第046話 首狩り、クール系女騎士に借りを作る

 翌日、アックはいつも通りカフェの営業を始めた。


 ――チリンチリンッ


 マリアは侵入者の件で忙しいようで来店せず、一番最初に店を訪れたのは、真面目眼鏡青年だった。


 青年が汗を掻きながら店に入ってくる。


「うわぁ、涼しいですね!!」


 まず店内の涼しさに驚く。


 リムが冷気を操って店内の室温を適度に冷やしているのだ。


 そのおかげでティナもモンスターたちも快適に過ごせるようになった。以前のようにぐったりしている姿は見られず、各々思い思いに過ごしている。


「な、なんですか、その大きな狼は!?」


 涼しさを堪能した後、店舗スペースの広い場所に寝そべるリムに気づいてビクリとした。


 テイマーは少なからず存在するが、リムほど大きくて強そうな狼を従えている人間は少ない。恐怖を感じるのも無理もないだろう。


「ただの狼と一緒にするな。我は誇り高きフェンリルの一族だぞ?」


 リムはうっすらと目を開いて不機嫌そうに話す。


「しゃべったぁ!? それにフェンリルだって!?」


 マリアも驚いていたが、喋るモンスターはそれだけ珍しい。しかもフェンリルと言えば伝説のモンスター。出会えるのはほんの一握り。青年の反応も当然だ。


「新しい家族のリムだ。仲良くしてくれ」

「よ、よろしくお願いしますね、リムさん」

「ふん、我は群れ以外の人間は知らぬ。まぁ貢物をするのなら考えなくもないがな」

「えっと、これは……」


 自分の挨拶にそっけのない態度をとるリムに困惑し、アックの方を見る青年。


「大丈夫だ。リムも喜んでいる」

「だ、誰がそんなことを言ったのだ!? ふざけたことを抜かすな!!」


 リムはアックの言葉を聞いて立ち上がって威嚇する。しかし、その尻尾は大きく揺れていて実は喜んでいることがまるわかりだった。


「これでも食べていろ」

「こ、こんなもので我が……もぐもぐ……懐柔される思ったら大間違いなんだからな!!」


 アックがリムの前に大盛りのナポリタンを置くと、文句を垂れながら食べ始めた。言葉とは裏腹に嬉しそうに食べている。


「分かったか?」

「えぇ、はぁ、なんとなくは」


 アックが青年に尋ねると、青年は戸惑いつつも納得した。


 たった数回のやり取りだが、青年はリムがツンデレ狼であることを悟る。


「フェンリルのリムだ。よろしくな」

「うむ」


 後から来たクラーフにも紹介したが、クラーフは年の功のせいか、それほど驚かなかった。


 だが、内心ではとても驚いていた。



 アックが帰ってきて数日後、街の広場でとある発表がされた。


 それは、多数の犯罪に関与している闇組織『闇の目』の構成員が騎士団の作戦によって根こそぎ捕まえることができたという内容だ。


 主要メンバーは、後日処刑が決まっている。


 関与していた思われる事件が公表されると、闇の目の被害者たちは涙を流して喜んだ。


 ただ、闇の目のメンバーはただの住民として街に溶け込んでいた人物が多く、周りの人たちは犯罪者組織に加担しているとは信じられない人も少なくなかった。


 マリアの家に謝罪に向かったアックは困惑した。なぜなら、ティナの脱走が闇の目捕縛作戦の計画の内になっていたからだ。


 今回の作戦は、騎士団長とマリアしか知らない極秘事項。他の団員にも知らされず、ずっと秘密裏に進められていた。


 ある程度証拠を掴み、機を窺っていたところ、闇の目がティナに目を付けたことに気づいた。


 ティナは騎士団が闇の目を捕まえるための囮になった。


 ティナが家から逃げ出したのも、それを見逃した家人たちも、一般人に扮した闇の目の構成員やティナたちを素通りさせてしまった門番たちも、全て計画通りだからお咎めなし。


 そういう筋書きだ。


 方々において丸く収まるのがこの計画だった。


「それはよくないだろ?」

「誰も損していないどころか、得しかありません。今回の件がなくても、彼らは処刑か、終身奴隷落ちが確定している身です。多少話が違ったところで何も問題ありませんよ」

「いや、俺の気が済まないんだが……」


 アックも傭兵時代に汚い部分も散々見てきたので、そういうことが必要な時もあるのは分かる。


 だが、悪人とはいえ自分たちの落ち度まで着せてしまうのはどうかと思い、渋い顔をした。


「隊員たちにはそういうことで説明してしまいましたし、もう変更できませんので」


 マリアはアックならそう言いそうだと思ったので、勝手に騎士団長と話を付け、上手いこと辻褄を合わせて団員たちに周知した。


 家人たちは元よりマリアの味方。全員がそういうことで口裏を合わせることになっている。


「はぁ……分かった。せめてこれから騎士団の人が来たらサービスさせてもらおう。今回は本当に助かった。礼を言う」


 すでに広まってしまった話をなかったことにするのは難しい。


 アックは観念して深々と頭を下げた。


「いえいえ、どういたしまして」

「何か手に負えないことがあったら俺も手を貸そう」


 店のサービスだけでは釣り合わない。もし、マリアが困っていたら自分も助けることに決めた。


「ありがとうございます。その時は遠慮なく頼らせてもらいますね」


 アックはマリアに大きな借りを作ることになった。

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