第044話 首狩り、家族と再会する

 闇の目がもふもふカフェに突入した頃。


 マリアの言葉に衝撃を受けたアックは我に返る。


「どういうことだ?」

「実は……」

「……そういうことか」


 マリアの話を聞いてアックは逆に落ち着いてきた。


 スノーが一緒にいる限り、ティナが誘拐なんてされるはずないし、ましてや死んでいるはずもない。


 アックはティナの居る場所に見当がついた。


「すみません。私が目を離したばっかりに……」

「いや、これは俺が悪い。申し訳ない」


 お互いに頭を下げ合う二人。


「そんなことはありません。今回の件は私がきちんと見ていなかったから……」

「そうじゃない。ティナは自分で出ていったんだ。おそらく家に戻っている」

「ど、どういうことですか!?」


 マリアはアックの話を聞いてガバリと顔を上げた。


 屋敷内では頻繁な巡回を行っていて、外でも兵士が見回りをしている中、ティナだけの力で外に出るのは難しいはずだ。


 マリアにはアックの言っていることが理解できなかった。


「寂しかったんだろう。それで、マリアまでいなくなって耐えきれなくなった。そして、スノーたちと一緒に家を抜け出した。スノーは見た目よりずっと強いし、シフォンたちとシルンもモンスターだ。全員で力を合せれば、屋敷内の人の目を掻い潜ることも、家の外の塀を乗り越えることもわけはない。門番が目撃したというウサギはスノーだろう。スノーが門番の気を引いて、その隙に内門と街門を外に出たんだ。だから、今回の件は、ティナの気持ちを推し量れず、マリアにスノーたちのことをきちんと話さなかった俺が全面的に悪い。すまなかった」


 アックは珍しく長く言葉を紡いだ。


 マリアの様子を見て、そうしなければならないと感じたからだ。


 彼女には本当に悪いことをした。


「そうだったんですね……」

「ああ。本当にすまない」


 気が抜けたように地面に腰を下ろすマリアに、アックは頭を下げることしかできなかった。


「いつまでそうしているつもりだ?」

「え、誰?」


 アックとは違う声に、マリアが驚いて辺りを見回す。


 今はまだ真夜中。外にいる人間は限られている。ここにはアックとマリア、そして少し大きな狼しかいない。


 アックとマリア以外に言葉を発する存在はいないはずだ。


「我はリム。偉大なるフェンリルの一族なり」

「しゃ……」


 リムがもう一度話すと、マリアがプルプルと腕を震わせながらリムを指をさす。


「しゃ?」


 アックはマリアの行動の意味が分からず首を傾げた。


「しゃべったぁああああああああっ!!」


 マリアは今までの苦労も忘れ、喋るモンスターが目の前にいることに衝撃を受け、大声で叫んだ。


 夜の街にマリアの声が木霊した。



「落ち着いたか?」

「は、はい……まさか生きている間にフェンリルに出逢うことがあるとは思いませんでしたので……」

「ふん、我は珍獣ではないぞ」


 しばらく硬直していたマリアを落ち着かせ、手を取って立ち上がらせる。


 リムは不満げに見えて尻尾を振っているから問題ないだろう。


「とりあえず、リムの言う通り家に行こう。大丈夫だとは思うが、ティナが心配だ」

「そ、そうですね」


 2人と1匹はもふもふカフェへと向かった。


 家の鍵を開けて扉を開けると、中から白目を剥いた男がアックの方に仰向けにパタリと倒れ込んでくる。


 見覚えのない男だった。


「誰だ、こいつは?」

「分かりませんが、アックさんの家にこんな時間に侵入している時点で碌な輩ではないでしょう」

「まぁいい」


 アックは意識を失っている男を無視して家の中に入る。


「これは……」

「どうやら目を付けられていたらしいな」


 そこには数十人もの死屍累々の光景が。


 全員の服装や体つきを見る限り、訓練された人間たちだと分かった。


 組織だった者たちが何かを手に入れるために侵入したのは明白だ。

 

「……息はありますね」

「スノーが撃退してくれたんだろう」


 マリアがしゃがんで脈や呼吸を確認した。


 彼らは死んでいるわけではなく、全員気絶しているだけだ。


 アックはスノーに人間を殺さないように指示していた。それをきちんと守ってくれたらしい。


「キュッ」

「ティナは無事か?」


 話しているとスノーがアックの胸に飛び込んできて頭を擦り付ける。


「キュウッ!!」


 スノーは当然とでも言うように鳴いてアックの腕を抜け出し、居住スペースの方に走っていく。


 アックたちはスノーの後をついていった。


 寝室に入ると、シフォンたちとシルンが起きてベッドを飛び降り、アックの足元に群がる。


 そして、ここにも床で気を失う男たち。目的が判明した。どうやら後でお仕置きが必要なようだ。


 奥にある特注品の大きなベッドの真ん中のこんもりとした小さな山。その山は小さく上下していた。


「すー、すー」


 誰かが横たわり、静かな寝息を立てている。傍まで近づくとティナが丸まるようにして眠っていた。


「あぁ……本当に無事でよかった……」


 マリアがティナの無事な姿を見て、ドスンとその場に崩れ落ちる。


 知り合いから預かった子供が、誰かに拉致されたり、死んだりしたかもしれないと考えたら気が気じゃなかっただろう。


 後でマリアにはお詫びをしなければなるまい。


「ん……んん……」


 マリアがしりもちをついた音で、ベッドの上の眠りの姫の瞳がゆっくりと開いていく。


 そして、ぼんやりとして焦点の合わない瞳がアックを捉えてから数秒後、しっかりと焦点があったその瞳は大きく見開かれた。


「アック」


 もぞもぞと動いてアックにしがみつくティナ。


「ただいま。すまない。寂しい思いをさせた」

「う、うう、おかえり、なさい……うわーん」


 アックはティナを抱きあげて謝罪すると、ティナは安堵で心が一杯になり、普段は出さないような大声でわんわん泣いた。

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