだから体に触れるのはしょうがないよ」

と、言った。

「えー、じゃあ、しょうがないか」

と真剣に言う香穂ちゃん

「いや、冗談な」

笑いながら僕は言う。

香穂ちゃんはからかいがいがある。一緒にいて楽しい。

 僕はよく勘違いされるが、人と話す事は好きだ。話したいと思う人があまりいないだけで、だらだらと話していたいタイプだ。

「え、先輩ひどい、乙女の純情を弄んだんですね」

「そんな言い方しなくても」

僕は笑いながら言った

「香穂ちゃんてなんかからかいたくなるよね」

「そうですか?そんなにからかってくるの先輩くらいですよ」

「そうなの?」

「そうですよ、でも周りにそんな人いないから少し嬉しいかも」

「いじられたいの?」

少し考え込む香穂ちゃん

「うーん、ちょっとね」

素直な回答に2人で笑った。美少女には美少女の苦悩があるようだ。

「素直でよろしい」

「私、クラスでは、なんだか丁寧に扱われてる感じするから、息苦しいのかも」

「あー、分かるわ、僕もクラスでは一匹狼みたいな感じだから、息苦しいかも」

「あれ、私とちょっと違うくないですか?」

「え、同じ同じ」

また2人で笑った。

「でも、今の話だと僕が香穂ちゃんを雑に扱ってるみたいになるけど、それは心外だわ」

「え、雑ですよ」

「え、こんなに丁寧に扱ってるのに」

「どこがですか」

笑いながら香穂ちゃんが言う。

そこからは他愛も無い話で盛り上がる。

話していると心地よくなって眠たくなってきた。そして、ちょっとした会話の間にカクンと一度寝落ちしそうになる。

「はっ、一瞬寝そうになった」

「眠たいんですか」

「うん、筋トレの後はやたら眠たくなって動きたくなくなるんだよね、だからここでぼんやりしてんの」

「膝枕してあげようか先輩」

と明らかに冗談でニヤニヤしながら自分の太ももをぽんぽんと叩いて言ってきたので僕は、なんだか悔しくて

「じゃあ、失礼します」

と、すぐさま香穂ちゃんの足に頭を乗せた。

すると、スカートからふわっと柔軟剤の香りがしていい匂いだなと思うと同時に何かいけない事をしてるような気がして、自分から頭を乗せて置きながら恥ずかしくなった。

香穂ちゃんは驚いた顔をして、自分から言った手前断れないのか

「え、恥ずかしい」

と口元を隠して照れ笑いしていた。

「本当に来るとは思ってなかったんでしょ」

と聞くと

「はい、先輩なかなかやりますね」

「そりゃあ、こんな美少女に膝枕誘われたら断らないでしょうよ」

「え、美少女ですか」

香穂ちゃんは言われ慣れているであろうその言葉に何故か照れつつ、まんざらでもない感じであった。

「いや、こんなの香穂ちゃん言われ慣れてるでしょ」

「そんな事ないですよ」

「でも、あんたモテるでしょ?」

「いや、そんなにモテないですよ」

「ダウト!」

「嘘じゃないです」

と言うので

「じゃあ、入学して何人告白された?」

と聞くと、香穂ちゃんはちょっと困ったように

「‥‥7人です」

「モテモテですやん、それでモテないとか言われたら先輩どうしたらいいんですか」

ちょっと意地悪に言ってみる。

「自分からモテモテですなんて言えないですよ」

「それもそうだな、ごめんね」

「許してあげよう」

と優しく香穂ちゃんが言った。

僕はふと気になって

「香穂ちゃん彼氏いないの」

と聞くと

「え、いないですよ」

と言ったので

「よかったー、いたら彼氏にぶっ飛ばされる所だった」

と言った。

「よかったですね私に彼氏いなくて」

香穂ちゃんはニヤニヤしている。

「香穂ちゃん選びたい放題でしょ」

「そんな事ないですよ、まず別に好きな人いないんですよね、告白してくれる人はなんかみんなチャラい感じで苦手な人ばかりでした」

「彼氏欲しくないの」

「欲しいけど無理やり付き合うほどではないですね」

「そんなに可愛いのにもったいない」

と意識が朦朧としながら言って、僕は枕が気持ちよかったのか、本気で眠りに落ちた。香穂ちゃんの顔が赤かった気がするが、まぁ気のせいだろう。雨の音がだんだん遠くなっていき、少しだけ夢も見た。

「先輩起きてー」

という声で僕は起きた。目覚めると雨はまだ降っていて辺りは薄暗くなっていた。時計を見ると18時半を指していたので、僕は20分くらい寝ていたようだった。

「あと5分」

と言うと

「ダメです」

と言われた。

僕は寝ぼけながら

「香穂ちゃんの膝枕ちょうどよかったわ」

と言うと

「え、本当ですか、やったー」

と喜んでいる。かわいいなぁと思いながら

「ありがとね」

「いいですよ」

「次学校で会ったらジュース奢るわ」

「やったー、約束ですよ」

と言われ、本当にいい子だなと思い、本気で好きになりそうだった。

僕はもう帰ろうと思い、香穂ちゃんに

「じゃあ、子供はもう帰りな」

と言うと

「歳一つしか変わらないじゃないですか」

と笑われた。

「早く帰らないと親が心配するでしょ」

「それは先輩も同じでしょう」

と言われたので

「うちは帰っても誰もいないから問題ないよ」

「へー、帰り遅いんですね」

「いや、一人暮らしだよ」

「え、そうなんですか」

「うん、だから帰りに何か晩ごはん買って帰らないといけない、この雨だとめんどくさいわ」

「先輩大変ですね」

香穂ちゃんは一人暮らしについては気を使ったのか深く聞いて来なかった。

そして、ここまで話して、そういや家近かったなと思い

「今日歩いて来た?」

「はい」

「一緒帰る?」

「しょうがないから先輩と一緒に帰ってやるか」

と言うので

「そんなに嫌ならやめとこうか」

と言うと

「あー、帰ります、一緒に帰りましょう」

と焦って言われたので

「よろしい」

と言って2人で笑った。

大雨の中2人で、傘を並べて差して歩く。橋を渡っている時僕は川の方に立てばいいのか、車道の方に立てばいいのか分からなくてとりあえずこういう時は黙って車道だろうと思って車道に立った。

橋の上を歩いていると、トラックが猛スピードで通り過ぎて、水をはねて僕の全身を濡らした。

その後ろで香穂ちゃんは僕が全身でガードしたこともあり、器用に傘でガードしていた。

少し腹立たしいが、ここまでびしょ濡れだと逆に清々しい。1人だったらどうしようもない怒りと虚しさに襲われていたが2人でいることで笑い話になる。

沈黙が流れ、僕が一言

「濡れた」

と言うと

「大丈夫ですか」

と言いながら香穂ちゃんが笑いを堪えていた。

もう傘は差さなくていい気がしたがバッグの中が濡れるなと思い一応傘は差しながら歩いた。

自宅と近くの商店街との分かれ道に差し掛かり

僕は晩ごはんの買い出しがあったので

「先輩はそこの商店街行くから香穂ちゃんはここで帰りな、気をつけてね」

「先輩そのびしょ濡れのまま行くんですか、一回帰った方がよいのでは」

「拭いてからまた濡れに行けと?」

「まぁ、たしかにそうですね」

「それに水も滴るいい男っていうだろ」

「‥‥‥」

「先輩悲しい」

香穂ちゃんはお笑いが分かってる

「私も商店街行っていいですか」

「いいけど何か買うものあるの」

「いや特にはないです」

「てことは荷物持ちしてくれるってことか」

「えー、後輩の女の子に持たせるんですか」

「嘘だよ」

「先輩なら本当に持たせかねない」

などと言いつつ2人で商店街に向かって歩き始めた。信号を渡り、笠原商店街と大きく書かれた看板がある入り口をくぐり、アーケードの中に入り傘を閉じた。大雨ということもあり閑散としていた。今日は八百屋と精肉店に行き、ついでに漬物が無くなっていたので白菜漬けでも買いに行こうと思う。漬物を常備しておくと究極にめんどくさい時にご飯と漬物という超手抜き飯にする事が出来ることに最近気付いた。最近僕は冷凍食品が嫌いになりつつあった。味付けがどうも合わない。なので時間がある日は冷凍食品に頼らずに作るようにしている。今日の晩ごはんはチャーハンと青椒肉絲と卵スープにして中華で揃えようかな。そんなことを考えながら商店街を歩いて行く。

「そういや香穂ちゃん家ってどこ、多分近いよね、コンビニで会うくらいだし」

と聞いていくと、僕のアパートの一つ裏の通りの一軒家である事が分かった。

「近っ」

「すごーい、こんなに近かったんだ」

と2人で驚いた。

「先輩一人暮らしですよね、遊びに行きますね」

「おう、かわいい下着付けて来てね」

「何する気ですか」

「そりゃあ、女の子が家に来たら押し倒すでしょうよ」

「えー、じゃあやめとこうかな」

「そうだぞ、軽々しく男子の家に行くなんて言ったらいけません、香穂!お父さん怒るよ!」

「いつから私のお父さんになったんですか」

「うーん、今かな」

「あんなにうるさい生物一人で十分です」

「お父さん嫌いなの?」

「嫌いじゃ無いけど最近距離は取りつつありますね」

「お父さんは多分悲しいね」

「そうですかね」

「こんなにかわいい娘に距離取られたらそりゃあ悲しいでしょうよ」

香穂ちゃんの顔が赤くなる。照れているらしい。

「もー、なんで今日そんなにかわいいかわいい言ってくるんですか、いつも話す時そんなこと言わないのに、まさか口説いてるんですか」

少し怒っている、その姿がまたかわいい

「口説いてるように見える?」

「見えないです、それがまた悔しいんですよ、そのサラッと言う感じがズルいですよ」

「僕はどうしたらいいのさ、かわいいのは事実なんだからいいじゃん」

「ほらまたそういうことを言う、誰にでもかわいいかわいい言ってるんですよね」

「他に女友達もいないし、香穂ちゃんにしか言ってないけどなぁ」

正直僕は楽しんでいた。

「ううー、もー、早く行きますよ」

これ以上はやめておこう。

お店を周り、必要なものを買い集めた。香穂ちゃんは終始ご機嫌だった。漬物屋さん初めて入った、とはしゃいで、切られていない野沢菜と睨めっこしていた。八百屋の店主とは仲良くなり、肉屋さんでは閉店間際で余っていたコロッケをサービスしてもらい、美味しそうに食べている。

「ついて来てよかったです」

とコロッケを食べながら言う。

「よかったね、コロッケもらえて」

「はい」

香穂ちゃんがコロッケを食べ終えるのを待って、また雨の中に繰り出し、信号を渡る。もう少しで香穂ちゃん家と僕のアパートの分かれ道になる。

「やっぱり、先輩の家行っちゃダメですか、先輩一人なんですよね、晩ごはん一緒に食べましょうよ」

「冗談で言ってる?」

「いや、本気で言ってますけど」

いろんな意味で誘われているのかな、確かにご飯を一人で食べる事には寂しさをずっと感じていた。だからと言って付き合ってもいない後輩の女の子を連れ込むのはいかがなものだろうか、と自分の中で葛藤があり、結局誤魔化すように

「かわいい下着付けてるの?」

と言って牽制すると

「うーん、今日のはまあまあですかね」

と言いながら制服の襟を広げて自分の胸を覗き込んで

「見ますか?」

とこっちに視線を向けてきた。

咄嗟に目を逸らす。

困った。

「いや、えっとー、そのー、うーん」

たじたじになっている僕を見て香穂ちゃんは嬉しそうだ。

僕はてっきり、「もー、そういう事言うならもういいです」とか言う返答が返って来ると思っていた。

「あれ、先輩自分から言っておいて何でそんなに動揺してるんですか」

「いや、ここまでセクハラじみたこと言って本当に来ようとするとは思わなかったと言うか、なんというかその、えっとー」

と珍しく動揺してモゴモゴしてしまった。

「セクハラの自覚はあったんですね」

「そりゃあ、まぁ、ね」

「先輩顔赤いですよ、かわいいなあ」

と、やり返された。

香穂ちゃんは相変わらず楽しそうだ。

結局僕はなんだか断りきれず香穂ちゃんは僕のアパートに来た。親には友達とご飯を食べて来るから22時過ぎまでには帰ると言ってるらしい。こんな雨の日になかなか怪しいが、親はうるさく言わないタイプなのと、今日が金曜日で明日が休みなので許されたと言っていた。

玄関のドアを開ける。後ろから激しい雨の音がして、前からは自宅の匂いがした。薄暗い玄関にどうぞと言って先に香穂ちゃんを中に入れる。続けて僕も玄関に入り、ドアを閉めるとドアは雨の音を遮り、静寂が流れ、ポタポタと雫が落ちる音が響く。荷物を置き、玄関の段差に二人で並んで座り、靴を脱ぐ。

「うえ、靴下もビチャビチャで気持ち悪い」

と一緒に靴下も脱ぐ。ふと香穂ちゃんの素足を見てしまい、目を逸らした。それを見て香穂ちゃんは笑っている。

今まで香穂ちゃんの事を女の子というよりはかわいい妹ぐらいの感じで接して来た。こんなにモテモテの女の子に、少しでも好意を見せればお前もかと思われるに違いないと勝手に決めつけた。だから、あしらうように、雑に、嫌われてもいいやと思いながら接してきた。しかしいざ相手からの好意を感じると今度は、もっと好かれたいという思いではなく、嫌われたくないという感情が激しく湧き上がり、どうしていいか分からなくなった。香穂ちゃんが僕に好意を抱いているなんて自惚が過ぎる。そんなことは分かっている。しかし、嫌われてはいないということは分かる。その事が嬉しかった。そしてこの瞬間僕は愚かにも自身の気持ちを自覚して、これからに期待してしまった。

 香穂ちゃんにタオルを渡し、リビングで待っててと言い、濡れた服を脱衣室で着替えてリビングに行くと香穂ちゃんがダイニングテーブルの椅子に体操座りして待っていて、自分の家に他の人がいる事に不思議な感覚を覚えた。暗がりの部屋で電気も点けず待っていたので僕はすぐに電気を点け、テレビとクーラーのスイッチもオンにした。

 その後二人で晩ごはんを作って食べて、何事もなく香穂ちゃんを見送った。帰り際、少し怒ったような、寂しそうな顔をしていた気がしたが、多分気のせいだろう。


6月の後半のある日、グランドでの練習前、コーチにAチームの選手が数名呼ばれていた。話が終わるとその中の一人が泣いていた。その理由は、地区選抜の選考に落ちたからだと言っていた。地区選抜とはその地区の優秀な選手が集まり、試合をして他の地区と戦う選手を決めるセレクションのことである。

彼は泣いていた悔しくて、僕はその夜週末のメンバーに選ばれなくて悔しがった。

僕はレギュラーになれなくて悔しがっている。あいつがみてたのは俺のもう一個先で、レギュラーなんか当たり前で、僕は必死こいてやってもあいつの下で。情けなくて、惨めだった。怒りと嫉妬に狂い叫び散らかしたくなった。

そんな思いが僕の中を駆け巡った時、僕の中の正しさのスイッチがカチッとオフになる音が聞こえた気がした。

僕が甘かった。ただ必死に努力してればレギュラーになれると勘違いしていた。あの時殴り書いたじゃないか、自分で自分の言葉を実行していなかった。あの時の自分に謝った。

僕には才能がなかった。才能がない人間が才能あるフリをして自分はできると言い聞かせてはしゃいでいただけ、勘違いだった。

ただそれだけだ。じゃあ才能がある奴とは違うやり方をすればいいだけだ。

才能がある奴は、自分を才能という言葉でまとめられる事を嫌う。確かにたくさん努力して、人格者で、苦労もして、リーダー的存在で人を引っ張ってきたんでしょう。

だけど、本当にあなたより努力した人がいないのかと言われたらそうではないでしょう。

あなたより努力して、あなたより人格者であなたより苦労してダメだった人なんて沢山いるだろう。

そんな人達をを見ないフリして努力は報われるとか努力は人を裏切らないとか、挙句の果てには今の自分があるのは努力してきた結果だとか言い張る。

違うだろ、努力すれば開くほどの才能があったという事だろ。

ある天才によれば成功するまで努力とは言わないらしい。当たり前だ、世の中には成功者の言葉しか残らない。しかも他人の努力を否定している。

ラグビー選手なんて特に才能が必要だ。僕がやりたいポジションで日本代表になるには身長があと最低15センチは必要だろう。まずはそこがスタートラインである。

身長が低くてもうまくて強ければ入れるだろなんて綺麗事はやめてくれ、サッカーで例を挙げるとしよう。どれだけゴールキーパーがうまくても165センチでは代表になんてなれない、絶対に、多少上手くなくても200の選手を選ぶだろう。自分が監督でもそうする。

じゃあこの差はなんだ?実力では確実に勝っている。才能と呼ばざるを得ないだろう。じゃあ、他のポジションで頑張ればいいじゃないかとか言うやついる。僕は、ゴールキーパーをやりたいのだ。他のポジションは下手くそだ。本田圭介選手が今からキーパーにポジション変更したところで日本代表にはなれないだろう。それと同様今からでは遅いのだ。

期限つきの夢だってある。だから成功したやつはまずは自分に才能がある事を認めろ、僕は才能を否定しているわけじゃない、才能とは素晴らしいじゃないか、ただ自分の才能を努力と言う奴は大嫌いだ。とにかく認めろ、話はそれからだ。

本当叶えたい事があるなら、他人を蹴落として、引きちぎって、嫉妬にまみれた自分を認めて、怒りに身を任せて、自分の夢を邪魔する奴がいるのなら噛み殺すくらいの覚悟でなくてはならない、僕はそう思った。

ただ、それは自分で見つけた正しさを否定することと同じだった。しかし、それさえ僕は構わないと思った。

そこから先の4ヶ月は僕は野獣の様だった。

やめたときに後悔しないようにもがいて、もがいて下から噛みつきまくった。仲良しごっこはもうごめんだ。仲間を引きずり落としたかった、正当なプレーで怪我をさせたかった。そうして自分がのし上がりたかった。そうまでしてレギュラーになりたいか?と言われた。

もちろん。逆にみんなはそうじゃないのか?仲間を引きずり下ろしてまで叶えたい夢ではなかったのか?その程度の夢なのか?終わったときに後悔しないか?あの時仲間を引きずり下ろしていればと、思わないか?僕は思う、それが少しでもあったらやめたときに後悔する。

10月の上旬の練習中僕は怒りと嫉妬に身を任せてプレーをしてした。ラックの中で後輩でレギュラーの榊を蹴り飛ばした。パスをした後の増田に思い切りタックルした。タックルした人間を地面に叩きつけた。とにかくラグビーの中で、ラグビー の中でなら正当化される。ケガをさせればいつか自分に出番が回って来て自分が試合に出ることができる。そう思っていた。その時、その事に気づいたのか蓮が呆れた様に笑いながら僕に言った。

「もう、何がしたいんだよ、辞めたいの?辞めたらいいじゃん」

常人には理解できないこの気持ちはどこかへぶつけるでもなく、ただ溜め込んで溜め込んで爆発させた。

僕は結局レギュラーにはなれなかった。

チームは決勝まで行くことができた。メンバーはもう決まってる。僕はその試合の2日前に部活を辞めた。心の強さが身を滅ぼした。僕はどうすればいい。強くあろうとした。強く夢を追いかけた。現実は変わらない、行きたくないのに時間は僕を先へ連れて行く、地球という針が太陽の周りを回り続ける事をやめてくれない。

辞めたときみんなが僕の事で傷つけばいいと思った。私が傷ついた分何分の一でもいいから傷つけばいいと思った。最低だ。そして小さな傷でもいい、楔みたいに差し込まれたまま抜けない傷として残って欲しい。多分それが私の頑張った証になるから。自分勝手な考えだ。

散々正しさとか自分の正義を振りかざして置いて、自分のために人を傷つけた。また自分自身の事を嫌いになるだろう。

でも、理屈じゃない、自分勝手なまま私は私を遂行する。それが本心だから。

チームは負けた。それを僕は自宅で知った。

嬉しかった。負けて嬉しかった。そしてそんな自分が嫌でしょうがなかった。

僕は後悔しなかった。あそこまでやってダメだったって胸張って言えるから。だけど代わりに絶望が残った。後悔と絶望ぼくはどちらを選べば良かったのだろうか、分からないまま時は流れるだろう。

仲間に対して何も思わなかったのか?とも聞かれた。何も思わない。それが良くないことだとは思う。だけどみんなは仲間であっても友達じゃなかった。一生会うこともないだろう。僕がみんなの事を友達だと思っていたら少しは変わっていただろうな。自分のせいもあるけど、完全に途中から腫れ物扱いだったし、まぁ仲間を引きずり落とそうとしていたんだからしょうがない。


3月、久しぶりに来た校門の近くの桜の蕾が膨らんでいる。僕は卒業式が終わって夕方になり生徒がいなくなってから学校へ行った。職員室へ行き、吉良を睨みながら卒業証書を受け取った。

「まぁ、いろいろあったけど、ここで人生終わるわけじゃないからな、こっからだ」

哀れに思われているらしい。

「はい」

「じゃあな」

「はい」

話が終わった瞬間卒業証書を半分に破った。唖然としている吉良を尻目に後ろを向いて歩き出す。

振り返ることはない。

短すぎる僕の卒業式が終わった。

一度家に帰り、必要な物をを持って海に行った。

海辺で木材をかき集めその上に制服を投げ捨てた。

マッチで火をつける。

よく燃えている。

続けて卒業証書とアルバムを火の中に入れた。

燃える火を見ながら僕はギターを取り出して歌った。


「咲いた花を 見ないフリして笑った

飛べない鳥を 見つめて笑った

それでも 

僕は僕の事を

君は君のことを

見なければいけないのか

掃き溜めに鶴を純白に黒を

空想に駆け出して

吐いた言葉は 消しゴムのように

受け取った心は 鳴く砂のように

叫んで 叫んで

自分にとどめを刺した

路上の拳を

優しく切り裂いて」

僕が作った歌

どん底で書いたこの歌詞の価値を分かち合える人はどこにいるんだろうか、

こんな時代のお洒落でも無い不器用な曲を聞いてあなたは笑うだろうか

強すぎる夢や憧れは身を滅ぼすらしい。

そして自分の中の黒さを引きずり出す。

正しさと間違いの間で矛盾を感じた心がはちきれそうになりながら答えを求めて暴れてた。

「やっと終わった」

一言呟いて僕は海を後にした。

3月の寒空の下に、寄せては返す波は僕の元に届きそうで絶対に届かない。手前にあった名前も知らない貝殻を海へと引きずり込んでいった。

僕は受け止め切れない自分の中の黒さを青さと言い聞かせた。

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