【過去編】佐藤は汐見に片想い〜(佐藤視点)
有島
2014.12.26:忘年会の後、汐見の家で(片想い未満編01)
佐藤視点での本編(当話の直前)
https://kakuyomu.jp/works/16817330652084933686/episodes/16817330652093777674
当話の「汐見視点」本編
https://kakuyomu.jp/works/16817330652084933686/episodes/16817330652216425812
先の忘年会の席で初めて汐見と話し、着替えた汐見に連れられて汐見のボロアパートに着いた時。俺の顔面は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。汐見から渡されたハンカチもしっとりどころかジットリ濡れていた。
でも、汐見の家でひとしきり泣いた俺は心の中にどっかり鎮座していた鉛がなくなった気がして、思いのほかスッキリしていた。
鼻水まで垂らしている俺の顔を見ても嫌な顔1つしないどころか、心配そうに覗き込んでくる汐見に視線を合わせると、思わず笑みが零れた。
「ちょっと……スッキリしました……」
俺を見た汐見がどう思ったのかは、わからない。だけど、そこまで心配してくれている汐見に〝この人、見た目によらず、いい人だなぁ……〟と思ったのは確かだ。その強面を見つめていると汐見から
「え、え~と……まだ、ちょっと納得いってないんだけど」
物言いがついた。なんの話だろう、と思った俺は汐見の顔を覗き込んだ。
「ナニがですか?」
「い、いや、確かに元恋人を取られた腹いせってことだろ? それにしては粘着質すぎないか?」
その質問の意図を知った俺は、笑って答えた。
「……後で知ったんですが……鈴木先輩……彼女にプロポーズするつもりで会った日に、僕のことを言われて振られたんだそうです……」
「っは~~~~!!??」
「ですよね、はははっ……」
それまであまり表に出さなかった汐見の表情が驚いたものに変化すると、俺も思わず吹き出してしまった。
その後、汐見から『退職しないで済む方法』を提案された俺は、思いも寄らない力強い助言に心が暖かくなったのを覚えている。
「で、どうする?」
「え?」
唐突に汐見にそう言われて面食らっていると
「今から飲み直すか?」
「っあ、そ、そうですね。って、汐見さんはこの後の予定は……」
俺のその質問に汐見が苦笑しながら答えた。
「んなもんあるわけないだろ。仕事納めの日に会うような約束あったら、家に誘わないって」
その言いぶりに、何も考えていなかった自分に思い至り
「す、すみません! 僕、何も考えてなくて!」
「ははっ。大丈夫だ。そうか、佐藤さんも今フリーなのか」
「はい……そうです」
「……敬語はやめよう。お互い社会人で2つしか違わないんだから」
「え、でも……」
口籠もっていると、汐見が提案した。
「オレは佐藤さんのことを『佐藤』って呼ぶ。『佐藤』はオレのこと『汐見』って呼べば良くないか?」
「い、いきなりタメ口は……」
「? タメ口きく同僚くらいいるだろう?」
そう軽く返されて、俺はまた押し黙るしかなかった。
〝そんな気安く話しかける同僚なんて……いるわけない……〟とは言えなかった。だが、黙ってしまった俺の様子に気づいた汐見が複雑そうな顔をした。
「っあ~。まぁ……いないんだったら……今日からオレがそうなればいいよな?」
「!!」
バッと顔を上げて汐見を見ると、照れ臭そうな表情で笑った。
「『佐藤』は人見知りなのか?」
「い、いえ……そういうわけじゃ……」
答えに詰まる俺を見て、汐見がまた俺に笑いかける。
「職場で必要最低限の人付き合いしかしないと、色々と不便も出てくる。イケメンなんだから、軽口叩いてればそれなりに受けると思うけどな」
その提案を、汐見以外の人間から言われたら俺は受け入れることはできなかったと思う。でも、社内1と言われるイケメンの俺が、初対面の汐見の目の前で泣きながら弱音を吐いても動じなかった。そんな汐見を見て、俺は何か許された気持ちになっていた。
「佐藤の……『甘い』ってのはなんだ? 有名なんだって?」
「え、ええ……甘いと言うかなんか……」
「なに?」
「その……他の人にやってもらって、不足があったらそれをカバーして、とかそういう……」
その話をすると一瞬で汐見の表情が明らかに険しくなった。
「……なぁ、それは『甘い』ってのとは違うぞ。……同僚相手にそうやって『甘やかしてる』と、お前が面倒と責任を背負い込む羽目になる」
「そ、うです、が……」
思いのほか強い言葉に驚いた俺は、鋭い眼光から逃れるようについ俯いてしまった。
「……っはぁ……」
汐見の呆れたようなため息が重くのしかかってきた。すると
「……そういうとこも含めて、なんだろな……」
汐見が何か独り言のように呟いていた。
「なんですか?」
顔を上げた俺がそれを聞き咎めると
「……さっきも言ったけど……ここの取締役とはまぁ、なんだ、一応、話が通るんだ。その人がな、組織改革を進めたいが、なかなか推進できない、とかそういうことを言ってて……佐藤の話を聞いた範囲でも社風というか、そういう企業文化なんだろうな、と思ってさ」
「そういう社風って?」
俺の質問に眉を寄せた汐見が
「……言いにくいな……まぁ、ここだけの話ってことで、な」
「??」
観念したように話し始めた。
成長率が穏やかな代わりに社風も穏やかな磯永コーポレーションは、社内の一部で俺みたいにパワハラやモラハラ被害に遭ってる人間がいることを上層部も把握している。だが、そういうことは日常的に陰で行われており、表立っていないため被害者からの申告がない限り取り締まれない。
被害者からの申告があったとしても、波風を立てたくない社員が大半である限り、加害者の加害状況を第三者が証明することが難しい。今のままでは糾弾しようがないため加害者は現状放置されている。ということだった。
それを、今回、緊急とはいえ中途採用された、強面で眼光鋭く、鬼のように仕事もできる汐見の方でも見ていて欲しい、可能ならば告発して欲しい、ということだった。
「直接、そう言われたわけじゃないぞ。でも、やんわりと言い含められたんだ」
「え、こ、告発者として雇われた、ってことですか?」
「……言い方は悪いけど、まぁ、似たようなもんだ」
〝そんな裏稼業みたいな……〟
俺が思っていることが伝わったのかわからないが、俺は疑問を含んだ声で言った。
「……リストラ請負人ってのは聞いたことありますけど……」
「……似たようなもんだ……」
短くため息を吐いた汐見を見た俺が
〝ということは……鈴木先輩を?〟
頭の中で疑問符を浮かべていると、汐見が付け加えた。
「まぁ、なんだその……あの鈴木って人、開発部にもよく来ていて耳障りだったしな……」
「え?」
「……うちの部署に……佐藤の悪口を言いふらしに来てたぞ。ほぼ毎日な」
「えぇっ?!」
「知らなかったか……」
「そ、れは……」
俺の立場が孤立していってるのはなんとなく気づいていた。けど、まさか鈴木先輩がそこまでするような人とは思ってなかった。鈴木先輩の彼女と知らなかった俺が付き合っているのが発覚する前、本当に面倒見の良い先輩だと信じて疑わなかったから。
俺自身を相手に毒を吐くだけでは飽き足らず、別の部署にまで足を運んでそんなことをしていたなんて。と、そこまで思って汐見を見返すと
「オレは、ああいう輩が大っ嫌いでな」
「!」
殺し屋のような視線をよこした汐見が言った。
「だから、今日、佐藤と話して『ああ、違うんだな』ってことがわかってスッキリしたよ」
「し、汐見さん……」
「汐見でいい。……どっちにしろ、動くとしたら年明けだな」
「あ、はい……」
これ以上ないくらいに汐見が頼もしく見えた俺は、ちょっと興奮していた。
〝必殺仕置人じゃん……〟
そして半年後──ひっそりと、鈴木先輩が退職した、と聞いて────
〝汐見を敵に回さなくて本当に、良かった〟と心底胸を撫で下ろしたのだ。
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