第11話 高尾一の決断。
山奈円はいつの間にか中央病院に着いていた。
高尾一に言われるままに携帯電話を渡し、藍乃に電話をしてもらうと、手を引かれるままにICUの前に通される。
そこに居た藍乃は憔悴していた。
山奈円は高尾一が話を聞くのを横で聞いていたが要領を得なかった。
だが実際には藍乃は冷静で、高尾一はキチンと受け答えをして、山奈円に状況を伝えていた。
碌な返しが出来ない山奈円に、高尾一が「話は後です。高柳さんに会いましょう」と言う。
その言葉に頷いた山奈円は、看護師に渡された上着を羽織って、機械の音がうるさくて薬品臭い部屋に入ると、ベッドに横たわる高柳始の前に連れて行かれた。
「始!お前は何をした!何故ここにお前がいるんだ!コレからだったんだぞ!私と皆と!それにここは私が14年前に寝ていた場所だろう!始の場所ではない!」
泣き叫んで高柳始に掴みかかる山奈円は、看護師から「落ち着いてください」と言われて、ICUの外に連れて行かれた。
その間に高尾一は高柳藍乃から仔細を聞いていた。
高柳藍乃は憔悴した顔で、「離婚協議って言って良いのかしら、難航していたのよ」と漏らす。
高柳始は専外寺に行った話を藍乃にした。
藍乃はキチンと離婚を受け入れると言ったが、高柳始は「ここから始められないかな?」と言っていた。
愛のない結婚だったが、お互いを知った今からならやり直せる…、始められないかと提案をしていた。
それでも藍乃は始に対して愛はないからそれは無いとハッキリと振った。
今度は高柳始から、離婚をするにしても慰謝料増額の申し出があった。円満な離婚として、相場でいいと言ったのに、高柳始は相場より払いたい、財産分与も藍乃に最低でも6割を渡したいと言って、変な話だが揉めた。
藍乃は、最低限の妻としての勤めしかしていないから貰えないと言い、相殺で半々でも多いと言ったが、高柳始は首を縦に振らなかった。
その結果、高柳始は自分に言い訳を見つけて、不幸を使う形で藍乃に財産分与をしてしまう事にした。
藍乃の手には三通の遺書があった。
一通は藍乃に宛てたもの、もう一通は山奈円に宛てたもの、そして最後の一通は高尾一に宛てたものだった。
高尾一は遺書を受け取ると、便せんの中には簡単に[やあ、円と言ったが君は僕たちの希望だ。僕は白無垢の先輩として君を幸せにするよ。どうか僕が掴めなかった幸せを掴んでください。山田満ちゃんと2人で、僕たちの分まで幸せになってくれよ]と書かれていた。
藍乃の遺書には、自身が藍乃と結婚をするまでの半生で、どれだけお金に困ったかを書き、だからこそ遠慮なくお金を受け取り幸せになってほしいとあり、後は結婚なんて夢のまた夢だと思った自分にも、藍乃のような目鼻立ちの整った人が来てくれて感謝をしていると書いていた。
「嫌になるわよ。愛さなかったのよ?求められればキスもしたけど、そんなの長い結婚生活で数えるくらい。私からなんてしたこともない。それなのに感謝をされてお金まで受け取れだって」
ここで高尾一は初めて高柳始に何があったかを聞いた。
昨晩は書斎で仕事をすると言った高柳始。
書斎で朝を迎える事は決して珍しくない。
生活費の為にも、不幸の対価としても、筋肉探偵五里裏凱の新作を書き続けなければならなかった。
だが高柳藍乃には嫌な直感があった。
虫の知らせで、朝いちばんに書斎へ行くと、高柳始はドアノブにベルトをかけて首を吊っていた。
発見が早かったお陰で一命を取り留めたのだが、何故か状況が芳しくなくICUに入っている。
高尾一は嫌な予感に囚われていた。
高柳藍乃に詳しく聞くと、「急にネット検索なんかをしたらしく、夜中に書籍の論評なんかを読み漁り、酷評ばかりをプリントアウトして、「もう無理だ」なんて書いていた紙が書斎に散らばっていたのよ」と言う。
高尾一は放心状態で項垂れる山奈円の肩を持って、「おかしいですよ!山奈さん宛の手紙を読んでください!読まなければ俺が読みます!」と声をかける。
山奈円はずっと「…始、…どうして…」と言うばかりで、反応が薄くて話にならなかったので、高尾一は勝手に開けて読むと、これまでの山奈円への感謝の言葉と本来なら読むことすらはばかれる愛の言葉の先に、今回の思惑が書かれていた。
それは藍乃に遺産を残すために自害する事、理由が必要だから酷評を見る事、そしてそれらを用いて不幸を使い、高尾一の不幸も背負い助かる状況でも死んでしまい、最愛の山奈円と結ばれない道を選ぶとあった。
読み終えた高尾一は「山奈さん!わかりましたよ!高柳さんを助けに行きますよ!」と言う。
山奈円は「え?」と言って高尾一を見て、高柳藍乃も助けると言う言葉には「え?」と反応をして高尾一を見た。
高尾一は高柳藍乃に「高柳さんは、自分の不幸体質を逆手に取って、俺を幸せにして奥さんにお金を残そうとしました」と説明し、山奈円には「不幸を無効化しに行きましょう」と言う。
そしてもう一度高柳藍乃に、「奥さんはお金欲しいですか?高柳さんを犠牲にしますか?」と聞いた。
高柳藍乃は「要らないわ。貰っても使えない」とハッキリと言ったので、「じゃあ山奈さんと助けに行ってきます。高柳さんが持ち直したりICUを出たら電話ください」と言って、山奈円を無理やり立たせて「行きますよ!電車賃出してくださいね!」と言って腕を引く。
「高尾君?行く?何処に?」
「専外寺です。あそこなら高柳さんを助けられます」
高尾一は外に出ると、山田満に「緊急事態!今すぐ仕事を休んで専外寺まで来て!」と電話をして駅に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます