白無垢対白無垢。

第10話 高柳始の決断。

翌週、遅延やら運休、交通事故の渋滞に見舞われながら山奈円は高尾一と山田満、そして高柳始を連れて専外寺に到着した。


「着かないかと思ったよ」

「本当ですね」

「ハジメ時間の強化版みたい」

「あはは…。本当ごめんね」



境内では堀越重三和尚が掃除をしていて、「おお!来られたんだね!」と言って高柳始を見て目を潤ませると、「こんなになるまで大変だったね」と言い、高尾一にも「もうこんなになって、君もすぐに綺麗にしよう」と言った。


別室に通された高柳始と高尾一は、堀越重三和尚に改めて不幸の願いの中で、終わった願いだけを消したいと頼む。


「この前も思ったが難しいことを言う。だが心から不幸を対価に願ったのであれば答えよう白無垢よ」


こうして高柳始の山奈円の心を乱す存在を遠ざける願いや、小説家になり今の家に住む願いは残され、生死の境を彷徨う山奈円の無事を願い、対価にした不幸なんかは契約自体が終わった物として消す事が出来た。


堀越重三和尚は、「若い白無垢みたいに一気に純白に戻せると楽なのだが、一つずつは時間がかかるね」と漏らしながらも、不幸を消し去ってくれた後でお守りをくれる。


そして山奈円と山田満にも「君達を見て危険を感じたよ。このお守りを渡そう」と言って別の御守りを持たせてくれた。


山奈円は、別室から戻った高柳始を見て声を上げて泣く。

「始、あなたの不幸が薄れたよ。不幸が見えるようになって、初めてここまで減ってくれて、私はとても嬉しいよ」

「円、ありがとう。僕自身、身体が軽くなるのを感じるよ」


喜ぶ山奈円と高柳始の邪魔はできないと待つ中、高尾一に堀越重三和尚は、「身体を重く感じるほどの不幸。それでも潰れずにいられたのは、彼の人としての強さだ。私はね、君達白無垢は包容力に溢れた人なのだと思っているんだ。勿論君達からしたら笑えないだろうが、耐えられるだけの力を待っている。だから白無垢になった。誰にもなれるものではないんだ」と言った。

高尾一はそれを聞いて、喜んで受け入れたいなんて思わないが、そう思うと少しだけ心が軽くなった。


高尾一は帰りの移動中、ずっとこれで円満解決になると思っていた。堀越重三和尚の言葉が正しければ、山奈円を瀕死から救い上げるための不幸のみを除去し、山奈円の心を曇らせる存在の排除に使った不幸は残していた。本来なら、それは高柳藍乃との結婚が含まれていたが、条件をキチンと提示できれば離婚を受け入れると言っていた。

その他も同じで、取捨選択が出来ていたので、もう山奈円と高柳始の仲を邪魔するものはない。


そう思って疑わなかった。


それは横にいる山田満も同じだったし、山奈円も同じだったと思う。

何度も「私は今日を忘れないよ始」と言い、「ありがとう円」と高柳始が返事をしていた。



日常に帰った山奈円は浮き足立っていた。

それでもキチンと相談所の仕事をして人々を救う。

それは回り回って高柳始と高尾一を救う事になると思っていたからだった。


高尾一も、山奈円のテンションに嬉しい気持ちになっていて、山田満と「良かったよ」、「本当だね」と話していた。



だがひとつだけ思い違いをしていた。

高柳始はそれを願っていたのか?

あの高柳邸での会話を見逃していたのではないか?

これが二十歳の頃なら、山奈円の両親を失う前なら受け入れて喜んだだろうが、今の高柳始には不幸を使い妻の為に得た家もある、職もある。離婚を受け入れる気はあるが妻もいる。


その事を山奈円も高尾一も山田満も誰もが失念をしていた。


山奈円も少女ではない。

高柳始と高柳藍乃に離婚をせっつく真似はしない。


今は時間が必要だと、1ヶ月ほど待ったある月曜日の事だった。


山奈円は「おはようございます」と現れた高尾一を見て、目を見開いて「高尾君!?何があったんだ!」と高尾一に掴みかかってしまった。


高尾一にはなんの自覚もないので「ど…どうしたんですか?山奈さん?」と驚いている。


「金曜日まで君にまとわりついていた不幸が無いんだ!専外寺に行っても、薄くなる事はあっても、ここまでなくなる事はなかった!何があったんだ!?」


そう言われても高尾一に自覚はない。


「え?でも確かに今朝は清々しい感じで、嫌な事とか起きてないですね。普段なら大概何かしらあるのになぁ。犬にも吠えられてないや」と言って驚いている。


山奈円には嫌な予感と確信があった。


「始!?こんな真似が出来るのは始しかいない…。高尾君、今日の相談はキャンセルしてくれ!」


山奈円はそう言うと、「君は後から来てくれ!」と言って、先に高柳始の家を目指した。


高柳始は都合が悪くなると電話に出ない。

それは昔からで、良くてメールを返すだけだが、メールも中々返信してこない。

実力行使に勝るものはなかった。


嫌な予感ほど的中するのは何故なのか、山奈円が駅に着いたところで、見知らぬ電話番号から着信があった。


「誰だ!?今日は忙しいと言うのに!」と悪態を吐きながら電話を取ると、相手はまさかの高柳藍乃だった。


「山奈さん?高柳の妻、藍乃です」

「藍乃さん!?良かった!始はそこにいますか!?」


慌てる山奈円の声を聞いた藍乃は、少し嬉しそうに「わかるのね。凄い。早い方がいいわ。中央病院に来て」と言って電話を切った。


山奈円は嫌な予感に襲われて震えていた。

早い方がいい。

それがとにかく怖かった。


そこにスケジュール調整を済ませた高尾一が追いつく。


その高尾一にはやはり不幸がない。

嫌な考えに襲われる山奈円に、「山奈さん!電車、切符買いますね!」と言った高尾一を止めて、「来てくれ」と言ってタクシーに乗り込んで、「中央病院まで」と言ったところまでしか山奈円には記憶がなかった。

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