第7話 白無垢。
週末、休日出勤の体裁で、山奈円と高尾一は千葉県に来ていた。
外房にある山奈家の墓に向かう途中にあった寺は、「専外寺」と言う名前だった。
「来るのに12年かかってしまった」と言った山奈円が境内に入ると、和尚が掃除をしていた。
山奈円には見覚えがあった。
山奈円が「すみません。以前お邪魔をさせていただきました」と声をかけると、和尚は目を見開いて「生きていたのかい!?」と言って、高尾一を見て「君の助けたい子だね!」と言いながら本堂に連れて行こうとする。
「違います!同じですけど俺じゃないんです!」
高尾一が慌てると、和尚は驚いた顔で「白無垢が2人?」と言った。
和尚は改めてよく来てくれたと言って、本堂に山奈円と高尾一をあげると、「改めて、私の名前は堀越重三です」と名乗った。
そのまま申し訳なさそうに山奈円の12年を聞いた堀越重三和尚は、「奇跡だね。無事とは言い難いが、命があって何よりだよ。それで君は生き残って、新たな白無垢を見つけたのだね?」と言った。
「あの、その白無垢とは?」
「君のいう不幸の受け皿と不幸の具現化に囚われて、不幸の使い手になる者の事だよ。私達一族は白無垢と呼んでいて、白無垢を助けたいと思っているんだよ」
高尾一は驚いていた。
そして本来の事故の話から、自分の思った事を確認すると堀越重三和尚は頷いて、「君は来られた。まだそこまで汚れていない白無垢だ。仮に本来彼女が助けたかった白無垢が帯同していたら、電車は止まり、車も動かなかっただろうね」と言った。
今度は冷静ではいられないのは山奈円で、「では!あなたの言う、もう1人の白無垢は来られないのですか!?彼は!?」と詰め寄るように聞く。
「いや、可能性はあるよ。不幸が衰える日に、ここまで来られれば純白に戻せるよ」
「不幸体質を止めるのではなく?」
「それは何年もご先祖様からずっと探しているけど、方法が見つかっていないんだ。純白に戻して、こびりついた不幸を削ぎ落として、定期的に清めを行う事で限りなく人の生活に近付けるんだ」
山奈円からすればそれすら有り難かった。
「連れてこられれば、始は不幸をリセットできる…」
そう言って泣く姿は年上の女性ではなく同い年に見えていた。
「だが」
そう言って堀越重三和尚は怖い目をして、「彼が願った物も契約不履行になる」と言った。
それは良いものばかりではない。
高尾一がわかったのだから、山奈円もわかっただろう。
それを見越すように堀越重三和尚は、「その彼は死に瀕した君を救った。別にそれは12年も経ったんだ。不履行になっても君は死なない。障がいも出ないだろう」と言う。
高尾一は安堵をしたが違っていた。
再度「だが」と言うと、「君の幸せを願い、君の心を曇らせる存在を遠ざける願いは不履行になる。君の安寧は終わる」と言った。
山奈円は「構いません」と言ったが、堀越重三和尚は射抜くように山奈円を見て、「君は構わないが、彼はまた願うだろう。しかも同じ対価は認められない。今度はなんだろう?想像もつかないね」と言った。
同じ願いは通じない。
もう妻の藍乃のような、自身を愛さない代わりに不幸に囚われない女性を妻にするから、山奈円の心を曇らせる存在は山奈円に近寄れないという願いが使えずに、なにを使って願ってしまうのだろうか?
高柳始は間違いなく山奈円の為にまた願う。
その事に山奈円は俯き泣いてしまう。
堀越重三和尚は「すまないね。こればかりはご先祖様の時代からどうする事も出来なかったんだ」と謝ると、高尾一に「せめて君を純白に戻そう。純白になれば、周りからの不幸を願う声が届きにくくなる。また3ヶ月後に来なさい。君の汚れ具合を見て、今後の会うタイミングを決めよう」と言ってお祓いをしてくれた。
山奈円は、高尾一の周りに取り憑くモヤのような不幸が薄れたのを見て、目を丸くした。
初めての事で驚き、この光景を高柳始で見たいと思っていた。
「あの、考え方の違いとか、ズルとか思われるかもしれませんが、聞いてもいいですか?」
高尾一の質問に堀越重三和尚は「なんだい?」と聞き返す。
「終わった契約だけ落とすこととか出来ないんですか?取捨選択というか…。高柳さんは家族を養う為と、山奈さんを守る事は残したいけど、多分山奈さんを救う為に使って、過去になった分は終わらせられるかなと思ったんです」
それは専外寺では試した事のない行為だった。
唸る堀越重三和尚に、「もし良かったらお願いします」と言うと、「山奈さん、俺と満も手伝いますから、高柳さんを説得しましょう」と声をかけた。
山奈円は「そうだね。今に甘んじて大切な事を忘れていたよ」と言うと、「堀越和尚、今日はありがとうございました。これから長い付き合いになりますが、よろしくお願いします」と言って力強く立ち上がった。
堀越重三和尚は「これを持ちなさい」と言って、お守りを手渡してきた。
「不幸が手出ししにくくなるお守りだよ。あまり長くは保たないが、これがあれば、その彼にここのことを伝えられるからね」
その言葉に、山奈円は「感謝します」と言ってお守りを受け取っていた。
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