第15話 (最終話)それぞれの夜。
夕食後のひと時。
高柳始の風呂の支度は大変だった。
いずれ治る身体なので、バリアフリーに改築する程でもないが、それまで山奈円が介助する必要がある。
女性の身体では高柳始の介助は厳しいので、山奈円は「始、少し休ませてくれ」と言ってコーヒーを淹れる。
「円、僕は1人で入れるよ?」
「嘘つきは黙ってくれ」
山奈円の返しに「酷いなぁ」と言うが、嬉しそうな顔をする高柳始。
2人がそんな話をしていると、家のチャイムが鳴り、直後に高尾一が、「山奈さん、高柳さん。帰ります」と声をかけて帰っていく。
挨拶はしないで構わないと言っても、高尾一は必ず挨拶をしてから帰る。
「真面目だなぁ」
「彼は凄いね」
ソファに腰掛ける高柳始の横に腰掛けた山奈円は、「本当だ。高尾芽衣子さんの納骨の日に、私達は「幸せにさせてくれ」と言ったが、私達が幸せにさせて貰ってしまったようだ」と言い、高柳始の肩に頭を乗せて、「始、私は幸せだ」と言うと、高柳始も「僕もだよ円」と返した。
2人だけの穏やかな時間。
だが実の所、山奈円は幸せを享受する中で、必死に「自制心」と自分に言い聞かせていた。
それは高柳始の身体が満足に動かせずに介助を必要としているのに、自身の女性としての部分が高柳始を求めてしまっている。
確かに37にもなって乙女であり続けた山奈円は、高柳始が引っ越してきてすぐに結ばれた。
それは少女の頃から待ち望んできたもので、ようやく得られた幸せに溺れてしまいかけた。
それは高柳始も同じで、藍乃との結婚生活では決して得られなかったもので、早く身体を治したいと思ってしまう程だった。油断したら不幸を使ってしまいそうになった高柳始は、必死になって我慢をしている。
そうでなくても、高尾一の願った不幸の対価に、山奈円の妊娠と出産がある。
避妊具すら通用しない何かがあるのではないかと、2人で話し合って我慢するべきという結論に至ったが、どうにもおさまりが悪い。
山奈円は自身の異常を不幸のせいにはしたくなかった。
自分の用意した食事を美味しいと食べる高柳始を見て、興奮してしまった山奈円は今このまま風呂の介助をして、高柳始の裸体をみてしまったら我慢できずに求めてしまう。
だからこそ身体の辛さを口にして、休憩を持ち出して自分を鎮めようとしていた。
この尊い時間の中で過ごせば、この尊い空気感で発情なんてあり得ない。
そう誓いながら何とか落ち着けようとすると、携帯電話に一通のメールが入ってきた。
「おや、珍しいな。満ちゃんか…。普段は昼なのにどうしたんだろう」
「困りごとかな?高尾君に何かあったのかい?」
山奈円は助かったと思いながら、メールを読み進めると「んな!?」と言ってしまう。
高柳始が「円?」と声をかけると、山奈円は真っ赤な顔で高柳始に携帯電話を見せる。
そこには…[山奈さん、夜分にすみません。なんか
「始?お前は我慢をしているのか?」
「円こそ我慢しているのかい?」
2人に流れる微妙な空気の中、高柳始は真面目な顔で、「僕は我慢している。円、本当に身体が不自由な僕の子を産んでくれるのかい?」と聞き、山奈円が「勿論だ。始の子を産みたい」と返した後は、余計な言葉もなく2人で仲睦まじく過ごした。
同時刻、高尾一は「よし、モヤモヤが取れたら眠くなってきたから、俺寝るね。満も朝早いからちゃんと寝なよ」と言ってベッドに入ると、山田満は「うそでしょ?やだよ!」と言ってベッドに潜り込んで、「私は不幸に負けないの!赤ちゃん欲しいよ!は!じ!め!」と言って高尾一の服に手をかけていた。
(完)
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