第9話 高柳藍乃。
掃除や来客時の配膳以外で、書斎に入ってこない妻が入ってきた事に驚いた高柳始は、「え?藍乃さん?」と聞くと、妻は嬉しそうに「彼にお呼ばれしたんです」と言った。
お茶を注ぎながら「それでなんの話をしてたの?」と高尾一に聞く藍乃。
高尾一は取ってつけたウソなのだが、「ウチは両親がもう亡くなっていて、法事の事とか聞きたくて、高柳さんもご両親が亡くなってるって聞いたので…」と始めると、藍乃は「あら、それならあの山奈さんもご両親を亡くしているわよ?」と言う。
高柳始には驚きの連続だった。
妻がこんなに話したのはいつぶりだろう?
妻はこんなにも話す人だったのか?
妻は山奈円の事を知っていたのか?
そんな気持ちで高尾一と妻の会話を見ていた。
「はい。山奈さんにも聞いたんですが、高柳さんにも聞いてみたくて、後は…」
「後は?」
「笑いませんか?」
「聞いてみなければわからないわよ」
「両親の亡くなっている俺が、今日もいた彼女と結婚をする時にどんな覚悟を持ったらいいかとか、何か気をつけるポイントはないかを知りたくて」
嘘ではないが今聞く事ではない。
でも話をしてみたかったのはウソではない。
高尾一は専外寺で不幸が薄まっていたので、少しだけ前向きな気持ちが強まっていた。
「ふふ。あらあら。恋バナね」と言った藍乃は、慌てて「笑ったのは嬉しくてよ!失礼な意味なんてないの!」と言うと、高柳始に「話してあげてくれませんか?」と言った。
高柳始は驚いた顔で「も…勿論だよ」と言ってから、「満ちゃんのご両親は、高尾君のお母様の葬儀で会ったけど、あの人達ならなんの心配もないよ。あるとしたらキチンと心を開く事かな?」と言うと、藍乃が「言う事はできるのね。やってないのに」と呆れ声で割り込んできた。
高尾一が「え?」と聞き返すと、「この人は私の両親には心なんて開かないもの」と言う。
高柳始は困り顔を通り越して愕然とした時、高尾一は「奥さんは高柳さんに心を開いてるのに、高柳さんは開かないんですか?」と聞いた。
藍乃は少しだけ困った顔で「…もう10年だけど、私も開かなかったわね」と言うと、「不思議、なんか今日は話せる気分ね。聞かれなかったから話さなかったけど、お互いに触れてこなかったわ」と言った。
高尾一は「聞いてもいいですか?」と聞くと、藍乃は「話していいかしら?」と言った。
話はよくある話だった。不倫の末の無理心中。
一応藍乃が被害者な事が救いだが、妻帯者に騙されて付き合い。妊娠を告げたら、男からは妻と別れると言われたが、堕胎ギリギリまで引っ張られる。
そしてどっち付かずの男が選んだ事は、「死後の世界で、藍乃と生まれてくる子供と3人で幸せになる」で、無理矢理睡眠薬を藍乃に飲ませて凶行に及んだ結果。
男の願いは半分叶い、お腹の子供と男は向こうの世界に行ってしまった。
「ふふ。それで傷物の私を厄介払いしたい両親が、見合い相手を探したら、この人が見つかったのよ。もう10年。あっという間だったわね」
藍乃の言葉に愕然とし続ける高柳始。
その顔つきが気になったので聞いてみると、「何も知らなかった」と言う。
藍乃は少しだけ意地悪な顔で、「聞かなかっただけですよ」と言って、「今度はあなた達の秘密を教えてください。今日の専外寺って話は何ですか?」と聞いてきた。
少しだけ困りながら高柳始は自分の体質について話す。
それは高尾一も同じで、人が願う不幸を拾って形取ってしまう事、それによって両親が早くに亡くなっている事を説明した。
「あら、それが本当ならあなたの彼女も大変だし、私も大変ね」
そこで高柳始は「僕は一つの事を願った」と言ってから、最大限藍乃に配慮して、「僕の願いは、僕を愛さない代わりに、僕の不幸の影響を受けない人との結婚なんだ」と言うと、藍乃は目を丸くして「あら。それ本当ね」と言ってから、「私が愛したのは、お腹の赤ちゃんとその父親。でもどちらも失ったから、誰も愛せないの」と言い、「愛してないから、妻らしく振る舞ったら失礼だと思って、距離を置いていたの」と笑った。
その笑顔は清々した顔で、思わず見惚れてしまった。
「もし、今日の話で嫌になったら言ってくださいね。キチンとした条件なら離婚も応じますよ」
「え?藍乃さんは僕の願いで…」
高柳始は、自身の不幸の使い手としての願いによって、妻になった藍乃が離婚を口にするなんて思わなかったので、目を丸くすると、藍乃は「やあね。自分の力を万能で絶対とでも思っているの?それならもっと世の中を好きにできてます。他人の事まで全部好きに出来るなんて、思わないでください」と笑うと、高尾一に「ありがとう。なんかスッキリした。あなたの恋路が明るいものであるように願っておくわ」と言って立ち上がると、「お夕飯を作りますね」と言いながら書斎を後にした。
ポカンとした高柳始に、高尾一は「とりあえず、専外寺の事はよろしくお願いしますね」と言って高柳家を後にした。
藍乃はパタパタと玄関まで来ると、「うふふ。あの人ったら余程自分の力に自信があったのね。私が離婚の話をした時の顔なんて初めて見た。それに今も呆けて出てこれないのね」と言って笑いながら、「あなたに会えて良かったわ。また来てね」と高尾一を見送ってくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます