第30話 汐見と佐藤の出会い(4)ー 佐藤の社内事情
元カノの方は知らないが、スズキの野郎が嫌がらせをしてくる理由はわかった。
〝そんなことがこれほどあからさまに佐藤を嫌って嫌がらせをし続ける理由になるか? これ、モラハラ・パワハラ案件じゃねえか? コンプラどこ行ったんだ?〟
社内での彼氏彼女の出会いと別れなんて頻繁にあるはずだ。それこそ、こんな大企業、支社を含めて数千人規模の会社では。
〝意味わかんねえ、佐藤は単なる被害者じゃねえか……〟
いたわしそうな顔でオレが佐藤を見ていることに気づいたんだろう。佐藤は、ハンカチで目頭を押さえてズズっと鼻を啜ると視線を合わせて
「ちょっと……スッキリしました……」
ニコッと笑った。その顔を見たオレは何故か動揺した。
〝え?〟
薄い鳶色の目の周囲の白眼が真っ赤になっている。
その目がじっとオレを見ていて、急に居た堪れなくなったため、気を逸らすべく質問した。
「え、え~と……まだ納得いってないんだが……」
「ナニがですか?」
今度は佐藤の方がオレを覗き込んでくる。
「い、いや、元恋人を取られた腹いせってことだろ? それにしては粘着質すぎないか?」
聞き間違いでなければ去年の年末に別れた、と言ってたはずだ。つまり、現時点ではもう別れて1年になっている。〝なのに未だに? 普通、1年以上も嫌がらせし続けるか?〟ということが
「あぁ、後で知ったんですが……」
少し、落ち着いてきたのか、佐藤に笑顔が見え始めた。
「先輩……彼女にプロポーズするつもりで会った日に、僕のことを言われて振られたんだそうです……」
「っは~~~~!!??」
「ですよね、はははっ……」
まぁ、要するに、スズキや……もうオレの中では【ズッキーニ】でいいな。
ズッキーニの野郎は、あっさり佐藤に乗り換えた彼女に結婚する意思があるほど本気だった。なのに彼女の方はズッキーニにさほど入れ込んでいないどころか、乗り換える前提で交際を隠していた。そこで超美形の佐藤がズッキーニの後輩として入ってきて、ズッキーニ本人から旬な情報を得られるようになりダメ元で告白。そしたら見事成功し晴れて佐藤と付き合うことになり、お役御免になったズッキーニは無惨にも彼女にポイ捨てされた、ってわけだ。言語化すると凄まじい。
というか、そのオンナ、ズッキーニすら手玉に取るとは……年齢どころか顔も名前も知らんし、知りたくもないが。
「で、その彼女って……今は?」
「あ、はい。年明けからすぐ無断欠勤が続いて、そのまま退職しました」
「え? なんで?」
オレが矢継ぎ早に質問するものだから、佐藤は楽しくなってきたらしい。
「はは……僕と付き合った彼女は、周囲に知られると陰で悪質なイジメにあって3ヶ月しないうちに退職しちゃうんですよ」
「は? ぇえ?!」
「なので、もう今年に入ってから社内の人とは付き合わないようにしてます」
そんな話、聞いたことない……というか、凄まじいな、それ。
やっぱり美形イケメンって異世界の住人だったんだな、という思いを新たにした。
「っか~~~~。イケメンも大変だなぁ……」
「フフ……でもその元カノ、別の会社にあと2人彼氏がいたらしいので、そこに転職がうまくいって、今は別の県で元気にしてるそうですよ」
「マジかよ……」
「逞しいですよね」
あはは、と笑いが漏れてきた佐藤に安心した。
〝笑ってる方が数倍いいな……〟
そう考えてると、何かが胸に去来して───決意した。
「……年明けたら、僕……いや、オレも上長にそれとなく進言してみるよ」
「え? ナニをですか?」
キョトンとした顔をしている佐藤が素直に、かわいいな、と思えたから。
「ズッキー……ちがった、鈴木先輩の件。普通にパワハラだと思うぞ、それ」
「え、でも……」
佐藤はすでに辞める意思を固めていたんだろう。
〝……こうやって……〟
オレは少し前のことを思い出していた。
まだ風化してはいない、前職の会社での同僚のことを───
〝……本当に真面目で、健全で、優秀な人材は……こうやって大きな組織から消えていくんだな……〟
「はっきり言うと角が立つから、ちょっと工夫しないとな……」
「え、でも、汐見さん、部署違うんじゃ……」
「まぁ、そうだけど……ヘッドハンティングしてくれた先輩が」
オレは本当に周りの人間に恵まれてるな、とつくづく思う。
人間関係でそこまでの泥沼はまだ経験していなかったから。
「ここの取締役と仲がよくて……って、これ、オフレコだぞ」
「え? あ、はい……」
「オレなんかの力でどうにかできるものじゃないとは思うが、佐藤さんが辞める必要はないって話だ」
「は、ぁ……」
オレは学生時代から業界では割とハンドルネームが知られていた。主にVCSの世界で。パブリックコードをUPしたり技術ブログをやってたこともあって、ブラック体制になって死にそうな話をそういった場所で吐露していると、色々な人から声をかけられた。その中で一番面白そうだと思ったのと、リアル知り合いからの紹介なら大丈夫だろうと、この会社に転職したのだ。
その時に声をかけてくれた先輩が、この会社に口利きをしてくれた。大学の先輩ではあったが、先輩と言っても実際には10歳以上離れていて、その人自身はすでに独立起業していた。本当は自分の会社に呼びたいが、まだ満足に給料が支払えないから残念すぎるけど君をあの会社に紹介したい、と言われて
自分の影響力が全く及ばない組織で下働きさせられると削られるだけだな。と以前の会社で痛感したので、転職情報には慎重にアンテナを張っていたところだった。
〝その時のいろんなことが……こんなところで人助けできることにつながるとは、なぁ……〟
人の
そう、思った。
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