黒から青に変わる

@sasanqua13

1、積み上げる

「汚え顔面だな」

僕はクラスメイトの井上梨花にそう言った。瞬間彼女の顔が歪み、少し時間が経って彼女は泣いた。こんな言葉人に言っていい言葉ではない。そんなことは分かっている。しかし僕は特に気にせず、前を向いて授業を受ける。クラスから好奇の目に晒された井上は、先生に言われて保健室へ行った。周りのクラスメイトの証言により僕は授業後すぐにに呼ばれ、職員室へ向かった。

何気ない一言に傷つけられた人はどこに怒りをぶつければいいのだろうか。生徒指導室で担任の吉良に説教されている間暇なので適当に相槌を打ちながら想像してみる事にした。

言ってきた本人を傷つけるように言い返したところで、傷つけた本人に自覚はないのでたちが悪く、一方的に僕が傷つけたという事になり、僕が何故か悪者になってしまう想像ができる。というか今現在僕がそういった状況だ。

「はい、すいません」

ならば仮に家族、友達、はたまた恋人にでもぶつけるとしよう。ダメだ、正直にあった出来事を話す場合、僕は、こんなこと話して器が小さいと思われないだろうか、聞いてもらって、優しい言葉をくれたとしてそれは本心だろうか、心の中で笑っていないだろうか。と考える。

僕の中を巡る思いはひねくれていた。

想像力の豊かさは時に自分を傷つけ、相手を疑ってしまうみたいだ。

「はい、すいません」

いっそのこと他人に難癖をつけて八つ当たりをしてひと時の征服感に酔いしれるために、思いっきり他人を傷つけてみようか。

ダメだ、後に自分を責めて結局自分の中にしまい込んでしまい、さらに自分で自分を傷つける姿が想像できてしまう。

八方塞がりである。

そもそも、なぜ想像力が足りない人のせいでこんなに悩まなければいけないのだろうか。

「はい、すいません」

他人から見ればそんなことで?という出来事も、本人にとってはプライドを侵害される様な出来事だったりする。一度侵害されたプライドは相手が自ら非に気づき、謝ることでしか解決しないというのが今の時点での僕の結論である。しかし、そんなことほぼ無理であり、自分の非に気付けるような人間はそもそも他人を傷つけない。

他人を傷付けてはいけないというこんな当たり前の事わざわざ考えなくても分かるはずだ。それなのに目の前の担任の吉良とクラスメイトの井上はは平気で僕のプライドを侵害してくるのであった。

「おい、聞いてんのか青山」

「はい、すいません」

そう返事をしたがもちろん聞いてなどいない。聞く必要はない。

「お前、自分がどうして怒られてるのか分かってんのか?」

「井上に汚え顔面だなって言ったことで怒られてるんですよね、多分」

淡々と答える僕を見て吉良は

「そうだよ、お前、そんな事を女子に言ってなんとも思わないのか、井上は授業中泣いて収集つかなくなって保健室に行ったっていう話じゃねーか、どんな理由があっても女子にそんな事言っていいわけないだろうが」

「はい、すいません」

適当に返事はしたが、どんな理由があってもという部分が僕の中で引っかかった。屁理屈だと思うが、肉親を殺された遺族が、犯人の女性殺人犯に対して汚え顔面だなと罵ったところで世間はなんとも思わないだろうし、むしろ、犯人に対して言う言葉がその程度?って思うに違いない。

まったく、言葉が軽い。

 論点は少しずれている事は自覚しているがこういった小さな矛盾が僕は大っ嫌いだ。僕は先生という人物が言うことは正しくあるべきだとずっと思っている。

 しかし、この11年目の学校生活で気づいたことは正しい先生なんて一握りであり、この学校には残念ながらいない。もしくはまだ会えていない。

今回の件に関してみても吉良は見ても聞いてもいないのに自分がまるで正義かのように僕を説教している。

あなたは正義の代行者か何かですか、都合のいいと感じた時だけ得意げに罵倒して、都合が悪くなったら必殺技かのように「親に連絡するぞ」と言い脅す。

おまけに先生という生物はどんなに自分の勘違いでも謝るという事をしない。散々怒った挙句勘違いだった場合「ああ、そうか」とでも言ってその場を去っていく、自分のミスは棚に挙げて、教師の威厳あるから謝らないとか平気で言い張る。特に体育教師に多い。結局大半の教師なんて生徒を見下し、ただのストレス発散の道具としか思っていないのである。

「だから俺は何回も、なんでそんな事言ったかって聞いてんだろ、なんか原因があるんだろ、流石にお前でもなんの理由もなくそんなこと言ったりしないだろうよ」

と続けて激昂した様子で僕に問いかけてくる。そういえば怒られていたんだと気づいて僕は

「井上に聞いたらどうですか、原因はあいつな訳なんで」

多分井上自身が何をしたかを分かってない。ということも分かっていながら僕は吉良に言った。すると吉良はため息混じりに、呆れたように問いかける。

「あのなあ、さっきからずっと思ってるんだがお前のその反抗的な態度はなんだ?目上の人に対する態度じゃないだろ、それと井上は心当たりがないと言っているだ、だからお前に聞いてるんだよ」

「はあ、そうですか、すいません」

「それだよそれ、その態度のこと言ってんだよ」

「別に先生のこと尊敬してないんで、なんと思われようが別に構わないです」

あ、と思った。これを言うと怒られると思ってどの教師にも言わないようにしていたが、つい本音が出てしまった。

その通りで僕は先生というものを尊敬していない。尊敬していないので敬語を使う必要すらないと思ってるがそれをすると教師がうるさすぎるので仕方なく使っている。

僕は学校の先生というものが嫌いだ。

大抵が大学を出ただけで社会を知らない大人もどきが教えている。「そんなんじゃ社会に出て苦労するぞ」と社会に出たことない大人に言われる。胸糞悪い。

先生が言っている言葉は、先生だから正しいのか?大人だから正しいのか?分からない、教えて欲しい事がある。だから僕は中学生の時に正直に尋ねてみた事がある「先生の言ってることって本当に正しいんですか」って、すると何故か怒られた。理不尽だ横暴だ、先生なのに何も教えてくれないじゃないか。

先生だからなんでも知ってるっていうのは横暴かもしれない、だけど自分が正しいかどうかくらい教えてくれてもいいじゃないか。

それとも理不尽を教えてくれているのか?これが社会で味わうという理不尽ってやつか、それならきっちり教わる事が出来ました。ありがとう先生。

理不尽を押しつけて社会に出ればこんなものではないと言って、理不尽に慣れさせる教育だったんですね。高度な教育で感心しました。と中学生の僕は自分を納得させた。

あと先生というものは口喧嘩が強いんだ。憎たらしいくらいに。その場の辻褄合わせが上手いとでもいうか、その道に関して言えば政治家と一緒にプロになれそうなくらいだ。フリースタイルラップでバトルでもやったらどうだろうか、いい成績残せると思うな。

そんな口が上手いだけの綺麗事教師達にムカついた。悔しかった。

だって、後から考えたらやっぱり自分の方が正しいって何度も思ったから。

その場の頭の回転だけの辻褄合わせに小学生の時先生によく言い負かされた。悔しくて泣いたこともあった。だから、言い負かされたあとは必ずその場では言い返せなかった思いをノートに書き連ねた。

でも、小学生の時はわざわざほじくり返して言い返す勇気がなく、いつも教師を睨んで、苦汁をなめていた。

でもあの時の自分には申し訳ないが、あの時の悔しさが、今何の躊躇いもなく教師に言い返す糧になっている。

教師だから正しいなんてただの空想で妄想に過ぎない。僕は正しい事は自分で見極める。不条理には、発言する、抵抗する、足掻いて、もがいて、泣き喚いても自分なりの正しさにしがみつく。

僕は先生を変えてこの学校を変えよう、だなんてそんなたいそうなことなど思ってなどいない。全ては自分のためだ。言い返さなければ自分の事を嫌いになる。

さっき言い返さなかったのはまだ準備ができてないからであって決して自分を曲げた訳ではない。準備ができ次第偉そうな大人の揚げ足をとるつもりだ。

僕の心は強い、しかし硬い。自覚している。崩れる時は一瞬だろう。強く柔らかくありたいと思ってはいるがそれができるかどうかはまた別の問題だ。


予鈴が鳴り説教は終了した。

僕が失言をしてからの吉良の怒りの説教はあまり覚えていないが、終始井上の事よりも、自分を否定された事に激昂していたような気がする。

散々僕の事を罵倒して、自分が生徒をより位が上の存在である事を僕に分からせたつもりで言い終わり、放課後は学年主任の所に行けとだけ言って戻って行った。

学年主任は怒るのが得意である。だから回されたんだろうな、そう思いながら僕は職員室横の生徒指導室から2年2組に帰っていく。

結局昼休みは何も食べられなかった。僕は食事を抜かされるという体罰をされたようだ。

空腹だが授業の開始を知らせる鐘はなり、先ほどまで僕を説教していた吉良が教室に来て数学の授業を始めた。終始機嫌が悪そうに授業が進んでいく、あんなに僕でストレス解消したのにどうしてだろうと思ったが、僕と同じで昼食を食べていないからだと思うと滑稽で少し可笑しかった。

数Bの練習問題の用紙が配られ解かされた。授業後に回収する様だったので、そのプリントの端にに「ひもじいよぉ、ひもじいよぉ」と書いて提出しておいた。


5時間目が終わった。やっとご飯が食べられると思い僕はふーっと一息つく。授業の後半の30分くらいは一切授業の内容が頭に入ってこなかった。

授業が終わって10分の休憩時間に入る。僕は鞄の中からおにぎりを取り出し、ラップを剥がして口に運んだ。中には市販の缶詰めの鮭フレークが出てきた。正直昆布の方が今の気分だったが、おにぎりを見た目で判別できないので仕方がない。

明日からは判別できるように片方だけ海苔巻こうかなと思ったけど、多分明日になったら忘れているので多分明日も分からない。

おにぎりを食べながら、次の授業の準備をしようと思い前の席の竹ちゃんに向かって尋ねた。

「竹ちゃん次なんだっけ」

「えーっと、確か現国」

「現国かー、嫌いじゃないけど眠いんだよなあれ」

「青全部の授業眠いって言ってない?」

竹ちゃんは笑いながら言った。

「うーん、確かに全部眠いわ」

「ほら、やっぱり」

「今日課題無いよね?」

「多分ないね」

「よかったー、安心安心。課題があったら竹ちゃんをジュースで買収しないといけなくなる所だったわ」

「じゃあ、課題あった方がよかったな」

「危ねえ」

こんな他愛もない会話が出来る竹ちゃんが僕は好きだ。

竹ちゃんといると変な気を使わなくていいので楽である。僕と竹ちゃんは去年から同じクラスで仲良くなった。学校一緒に帰ったりするくらい仲良しで今年も同じクラスなので相変わらず仲良しだったが、一ヶ月前に席替えで前後になってからより話すようになった。

僕たちは、教室窓際の2番目と3番目だ。今のこの席を気に入ってる。

おにぎりを食べながら窓の外を見る。下には中庭が見える。中央に池があって池の中央には石のステージがあり文化祭の時にはカラオケ大会や未成年の主張などが行われ大いに盛り上がる。中庭を取り囲むように校舎が建っていて、向かいの棟に目をやると、1年生の教室があり、10分休憩中なのでベランダに生徒が出ている。

知ってる奴いないかなと目を凝らして見てみると1年生の中でかわいいと評判の柊香穂ちゃんがベランダで女子と談笑していた。

遠くから見ても彼女だと分かる。彼女には周りの女子とは少し違うオーラと輝きがある。香穂ちゃんは肌が透き通る様に白く、目は二重でくっきり、髪はロングで、真ん中で分けてある。身長は155cmくらいかな、多分Cカップじゃね、と僕の勘が言っている。さらに体のラインはくびれている。

冷静に分析している自分に引いたが、彼女が周りから目を引くのは確かで、まさに男子の理想を具現化したような女子だ。

初めて廊下ですれ違った時にはアニメのヒロインに使われるようなキラキラしたエフェクトが一瞬見えた気がして、思わず「眩しい‥」と言ったのを覚えている。さらに、フワッと一瞬シャンプーの香りをすれ違う時に振りまいていく。すれ違う男子が思わず振り向いてるのをみて、騙されるなこれは多分計算だ!と振り向いた男子達にテレパシーを送ったが、気がつくと、僕も思わず振り返ってしまったので、フッ、男って奴はどうしようもない生き物だなと思い、これは、近くにいたら好きなるなと香穂ちゃんに関心した。

香穂ちゃんを視認した僕はふと気になって竹ちゃんに

「竹ちゃんって好きな子とかいるの」

と聞いた。

一年以上一緒にいるのにこの定番のこの話題はなぜか避けていた。聞き辛かった。竹ちゃんは女性が苦手なので女性を好きになる事はしばらくないんじゃないかと思い、聞こうとしなかった。僕が今聞いた理由はなんとなくという理由以外見当たらない。

「えっ‥‥い、いや‥‥い、いないけど‥」

竹ちゃんが顔を赤らめた。

急に聞かれたのが恥ずかしかったのか、それとも気になる人がいて恥ずかしかったのかは分からない。しかし、自分で聞いておきながら、もしかしてと思った。それは大変喜ばしいことなので僕は聞き出そうと思いニヤニヤしながら

「そっかー、いないのか、僕は最近気になる人ができたから竹ちゃんも好きな人いたら共有出来ると思って相談したいなと思っていたのになあ、残念だ」

と言うと、

「え、青にそんな人いたの?」

とびっくりしたような嬉しそうに聞いてくるので

「竹ちゃんにも相談したかったなぁ」とわざとらしく言ってみると

「青」

と、呼びかけて

「ぼ、僕も気になる人いるよ」

と、ええい、言ってしまえ、というような表情で言われた。僕は頭の中でクラッカーを鳴らして喜んだが、なんだか意地悪したくなって

「へー、竹ちゃん嘘ついたんだー」

と言うと

「いや、そ、そうじゃなくてー」

としょんぼりした顔で言った

竹ちゃんの素直なところは見ていてほっこりする。

「分かってるよ。で、誰、誰?」

と、僕は興奮していた。続けて

「僕も、教えるからさ」

と僕は竹ちゃんに宣言した。

竹ちゃんは少し躊躇いつつ恥ずかしそうに耳打ちで

「如月さん」

と言った。如月さんを思い浮かべる。

「如月さんか、いい子だよな、あの子」

如月さんは去年同じクラスだった女子で、今年は離れて隣のクラスになってしまった。ってことは去年から好きだったのか、いやそんな素振りなかったけどなと思いを巡らせていると

「で、青の気になる子は」

誰、と竹ちゃんが聞こうとしたところで6限の始まりを知らせるチャイムが鳴った。

「あ、始まっちゃった。ごめん、放課後も忙しいから続きは明日な」

と言うと

「えぇー、そんなぁ、えー」

と明らかに不機嫌そうに言った。

「いや、授業始まるし、どうせならゆっくり話したいじゃん」

「うーん」

竹ちゃんは渋々了解したみたいだった。

竹ちゃんは優しくて周りに気が使えて、イケメンだが、背は低めである。これで背が高ければモテモテだろうなと思っていたが、今でもそこそこ見た目だけでモテているらしい。

しかし、本人は人と話すのは苦手らしく、友達は少ないみたいだ。確かに話しかけにくいオーラを放っているが、本人はそんなオーラを出しているとは思っておらず、男子が話しかけると嬉しそうな顔をして、会話が苦手なりに一生懸命話している。女子の場合はなんだがビクビクしながらこれまた一生懸命会話している。

竹ちゃんは女子に対して緊張するというより怖いと語っていた。何か聞いてはいけない過去があるのではないかと思って聞かないようにしていたが、仲良くなってすぐ竹ちゃん自ら教えてくれた。

僕の部活がない日に竹ちゃんと一緒に帰ろうという事になり、せっかく部活がないのにそのまま帰るのがもったいないと思ったので、近くのコンビニでポテチとコーラを買って僕が「竹ちゃん、土手で青春しようぜ」と冗談混じりで言い、竹ちゃんがそれを嬉しそうに「いいよ」と返事をして、学校の横にある灯川の土手に行き、二人で並んで座り、語るというなんとも青春ど真ん中なシチュエーションで竹ちゃんは雰囲気に呑まれたのか不意に教えてくれた。

女子が怖くなったのは中1の時らしい。話を聞いていくとなんとも酷い話だった。

竹ちゃんはただ休み時間にクラスの端の方で男子数人と談笑していて、何か面白い事があったらしく少し大きな声で笑ったらしい。すると近くにいた女子グループの一人に一言「笑顔が気持ち悪い」と不意に言われたらしいのだ。その女子は笑いながらどこかに行ったらしい。それからというもの竹ちゃんは女子が怖くて怖くて仕方ないという。

たった10音で他人にトラウマを植え付けるとはどれだけ殺傷能力が高い言葉か分かる。それからというもの、女子に対して笑顔になると気持ち悪いと思われるのではないかとビクビクしながら生活しているらしいのだ。

もちろん竹ちゃんは女子のみんながみんなそんな酷い事を言う訳じゃないし、いい子だっているという事は頭の中では分かっているようだった。

しかしどんなにいい子でも目の前にすると腹の中では僕のことを気持ち悪いと思っているのではないかととプチパニックになり心臓がバクバクと鼓動を強め、頭が真っ白になってしまうというのだ。

竹ちゃんは普通に話しかけてくれる子に申し訳ないから、これを治したいらしく女子に話しかけれた時はなるべく頑張って会話しているらしいのだ。

笑顔を作ると気持ち悪い、でも笑顔じゃなければ怖がられる、そんなジレンマを抱えながら克服しようと頑張っているらしいのだ。

 この話を聞いた時僕は、竹ちゃんの事をなんて優しい人間なんだろうと思って、頭の中でYA-YA-YHAが流れた。今から一緒に、これから一緒に殴りにいこうか、と。竹ちゃんはその女子を憎んでもいいはずなのにそんな事は一切言わなかった。

心の中ではどう思っているかなんて僕には分からない、だけど竹ちゃんの見た目や雰囲気、喋り方、行動、目線、笑顔を見るとそんな事思っている様には思えなかった。何より竹ちゃんと過ごした日々がその女子の事を恨んでいないと思うのに十分な根拠だった。

他人のことを完璧に理解することなんて到底できない。自分を完璧に理解することができない様に完璧は無理だ。でも、それでも考えることをやめてはいけない、理解しよう、理解したいと思う気持ちを捨ててはいけない。そう僕は自分に言い聞かせている。

優しい人ほど、優しさにつけ込まれる。こいつになら言ってもいいやと軽視され、吐け口にされる。竹ちゃんもその部類だ。優しいから許してくれるし、気にも止めないだろうと高を括られ、攻撃される。

このなんとも許し難い行為は繰り返され、真正面から言葉を受け止める竹ちゃんのような優しい人は傷付いているのに、傷付いていないフリをして振る舞う。

僕なら真っ先にその女子を恨み、完膚なきまでに復讐するだろう。むしろ竹ちゃんがそうしたいと言うのであれば今からでも全力で手伝う。

竹ちゃんが復讐したいのにできないのであれば僕がその女子にトラウマを植え付けてやってもいい。GOサインはまだか竹ちゃんよ、といった気持ちである。

しかし、竹ちゃんのためだと言って無理に僕が復讐したところで竹ちゃんはそんなこと望んでおらず、僕の独りよがりなので僕の気が晴れるだけでただの迷惑だ。

なので、竹ちゃんの頭の中にYA-YAY-HAが流れるのを僕は待っている。その時は一緒に同じ様に言葉で殴りに行こうぜ。半分は僕のせいにしていいから。

でも竹ちゃんがもし復讐したいと望んだ時が来たとしても僕には何も言ってくれないだろう。それは竹ちゃんが僕のことを信頼していないわけでは無いが僕に迷惑をかけたくないと考えて何も言ってはくれない想像ができるからだ。

優しい、優しすぎる。想像の中でも竹ちゃんは優しい。優しい人間にこそ優しくしたくなる。僕はマザーテレサでもガンジーでもないので誰にでも優しくなんてできない。もちろん優しさに見返りなんて望んでいない、竹ちゃんになら裏切られても構わないし、何気ない一言に傷つけられても別に構わない。

正直少し悲しくはあるがそれは、信頼しているから。会話する時に言葉を一つ一つ選んで、相手を不快にさせない様に話しているから。竹ちゃんがよく言葉に詰まるのは発言する前に一度頭で考えて確認しているからだろう。

みんなには伝わって無くても僕には伝わっている。だから僕は竹ちゃんが何か話す時は大丈夫だよと心で呟いて、何も言わずに相槌を打つ。

その心遣い僕には伝わっているよと直接言いたいが恥ずかしくて言えない。

竹ちゃんは他の人と話す時、早すぎる会話の波に流されない様に必死に見える。

竹ちゃんには申し訳ないが、それを見るのは少し面白く、尊敬する。人が頑張っている姿はなんとも愛らしく勇気をもらう。

話すことが苦手なのに言葉をきちんと一つ一つ受け止めて返そうとする姿勢が素晴らしい。僕は分かっているが手は貸すことができないので僕はいつも心の中でがんばれと呟いて応援している。

そんな竹ちゃんが何気ない言葉で僕を傷つけても仕方ないだろう。 


 僕は授業中放課後に向けて考え始めた。僕は今日、何気ない一言に傷つけられた対処として、本人に言い返すという方法をとってみた。すると案の定僕は悪者らしい。納得はいかないが後悔はしていない。

次に吉良に対しては特に何も言い返さないようにした。ここで大切なのはできないのではなく、やらなかったということだ、理由は試しに何も言わないみるか程度のことだった。

この小さなこだわりは大切なもので目玉焼きにかける調味料くらい大切である。つまり人によっては相当なこだわりがあるということが言いたい。

言い返さなかった結果、腹わたが煮えくり返った。それはもう酷く、どす黒いものが腹の中で暴れていた。態度には出さなかったが、今すぐぶん殴って顔を地面に押さえつけて、何度も何度も地面に顔を叩きつけてやりたくなった。

 やっぱりやり返すのが一番いい、結果にめんどくささが付き纏うものの一番ストレスがすくない。古代バビロニアのハンムラビ法典は正しいと思った。目には目を歯には歯を、素晴らしい。

現に殺人犯罪にあった遺族の大半は犯人の死刑を望む。人間の心理的にやられたら同じことやり返したいというのは自然なのかもしれない。なので言葉には言葉をというわけだ。

僕は間違っていないと再確認した。その表現が直接的かどうかだけの差でこんなにも悪者にされてしまうのはおかしい。

むしろ僕は直接的な表現で罵るより、悪気のない一言の方がたちが悪いと感じる。

これを許してしまうと悪気がなければなんでも許さなければいけなくなる。悪気がない人を許さなければ器が小さい人間だと言われてしまう。ふざけるな、だったら悪気がなければなんでも正しい訳だ、言葉も、行動も、暴力だって人を殺したって、正しいという事になる。全て狙って出来る人間だっているのに。

だったら直接的に罵倒した方がまだ正々堂々としている。お前のことを否定している、と正面からミサイルを放ってくるのだから、もはや清々しい。対して悪気のない方はどうだろうか、他人を傷つけた事すら分かっていない。雨の日の車が何も考えずに水溜りに突っ込んで歩行者に水をぶっかけて歩行者が転んで、骨を折ってさらに風邪を引いたとしても、車の運転者は悪意もなくしょうがないというスタンスで他人を傷つける。さっきの説教中の吉良だってそうだ。「流石のお前でも気づく」だってさ、勝手に問題児扱いされて流石のお前だってさ。僕は自分の言いたい事を言っているだけなのに。

結局僕は一度受け止めたこの気持ちを何処へぶつければいいのか分からない。ほら、やっぱりその場で言い返しといた方が良かったじゃないか。こんなことで、吉良のために悩まなければいけない。その上吉良は悪いと思ってないことがまた腹立たしい。

 


6時間の現国も終わり、掃除とホームルームも済ませ放課後になった。

帰り際竹ちゃんは

「ちゃんと明日聞かせてよ」

と珍しく拗ねた様に言った。

なんの事かと一瞬思ったが、ああ、気になる人の件かとすぐさま理解した。

確かに自分だけ聞いときながらもったいぶられるのは気分が良くないよなと思い。

「分かってるって」

と言い

竹ちゃんの横を通りすぎる時に

「柊香穂ちゃん」

と耳打ちした。少し照れくさかったので笑って誤魔化して

「また明日ゆっくりな」

と言って教室を後にした。

竹ちゃんは少しびっくりしていたが満足そうに

「また明日ね」

と嬉しそうに言った。


教室を出て主任の豊永ところへ行く前に、部活に遅れる報告をしなくてはと思い、キャプテンの鎧塚制覇さん、通称せいさんに部活に遅れることを伝えに行った。

名前が最高にかっこいい、まるでリーダーになるために付けられた名前だ。それでちゃんとリーダーなんだからそれもまたかっこいい。

うちの部活の顧問は若い英語教師でほとんど部活には来ない。名ばかりの監督を任されている。そのかわりOBの外部コーチが指導に来てくれる。なので部活の連絡はキャプテンにすることになっている。せいさんに部活に遅れることを伝えると

「また何かやらかしたんか」

とニヤニヤしながら聞いてきた。

せいさんは人柄的にもみんなに好かれている。なんでもそつなくこなして頭もいい。その上ラグビー部のキャプテンまでこなす。見た目はかっこいいとは言い難いが、鍛え上げられた胸筋と三角筋がなんとも言えない存在感で、体重は102kg。見た目を一言で言えばめっちゃ強そう、である。

僕はせいさんに、全部を説明する時間もないのでなんて説明しようと一瞬考えて

「僕の発言がちょっと問題だったみたいです」

と、なかなかに濁して伝えた。

せいさんは何かを察したのか

「分かった、早く怒られて部活こいよ」

と優しくせいさんは言った。

それに対して僕は特に意識せずに少し時間掛かるかもなと思い

「すいません、でも、ちょっと論破するのに時間が掛かるかもしれません」

「え、論破すんの?」

「はい」

そう僕が真剣な顔して言うとせいさんは吹き出して笑った。

「やっぱり青はすげーな、俺は先生が間違ってると思っても論破しようとか考えたことないわ」

と言って、ひとしきり笑ったあと

「内容は分かんないけど、青は悪くないんだろ?早く行ってこい」

と言われた。

人の気持ちを考え、先輩後輩ではなくて一人の人として慮ってくれる人なので僕は心の底から尊敬している。だからこの人の前では僕も出来る限り気を使い、先輩のキャプテンとしての立場を考え行動している。

せいさんが僕に対して間違ってると思うことがあるなら言って欲しい。意見は食い違うかもしれないが、話し合いたい、そう思わせてくれるような人だから。

「せいさん失礼します」

と言うと

「おう」

と言って敬礼した。お茶目な一面もある。やっぱりせいさんはかっけーなと再確認して豊永の元に向かうことにした。


せいさんの教室を出て職員室に向かい、扉を開けた。遠くに豊永が見えた。遠くから見ても、案の定怒っている、豊永は今日が特別というわけではなく常に何かにイライラしている。テニス部の顧問もしている主任は忙しいのだろうな、と考えて一人で納得する。豊永のもとへ行くと、振り向いてこちらを睨み

「ああ、お前か、場所を変えるぞ」

と言って、人通りが少ない棟の誰もいない教室に連れて行かれた。ここなら思いっきり怒鳴った所で誰の迷惑にもならないという事だろう。こちらとしても好都合だ。今日は言いたいこと全て言って言い負かしてやろうと思っているのだから。

実は入学間もない頃にも服装や頭髪のことで呼ばれて同じように豊永に誰もいない教室に連れて行かれたことがある。その時こてんぱんに言い負かしているので僕からすれば正直またやられに来たのかといった感じである。

負かしていると言っても勝負に勝って試合に負けたといった感じだった。完璧に負かしていたのに、負けてないと言い張ってルールをねじ曲げて豊永は勝った気でいる。


入学当初、4月後半に僕が茶色に髪を染めて学校に行ったことで呼び出された。先生という生き物はやたらとルールに拘る。シャツを入れろ、髪を染めるな、ピアス開けるな。廊下を走るなとかね。まぁ、廊下を走るなっていうのは他人が危ない可能性もあるからルールになくても当然だと思うけど。

ただ自分の見た目についてや他人に迷惑かけていないものに関してはさっぱり分からない。「学校の風紀が乱れる」「学校外の人からこの学校が悪く思われる」先生はそんなことを言っていた。ああ、そうかと一瞬納得しかけたけどまたもや疑問にぶち当たる。先生達はどこかでこうも言っていた「人を見た目で判断してはいけない」「人の目なんか気にするな」と。

今先生が一番人を見た目で判断して、人の目を気にしているのに何を言ってるんだろう。

謎は深まるばかりだ。さらに、一番分からない部分がある。我が校には校則がないのだ。代わりに自主規制というものがある、自主規制だからそもそも先生が大好きなルールを破っていないはずなのに何故怒られるのだろう。自主規制といって表向きには生徒の自主性を重んじるとか言っておきながら、蓋を開けてみると生徒をガチガチに縛る校則と変わらないのである。自主規制なんて学校が外面を気にして生まれたものに過ぎないのだ。そんなに守らせたいなら校則にすればいいのに。

確かに髪を染めてピアスを開けている人は比率的に見て素行が良くない人が多いかもしれない、しかし中にはまともでいい人だっているだろう、それこそ人を見た目で判断してはいけないということではないのだろうか、という考えなので私は髪を染めて学校に行った。そしてきちんと授業を受けた。

まぁ、案の定呼び出されて怒られた。その時担任の先生ではなく怒るのが上手な豊永に回された。

怒られながら理由を聞かれたので私は、これまで語ったようなことを説明して自主規制だからルールを破っていないということを伝えて、回答を待ったが、終始屁理屈を言うなと怒り狂っているだけだった。

収集がつかないので、僕は別の部分から責めることにして「みんなルールを守ってるんだからお前も守れ」と言われた時に「法律という社会のルールを守ってないあなたみたいな先生に言われたくない」と言った。はあ?という疑問の顔をされたので説明してあげた。「部員殴ってますよね先生?」と言うと、ムッとした顔になり、誰に聞いたんだよと聞かれたが答えなかった。

先生に言った後に気づいた、後でテニス部のみんなが怒られてしまうじゃないか!誰が言ったんだよって、みなさんに申し訳ないと思ったがよく考えたら悪いのは全部こいつだなと思い直した。そもそも沢山の人が知っているので僕がテニス部から聞いた証拠なんて一つもない。

この豊永という人間はテニス部の顧問で部員に指導として叩いているのだ。しかも、誰も見てない所に連れて行き、外傷なんかは残らないように。生徒にも納得させている、厳しいの知ってて入ってきたんだろ?とか言って生徒を納得させて逃げ場をなくす。

一種の洗脳だ。自分の低脳ぶりを見せびらかしていることになぜ気づかないのだろうか、私は暴力でしか生徒にわからせる事が出来ない低脳ですと言っているようなものだ。

怒られてる内容に関しては生徒が悪いこともあるだろう、しかし、殴るのは何故?殴られたらプレーが良くなったりするのだろうか?技術的に上手くなったりするのだろうか?できない事が急に恐怖によって出来る様になるのだろうか?そんなことあるはずがない。

むしろ次からは恐怖でミスしないようにミスしないように動くようになるだろう。そのうち競技でも、挑戦的なプレーなんかしなくなって選手としての成長はなくなるだろう。

次にこういった批判をした時暴力主義者の彼らは口を揃えてこう言うんだ「この程度で諦める様ならそこまでだ」って

すごい、なんですごいんだ、なんですごい事を平然とやってのけるんだろう。才能を潰す天才だ。ブラボー、エクセレント、マーベラス、最大の賞賛をスタンディングオベーションであなたに送ろう。前世はきっとヒトラーだ。届いて欲しい、あなたは他人の才能を潰すという部門に置いて最大最高の賞賛を得たのです。おめでとうございます!あなたがやってきたことを論文にまとめて提出すればノーベル暴力賞は確実だ!

暴力で制圧された生徒は殴られないように殴られないように行動して先生の機嫌を伺うようになって、先生が何を考えているかに思考を巡らせて、先生の思考をトレースしていく。すると、豊永の思考が自分の思考だと勘違いして、それを正しいと思い込んでいき、個性というものを完全に刈り取られていく。そうして卒業の頃には立派なメイドイン豊永のロボットとしてとして社会のパーツの一部となり出荷されていくのだ。

社会に出たロボットは、あの高校時代があったから、と胸を張って宣言する。洗脳は溶けない。まるで宗教である、絶対神の顧問とその信者たちという構図だ。しかも信者を暴力や洗脳によって作り出している。暴力を正当化している。なんて悪徳な宗教だろう。

おっと話が逸れた、つまりまとめると、「人を殴ってはいけないという法律というルールも守れてない人に僕はルールを守っているのになんでそんなこと言われなきゃいけないんだよ」ってことだ。

この学校は他にも部活で暴力してる先生もいて、たまたま豊永だったからかこう言ったけど他の暴力とかしてない先生だった場合には、暴力を黙認していることを言ってやろうと思っていた。結構な数の生徒でさえ知っている中この学校に長くいる先生が知らないわけがないのだ。

本当に知らない先生がいた場合そのことを告げて自分の頭髪と暴力どちらが優先して対処する事なのか問うてみるつもりだった。黙り込んでしまう先生が目に浮かんで楽しくなった。

どうせ言った所で暴力がなくなるようには動いてくれないだろうから、我ながら面倒な生徒だなと思って笑った。

みんなのようにただただ不条理なものと分かりながら考えもせず従って過ごせばいいのだろうが自分に嘘ついてるみたいで嫌だった。

私はただ正しさについて知りたかったのだ、自分が納得できる正しさを知りたかった、教えてもらいたかった。だから先生に答えを求めて、すがってみた。しかし先生は誰も教えてくれなかった。知らないと言った方がいいか。結局は自分で答えを出すしか無いようだ。自分なりに答えを出していたつもりだがまだ足りなかったみたい。

結局、豊永はそんなの関係ないと言わんばかりに僕のことを罵倒して黒に染めなければ停学にするぞと脅した挙句、体罰なんてしてない、そんな証拠なんてないだろと言っていた。

証拠なんてあるわけないじゃないか。証拠が残らない様に自分でやってるんだから。

その時の僕はなんだか、目の前の嘘をついているお猿さんが可哀想になって黒に染めてあげた。

周りからはやんちゃした挙句先生の言いなりになったという様に見られてそれが女子にはかわいいなどと言われ、男子からは豊永に負けてダサイなどと笑われたが、真相を知らずにいろいろ騒いでるみんなに僕は作り笑いで、そうなんだよ、とか、やられたわーとか言って適当に流してみんなの中では一件落着となった。

僕の中ではもちろん解決はして無かったが、負けてはないしな、と自分を納得させた。



現在の僕の戦いに戻るが、今日の僕は前回と同様頭の中で答えが整っている。ちゃんと議論してくれるのであれば論破出来るだろう。

ただ一つ不安があるとするなら対話と議論を拒むことだ。それをされてしまうとまた勝負に勝って試合に負けた状態になってしまう。今の僕は負ける気がしない。

深く深く自分を掘り下げて、自問自答を繰り返し出た答えというものは、一般的に正しい正しくないは置いといて自分の強い武器となり、何も考えていない大人程度なら簡単に打ち負かすことができるのだ。

何も考えていないであろう豊永はまず僕に問いかけてきた。

「なんでここに呼ばれたか分かるか?」

僕の中で試合の始まりのゴングが鳴った。

「井上に汚え顔面だなと言ったことで呼ばれたんでしょうね。初めに言っておきますけど、僕は悪くないです。同じように罵倒されたから言い返しただけです。しかも先に言ってきたのは井上の方で他人を傷つけておいて、どの言葉が傷つけたかすら分かっていないらしいですね、なんて言われたんだ?なんて野暮な質問しないで下さいね、こんなのは相手が自分で気付かないと意味ないですからね、アメリカに行ってハロウィンの仮装で黒いファンデーション塗りたくってなぜ悪いのか分かっていないようなもんです。何故ダメなんですかとアメリカ人に聞けないでしょうよ、知らなかったじゃ済まされない事もある、知らなかったら人を傷つけていいんですか、僕は別に井上がどれくらい傷ついたかなんて分からないですけど、井上より僕の方が傷ついた自信はあります。お互い傷つ付いたんだからもう終わりでいいでしょうよ、どちらかというと井上の方が先に言ったから悪いですけど、僕はこれで終わりで構いません。お互い謝ってとか小学生みたいなことするんですか、それとも必殺技の親に連絡でもするんですかね、どうぞ僕は構いません。自分のこと正しいと思ってるんで、僕はこれから一生井上とは仲良く出来ないし、する気もない、井上側もそうなんじゃないですかね、一度割れた花瓶のように元には戻りません。なので謝る気は一切ありません。僕の言いたいことは以上です他に何かありますか」

豊永に有無を言わせずとりあえず言いたいことをぶちまけた。

「おいおい、大丈夫か、落ち着けよ」

と、ドン引きした様な表情で豊永が言った。

豊永は頭をかきながらめんどくさそうにしていた。そして少し考えてとりあえず思いついたことを質問する様に

「お前が傷ついている様には見えないから言われた内容を教えてくれないと判断できないだろ、その井上の見た目を差別するほどの内容なのか言わなきゃわかんねーよ、だから教えろよ」

前回みたいに激昂するかと思ったが案外冷静で驚いた。ちゃんと人間としての会話も出来るじゃないかと、褒めてあげたくなった。まだ何か言いたげだったけど遮って僕は続けた。

「傷ついてる様には見えないですか、その場で泣いたらよかったですかぴえーんとか言って、感情を表に出さないだけで僕の心臓は以外と脆いんです。表情に出ないだけでちゃんと心臓をえぐられるかの様な痛みは感じてるんです。人より苦しみを押さえつける術を知ってるから、泣かないだけなんです。世の中には無感情で泣ける人もいれば、極限の悲しみを押さえつける事ができる人だっている。井上が本当は傷ついてないなんて言わないですけど、見た目や表情だけでその人の感情を理解した気にになるのはどうかと思いますね」

豊永はふーっとため息を一つついてこちらを睨みながら言った。

「お前が言ってる事はよく分からん、なんだまた屁理屈並べて、ただ、お前が思っているより人の見た目を差別する様な言葉を使ったって事は大きな問題なんだよ、だから今先生達の間でも問題になっているし、こうやってお前と話している。このまま、はいそうですかって終わるわけにはいかないんだよ、学校としても」

学校としてもだってさ、でもまぁそこは置いとこう。

「先生の言葉に答える前に、今の先生の何気ない言葉の中で傷ついた事があります。お前が思っているよりってなんですか?僕が差別について軽視していると感じているという事ですよね、それを僕のどの態度やどの発言で感じ取ったわけですか?教えてください、僕の傷付けられた内容を知らないのに先生はそれを勝手に井上を傷つけていいほどの内容ではないと決めつけて僕が軽視していると判断したんですか?それともただ僕の態度や言動にむかついて、わざと言ったんですか、答えてください。」

「‥‥いや、特に意識は」

本当にこいつは先生なのか、先生の皮を被った何かだろ。

「では先生は、特に意識せず生徒を傷付けた訳ですね。他人を傷付けた事を、僕が言わなければ分からなかった訳ですよね。僕だって差別を軽んじてると思われたまま、はいそうですかって訳にはいかないんですよ。だから今回に限っては確かめて、質問して解決しようとしてるんです。先生にわからせるために。正直めんどくさいんですよ、こうやっていちいち確かめて分からせるって事は、それなら同じだけ傷付ければ平等じゃないですか、どれくらいの痛みかなんて尺度は傷付けられた側が決めればいい、先にやってきたのは相手なんだからそれくらい決めていいじゃないか。それは間違ってますか?器が小さいと感じますか?僕は、傷付けられたからと言って傷付けていい理由にはならない、そんな綺麗事が大嫌いです。我慢は美徳ですか?人を許すことは人として優れているという証明ですか?僕は違うと思います。自分が侮辱されていると分かっているなら立ち向かうべきだ。不条理に侵害された自分のプライドを守るべきだ。中には僕みたいにこうやって立ち向かえる人だっている、でも、それができない優しい人だっている、それはしょうがない、その人達が悪いわけでは絶対ない。僕の友達の中には他人の痛みまで自分の痛みにしてしまうような優しい人だっている、そんなに優しいのに自分には優しくなくて、自分の痛みを抱え込んで閉じ込めてしまう。そんな人たちが、あなたみたいな人間がいる事によって傷付けられていいわけがない、あなたはその何気ない言葉で何人の人間を傷付けてはきたんですか、何人の心を殺してきたんですか、立場を利用して正義感に酔いしれて何人の人間を見下してきたんですか、それを理解するまず第一歩として僕に謝ったらどうですか」

息を荒げながら、でも頭は冷静に豊永を睨みながら言い切った。正直言い切った瞬間はスカッとした。

豊永は少しびっくりしたような、でも明らかにバツが悪そうな顔をしている。しかし、その顔がだんだんと怒りに満ちた表情に変わり

「さっきから聞いてれば‥‥」

ああ、始まった。対話を拒むモードに切り替わったらしい、人間だったのにまたお猿さんになってしまったみたいだ。僕の言葉に何一つ返答しない、お得意の暴論と感情論で乗り切るつもりらしい。

これだよこれ、言葉と理論は矛盾はしてないはず。文句があるなら反論すればいい。僕はあくまで対話を望んでいるはずなのに対話をしてくれない。

そこから先は昼休みの吉良と同じで終始僕の事を罵倒し始めた。俺の時代なんか先生に歯向かったらボコボコにされてたんだぞとか、だいたいお前は生活態度がとか、こいつも自分の威厳を守りに入ったみたい。

 しかも出ました、第二の必殺技と言ってもいい。「俺なんか」「俺の時代は」っていう上の立場にいる人間の常套句。豊永の話はたった今長い過去編に突入した。さぞかし辛い過去があったんでしょうね。この過去編に僕の脳味噌のニューロンを一つでも使うのはもったいない。お前自身の話なんかに興味ないわ、同類の友達にでも語ってろ。

 僕の気持ちとは裏腹に豊永の不幸話は続いていく。どうあっても僕に不幸でマウントを取りたいらしい。今の僕はまだいい方だ。奴らは落ち込んでる人に対しても不幸でマウントを取るという非人道的行為に及ぶ。お前が悲しんでいることなんて大したことないんだ、と言わんばかりに、不幸でマウントを取る。そんなことで悲しむな、俺はお前より悲しかった、でも大丈夫だった、間接的にそう言って相手を押さえつける。

不幸話はまだまだ続く、豊永の自慰行為になぜ付き合わされているのだろう。今の豊永を簡潔に言うと、不幸でマウント取って自己満足の偽善人間である。

正直豊永の不幸話はその程度ですかと否定したくなるほどぬるい話なので、冷や水をぶっかける様に「僕は家族がいません」と一言言い、「先生は家族がいますか」とでも質問すればば多分黙らせることは容易である。先生のその不幸話は家族がみんな死ぬ事よりも不幸ですか、とでも言えばいい。しかし、たとえ豊永であっても否定はしない、ここで否定すると豊永と同じだからだ。

どん底を経験した方がいいなんて無責任な事は言えないけど、経験した人にしか分からない感情がある、もしかしたら自分が味わってるどん底なんて誰かにとっては大したことないのもしれない、逆に他人に対して「そんなの大したことないじゃん」とか頭に浮かんでしまうこともある。でも、それでも誰かのどん底を否定してマウントを取るような目の前の人間みたいにはなりたくない。

とか考えていると、ようやく豊永の話が終わったようだ。なんのことで議論していたかなんてもはやグチャグチャになっていた。最後に豊永が

「とにかく、明日井上に謝らせるからな」

と言って去っていった。

まぁ、予想はしていた展開だが僕は改めてやるせなくなった。僕が言った言葉は全て無効、聞いちゃくれない。冤罪はこうして生み出されるのだろう。せめて会話がしたい。フェアに戦いたい。僕は勝ったのに負けるという新たな課題に悩まされる様になった。

前回も今回も最初から勝ち負けは決まっている。そして僕の悩んでいることなんて大人達の中ではとっくに結論は出ている。今までに出会った大人の影が背後に出てきて諦めろと囁いていた。

教室の窓の外には名前も知らない木が揺れて、葉と葉が擦れるサワサワという音が響いていた。僕は教室の隅の何もない場所にポケットに入っていた象のキーホルダーをそっと置き、部活へと向かった。


 その日の部活は調子が良かった。とにかく無心で走って、ぶつかってを繰り返した。コーチに今日は良かったぞと言われるくらい良かったらしい。

最後に追い込みのランメニューがあり、グランドを一周するのを10セットという内容だった。ラグビー のグランドは横75m縦100mで一周大体350mこれを10周すると3.5kmになる。しかもそれを全力疾走で走るので、練習の最後に行う内容としてはあまりにハードでしかもポジションによって時間制限付きである。

言葉や表情には出さないものの他の部員は絶望していたのが分かった。僕は特に何も思わず、無心で走り終始1番か2番でゴールした。フラフラで意識が朦朧とするくらい追い込み部活が終わった。部員のみんながしんどそうに部室に帰っていく。みんながうなだれてる中僕はすぐに着替えた。

いつもの僕は同級生の奴らと帰ったりするがその日は先帰るわとだけ言って一人で帰ることにした。たまにあることなのでみんなも特に気にかけることなく気怠げに「お疲れ」とだけ言っていた。

自転車に乗り、夜道を走る。夏だが、夜だと自転車に乗ると結構涼しくて、一人で帰るこの時間が結構好きだ。わざと人通りの少ない道を帰っていると静寂の中で普段聴くことができない音に耳を澄ませることができるのでこれもまた好きだった。

音を拾う時間を楽しんでいると遠くの方から、ドンという音が地を這う様に届き、身体の芯が振動した。瞬間花火が遠くで上がっている事を理解する。音の方向の空に目をやると、建物で花火は見えないが、周りの黒い空が一瞬暖色に染まっていた。

だんだん音に近づいてきて、それに比例するように人も多くなっていった。

今日は灯川で運悪く花火大会が行われていた。灯川に掛かっている橋を渡らないと帰れないので渡ろうとするが、自転車で渡るには人の往来が結構あるので危ない。仕方なく自転車を押して橋を渡る。

灯川の川幅はなかなか広く橋は320mある。今日は人もいるので歩くと5分から10分くらい時間がかかるだろう。

横目に花火大会を眺めると両サイドの土手の下の道に出店が並んで賑わっている。

ラッシュをかけるように立て続けに花火が上がり、花火の音と振動が体に響く。その振動を鬱陶しく感じ、舌打ちをした。

花火の見ないようにしたが、目の端に映り込む。悔しいが綺麗で、花火の方を見上げて次の一発を不意に見てしまった。大きな柳の花火だった。散っていくように伸びていく火花。一本の柳の先頭に注目して最後の刹那を見届けた。光が消えて次の花火が上がるまでの一瞬、空が暗闇に包まれる。あの光はどこに行ったのだろうか、あの一瞬の、あの光を見ていた人はこの会場にどれくらいいるだろうか、少なくとも僕だけは、僕だけは見ていたから。

また花火が上がる。跡形もなく消えた光をさらにかき消すように広がる。僕はまた花火を見ないようにして、出店に目を向けた。

先ほどの出来事を何故だか忘れたくなって、昔の事を思い出した。

出店といえば小学生の頃祭りに行った時に、りんご飴の小さいりんごに特別感を感じて興奮したり、イカ焼きの甘いタレで口の周りを汚してベトベトになり、もう買わない、と明らかに自分のせいであるミスをイカ焼きにぶつけた事を思い出しながら残りの橋を渡る時間を潰した。

やっとの思いで橋を抜けた。まだ人は多いが自転車に乗れないほどではなくなったので、ゆっくり漕ぎながら家を目指す。

灯川から離れると人もまばらになり3分ほど走ると家に到着した。5階建てのアパートで部屋は2階の角部屋だ。階段を登る、今日は特に体が重たい。

登り終えて、角の部屋に行くまでに3部屋ほど横切る。2つ目の部屋から絶対おいしいと分かる甘辛い煮物の匂いがして、テレビの笑い声も聞こえてくる。

自分の家の前に着き、鍵を開け、扉を開くと自分の家の匂いがして少し安心した。

誰もいない部屋に向かって、ただいまと呟き、続いておかえりと自分に向かって呟いた。エナメルのバッグを玄関に投げ捨て、靴を脱いでそのエナメルを枕に倒れ込む。エナメルの中から使用済みの汗を限界まで吸い込んだ練習着の匂いが漏れてきて思わずむせた。

しかし、動く気力はなく、風呂に入って洗濯してご飯食べなければと頭では分かっているが、動けない。

いっそこのまま寝てしまおうかと思ったが、前にも同じ事があって、朝起きた時に泥だらけで練習着もなく、絶望した事を思い出したので、その絶望を糧に無理やり起き上がった。

まず、服をその場に全て脱ぎ捨て、汚れた練習着を持って風呂場に行き、洗濯にかけて、自分はシャワーを浴びた。

シャワーを浴びながら何度も寝そうになったが、なんとか浴びて着替までこなした。

次はご飯を食べなければいけない。正直食べたくないが、太らない体質も相まって食べないとすぐ痩せてコーチや先輩に怒られる。

食べても太らないなんて女子に言うと羨ましがられそうだが、僕からすれば迷惑極まりない体質だ。

一度本気で太ろうと思って、晩ごはんを食べた後、寝る前にカップラーメン2つ食べて、さらにプロテインを飲んで寝るという生活を3週間ほど続けたことがあるが、100gmしか増えておらず、そんなの誤差みたいなものなので僕は絶望した。

それ以来諦めかけているが、減らす事は絶対にしてはいけないと思い、無理やりでも食べるようにしている。

しかし今日はそれすらしんどくて、ダイニングテーブルに座ったままぼんやりしている。

代わりに誰か食べてくんないかなと思う。世の中の夜にお腹が空いている女子達よ、僕の胃を使って食べてくれないだろうか。

そんな妄想をして、無理だなと、諦めがついたので、立ち上がり、冷凍庫を開いた。

冷凍食品の唐揚げを取り出しレンジで温める。昨日も唐揚げだったので今日は少し変えるかと思い、お酢と砂糖と醤油を混ぜて適当に三杯酢を作り、市販のタルタルソースを取り出した。チンとレンジが鳴ったので唐揚げを取り出し、続けてレンジに昨日の残りの冷凍ごはんを入れて温める。温めている間に唐揚げと三杯酢を混ぜてタルタルソースをかける。ひとつつまんで食べてみると

「うまっ」

と一人で呟いてしまった。予想以上にうまかった。なんちゃってチキン南蛮はまた作ろうと思う。

そうこうしているうちにレンジがチンと鳴り、ごはんを茶碗に移し、お茶を注ぎ、箸を取り出し、それらをテーブルに並べて

「いただきます」

と言って晩ごはんを食べた。

 食べ終えると洗い物も済ませてご飯もセットしてタイマーにかけた。その勢いで洗濯物も部屋干ししていたものを取って、洗濯機から取り出した洗濯物を干した。歯も磨いて寝るだけとなった。

時計を見ると21時30分だった。部活が終わったのが19時30分くらいだったので、帰るのに30分、シャワーに20分、ぼんやりしていたのが20分、食事で20分、片付け等々で30分と考えるとなかなかのタイムだ。

家事は勢いが大切だ。一度手を止めると鉛の如く体が重く動かない。家事は嫌いじゃないが毎日やるのはやっぱりしんどい。自分でする様になって世間の母達を尊敬した。

手を抜く家事に文句を言うのであれば一度3ヵ月ほど毎日手を抜かずに完璧にこなしてから言って欲しい。その上で文句を言うのであればまだ分かる。ほどほどに手を抜く事が毎日家事を続けるコツである。

やる事も無くなって、寝ようかと思ったが、家事を終えると目が冴えてしまった。あれほど眠気に襲われていたのが嘘みたいに冴えている。と言っても勉強をしたり、また家事をするような気力はなく、ただ、ぼんやりして過ごした。

23時、一向に眠くならない。僕はベランダに出て月を見上げた。シャープな形の三日月は端に触れると痛そうだと思った。

ふと今日の出来事が頭の中を駆け巡る。溢れてきた涙をこぼれないように全力で止めた。

誤魔化すように夕食に食べたチキン南蛮を思い出して「美味しかったなぁ」とつぶやいた。誰も見てないから泣いてしまえば楽なのに、自分に負けた気がしてできない。

諦めたようにベットに潜り込み、無理やり眠りについて忘れたフリをする。自分のプライドを守っているのだ。誰に見せるでもない、見せたくもない、自分のためのプライドを。

 しかし結局眠れない。何度寝る方向を変えて、頭の中を空っぽにしようと試みただろうか、モヤモヤは消えてくれない。

嫌な事は繰り返される。僕の思い出したくないという思いに反して、脳内で今日の出来事はまた再生される。

喉の奥が深く、黒く、重たい。負の感情を溜め込んだその喉の奥にある物質では無い何かを吐き出す場所は僕にはなく、仕方なく呑み込んで、胃の底の方に押さえつけた。

応急処置のようなものだ。そのまま喉の奥に置いておくと、爆発して周りに被害を及ぼすので、「今は一旦置いておこうよ」と自分に語りかけ、自分をなだめてほんのすこしだけ落ち着きを取り戻す。

その物質ではない何かの正体は悔しさだろうか、悲しみだろうか、怒りだろうか、思い当たる節はあるが明確にはどれだか分からない。また、そのどれでもないかもしれない。

呑み込んだはいいものの問題があって、呑み込んで押さえつけただけなので確かにそこに存在している。

勝手に排泄する様に出て行ってくれればいいのだが、僕の場合困ったもんでこびり付いて離れてくれない。

僕はそのこびり付いたものを中和したくて、どうしようか迷った挙句、好きな女性を脳内に思い浮かべた。

そして、枕を抱きしめ顔を埋めた。頭の中では胸に顔を埋め、抱きしめて深呼吸をするという虚しく、気持ちが悪い妄想をした。

虚しい、確かに虚しいが、一瞬だけ胃の中全体が光に包まれて満たされた気になり落ち着く事が出来た。ほんの少しだけ中和する事ができたかもしれない。

好きな人がいるだけで素晴らしいなと思ったが、勝手に妄想される側はただただ気持ち悪くたまったモンじゃないだろうなとこれまた勝手に慮って、自責の念に襲われた。

しかし相手を慮る事を、自分は人に気を使える事だと感じる事で気持ち悪さを少しでも打ち消し、自分に優しさを感じて少しでも楽になろうとした。


 結局うまく寝付けないまま、時間だけが過ぎていった。寝ないと明日がきついと思い頑張って寝ようとするが、そんな気持ちになるとやはり余計眠れなくなり、全く眠れる気がしない。負の連鎖は続く。

僕は寝るのを一旦諦めて起き上がり、冷蔵庫から麦茶をコップに注いで飲み干した。ソファに座りまたぼんやりする。カーテンを開けたままにしていたので空がよく見える。

さっきまで黒かった世界が青い世界になり始めている。僕は驚いてとっさにカーテンを閉めた。時計を見ると針は5時を指している。明日が来てしまう、そんな焦りからとっさに行動した。

寝ても寝なくても明日は平等に来る。そんな当たり前のことに逆らって朝にに怯えて僕は朝5時をまだ夜だと言い張った。そして急いでベッドに戻り目を閉じた。恐怖から逃げるように眠りについた僕は、夢の中で、象の心臓を握りつぶして笑っていた。


 早めに学校へ着いた。昨日は一日が長く感じた。すでに僕は疲労困憊で机に伏せて寝た。結局2時間ほどは寝れたので最悪の状態ではないが、回復を図るため今日は省エネで過ごそうと思う。もうどうでもよかった。全て諦める事で大人になろうと一瞬思ったがそれは、僕の中の黒い部分が拒絶した。

 何気ない一日が過ぎていく。1限目が終わりまた豊永に呼ばれ謝れと言われたので、井上に「ごめん」とだけ言っといた。井上は「うん」とだけ言って、それ以来卒業まで話す事はなかった。

4限目が終わり昼食を竹ちゃんと2人で食べながら昨日の話しの続きをした。僕は、香穂ちゃんと家が近いみたいで、夜近くのコンビニへ行くとよく出会い、それがきっかけで学校で会った時に話しかけ、仲良くなった事を話した。竹ちゃんは如月さんと同じ図書委員で一緒になり、初めは怖かったみたいだが「だんだん青みたいに僕の事気遣ってくれるのが分かって、安心できたんだ」と言っていた。聞いているこっちまで恥ずかしくなり、間接的に僕の事を好きと言っているようなものなので、それもまた恥ずかしかったが、竹ちゃんの成長に僕も心の底から嬉しかったので、終始頬を緩ませながら話を聞いていた。

6限目が終わり部活へ行く、相変わらずきつい練習だが、せいさんも頑張っているのだと思うと手は抜けないと思い、今日も全力で走ってぶつかってを繰り返した。



一日が終わる。何気なく心地よい1日だった。同じような日々の繰り返しの中で僕は、日々喜怒哀楽を繰り返す。似た一日はあるが同じ一日はない。明日はどんな1日だろうか、どんな1日にしようか、どの感情で過ごすかなんて自分次第だ。穏やかに、時に身を任せて過ごした今日も、時間がもったいないと思うほど激しく抗い、暴れて、いろんなことを考えて過ごした昨日も、1日に変わりはない。その時間の中で僕は、何が正しいのだろうと考え続ける。今はまだ自分の中の青さを黒く感じて。

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