第048話 首狩り、ツンデレ狼と見回りに行く
アックはカフェを営業をしながらマリアと会話をしていた。
客は最大でも3人しか来ないのでこのくらい余裕だ。ティナと暇なモンスターたちは席の一角でお絵描きをしている。
「まさか街の外が危険だと思われているとは知らなかった……」
「戦闘とは無縁の一般人にとって野生のモンスターは脅威そのものです。あれ程大きな氷像であれば、そういう噂がたっても仕方ありませんよ。とはいえ、住民たちがあまり外に出たがらないのは、私たち騎士団の力不足のせいもありますので、いたたまれないのですが」
騎士団から説教を受けてようやくカフェにあまり人が来ない理由を知った。
多くの人にとってモンスターとは襲われれば命を落としかねない恐ろしいもの。
騎士団が定期的に近隣の見回りをしてモンスターを駆除しているものの、土地が広すぎて全てのモンスターを倒すには人が足りない。それに一度倒しても、区切る壁などがあるわけではないので、他の場所からモンスターが流れてくるのを止める手立てはない。
そのため、どうしても被害をゼロにはできず、住民たちには潜在的な恐怖が残ったまま。
アックも小さい頃は怖かったが、強くなりすぎて脅威にならなくなったせいで、いつの間にかそういう気持ちはなくなっていた。
慣れとは怖いものだ。
「解決は難しそうだな」
アックは眉間に皺を寄せながら呟いた。
住民に長年染みついている認識を変えるのは一朝一夕でできることではない。
仮に周りのモンスターを全滅させたところで、それを街の人たち全員に証明できるわけではないし、言ったところで誰も信じやしない。
住民たちの恐怖が薄れるまで長い年月が掛かるだろう。
鍛錬も、縫物も、お絵描きもどれもこれもコツコツとやり続けた結果、今の実力を身に着けた。
お客さんも長い目で見て増やしていくしかない。
そう思っていたアックだが、マリアの次の言葉で自分がこの街に住み着いたことで思わぬ恩恵をもたらしていることを知る。
「いえ、そうとも言い切れません。アックさんが来た頃から周辺ではあまりモンスターを見かけなくなりました。リムさんが来てからはそれがより顕著に表れています」
それはアックという圧倒的に強い存在が街の近くにいることで、付近にいたモンスターが逃げ出しているという事実。さらに、最強格のフェンリルであるリムも加わったことで、その効果はさらに増しているという。
マリアも見回りに参加したが、肉食系のモンスターをほとんど見ていない。
おかげで近隣の駆除に手を割かずともよくなり、他の街との交易路のモンスター駆除の遠征を組めるようになって、商人や旅人の被害も激減していた。
「ふんっ。我が居れば、モンスターたちが寄って来なくなるのは当然だろう」
さも当然と言いたげなリムだが、顔は緩み、尻尾がパタパタと振られている。
分かりやすいツンデレ狼だ。
「はい。お二人のおかげで街の周辺と主要な道が安全になっています。これから徐々に人の行き来が増加し、ファームレスト周辺でモンスターの被害に遭う人がいないという噂が広まれば、住民たちはいずれ安心して街の外に出るようになるはずです」
マリアの話は思いもよらぬことだったが、理解できる内容だった。
アックは自身が圧倒的に強いことを自覚している。
傭兵時代、名が轟くようになってくると、自分に挑んでくる相手は極端に少なくなった。残ったのは、自分の力に自信がある猛者か、アックと自分の力量差を理解できない大馬鹿だけだ。
ファームレスト付近も今同じ状態になっているということだろう。
「それなら後はできることをやるだけだな」
それならアックができることは、そういうモンスターを叩きのめして完全にこの辺りを自分たちの支配下に置くことだ。
「騎士団としても協力できることはさせていただきます」
マリアも同意するようににこやかに笑った。
カフェを閉め、夕食を食べて後片付けをした後、アックが席を立つ。
「少し出かけてくる」
「我も行こう。少し体が鈍っていると思っていたところだ」
何をしに行くのか理解したリムもアックも立ちあがった。
「今日帰ってくる?」
ティナが椅子を降りてアックの足にしがみついて見上げた。
グレードブリザード山から帰ってきて以来、ティナはアックから余り離れたがらない。
置いて行かれてしまうのではないかと不安なのだろう。
「安心しろ。少し散歩してくるだけだ。すぐに帰ってくる」
しゃがんでティナの頭を優しく撫で、ギュッと抱きしめる。
「分かった」
安心したティナはアックから離れた。
アックとリムは家を出てモンスターの気配を探る。近隣で一般人を襲いそうな肉食系のモンスターを殲滅していく。
「久々に体を動かしたが、いい気分だ」
森の中を駆けまわり、フェンリルとしての狩猟本能を発揮していなかったストレスが発散され、リムは嬉しそうに尻尾を激しく揺らして興奮していた。
「それは良かった。定期的に一緒に見回りをしてくれないか?」
「ふんっ。群れの長の命令とあれば仕方ない。協力してやろう」
頼られたのが嬉しくてリムの尻尾の揺れが激しさを増す。
「さてと、残りは――」
「うわぁああああっ!!」
他に危険なモンスターがいないか探ろうとしたその時、人間の悲鳴が聞こえた。
「行くぞ」
「うむ」
すぐに現場に駆け付けると、かなり若い冒険者らしき少年少女たちが、モンスターの群れに襲われているのが目に入る。
「我に任せろ」
気分が高揚しているリムがブリザートブレスを放った。
それだけで冒険者たちの前に居たモンスターの群れは森ごと全て凍り付く。
『は?』
冒険者たちは何が起こったのか理解できずに間抜け面を晒した。
「大丈夫か?」
アックとリムが近寄って話しかけると、冒険者たちがギギギとブリキ人形のように声が聞こえた方に顔を向ける。
『ひぇええええええっ、化け物ぉおおおおっ!!』
アックたちを視界に入れた瞬間、冒険者たちは恐怖に慄き、気を失ってしまった。
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