第043話 闇組織、恐怖を味わう

 闇の目のメンバーがもふもふカフェに忍び込んで既に5分以上の時間が経過していた。


 誰一人として建物から出てこないため、取り囲んでいるメンバー達がざわつき始める。


「静かにしろ。なんで誰も戻ってこないんだ?」


 メンバーを黙らせた後、ボスはポツリと呟いた。


 盗みに入る時は極力短時間で済ませるのが基本だ。現場に長く滞在すればするほど目撃されたり、家主と遭遇したりするリスクが高まる。


 だから、任務を達成したらすぐに撤退するように教育してきた。


 それなのに誰も建物から出てこない。つまり、侵入したメンバーが何か予期せぬ出来事に巻き込まれている可能性がある。


 ボスはすぐに次の指示を出した。


「様子を見てこい。念のため人数も増やせ」

「承知しました」


 さらに追加で8人がカフェの中に入っていく。


 訓練を積んだ人間が8人。4人では無理でも流石に8人なら任務を達成できる。


 ボスはそう思っていた。


 だが、その8人も1分、2分、3分……いくら待っても戻って来なかった。


「……」


 辺りを沈黙が包み込む。


 誰もがこの結果を予想できていなかった。


「いったい何が起こってるんだ……」


 ボスは急に不安になってきた。


 家の中にはターゲットになっている幼い少女と、小動物系の戦闘力が皆無なモンスターたちしかいないはずだ。


 それなのに、中に入った人間が誰も帰って来ない。何か得体のしれない事態が起こっているに違いない。


 撤退すべきか……。


 自分が理解できない何かが起こっている時点で撤退すべきだ。ここで引けば、12人の被害だけで済むが、さらに人員を送れば、もっと被害が増える恐れがある。


 だが、ここまでやっておいてターゲットを諦めるのは惜しい。


 ここで逃がせば、もう2度とこれほど大きなチャンスはやってこないだろう。それに、今回のターゲットほど高値が付く存在と出会える可能性は限りなく低い。


 組織の安全か、2度と訪れない程の大儲けか。


 ボスの心の中でその2つが激しく葛藤する。


 そして暫く考えた後、ボスは決めた、一か八かの賭けに出ることに。今まで引き際を弁えることで生き残ってきた闇の目のボスだが、今回は攻める選択をした。


「今度は全員で行くぞ」

「承知しました」


 もう出し惜しみはしない。


 ボスが自ら先頭に立ち、カフェの店内に足を踏み入れる。


 屋内は、レトロな雰囲気とアンティークな雰囲気が掛け合わされたような不思議な空間が広がっていた。席同士は十分な距離が開いていて、ゆったりとした造りになっている。


 今のところ何もおかしなところはない。


「何人かは仲間の捜索に当たれ」

「かしこまりました」


 いくつかのグループに分かれ、仲間を探しながら奥へと歩を進んでいく。


 ――ギィィィィッ、バタンッ


 ただ、全員がカフェの中に入ると、扉が勝手に閉まった。


 ――ドンドンドンッ


 しかも、扉を開けようとしてもビクともしない。


「ボス、扉が開きません!!」

「なんだと!?」


 そして、それは窓も同じだ。どこかから逃げ出そうとしても、全く開くことも壊れることもなかった。


 退路がない。こうなったらもう奥に進むしかない。


 ボスを先頭にして再び居住スペースを目指して進んでいく。

 

「うっ」


 店舗スペースから居住スペースに差し掛かった頃、後ろでバタンと大きな音がした。


「どうした!!」

「1人やられました!!」

「なんだと!?」


 周りにそれらしい気配はないのに、仲間がやられてしまった。


「うっ」


 そして、再びメンバーが崩れ落ちる。


「なんだ。いったい何が起こっている!!」

「わ、分かりません!! 何の前触れもなく仲間が倒れました!!」

「バカな……」


 気配を探る技術には自信がある。


 そうじゃなければ今まで生き残れなかった。それにもかかわらず、敵の存在を感じ取ることができない。


 それがボスにはあまりに信じられなかった。


「うっ」


 そしてまた1人メンバーが倒れる。


 また1人、また1人と徐々にメンバーの数が減っていく。もう既に立っているメンバーは半分以下になってしまった。


「なんなんだ……何がどうなっているんだ!!」


 ボスが錯乱しながら叫ぶ。


「キュウ?」


 すると、ボスの前に白いウサギが姿を現した。そのウサギはあざとく首を傾げる。


「シロウサギ?」


 パッと見シロウサギに見えるが、ボスは得も言われぬ雰囲気の中に、ただのシロウサギがいることに違和感を持った。


 1つの仮説が脳裏に浮かび上がってくる。


「ヴォーパルバニー……」


 ボスがそう呟いた直後、ウサギはニタァと口が裂けるように笑った。


 ヴォーパルバニーは見た目とは裏腹に、とんでもない隠密性と、一撃必殺の攻撃力をもつ最強の暗殺者。


 たかだか街に巣くう裏組織のボス程度が叶う相手ではなかった。


「ひっ……」


 そこでボスはようやく自分が間違った選択をしたことを悟る。


「逃げろ!! ここから逃げるんだ!!」


 ボスの声で扉に群がる闇の目の構成員たち。


「出せ!! ここから出せ!!」

「死にたくねぇええええっ!!」

「助けてくれぇええええっ!!」


 しかし、何人がかりであろうとも、なぜか扉はビクともしなかった。


「うっ」


 その間にも次々と人がその場に倒れ伏していく。


 気づけば、ボスがたった一人その場にとり残された。


「ひぃいいいいいいっ!!」


 余りの恐怖で顔を引きつらせながら甲高い悲鳴を上げる。


 裏の世界を生きてきたボスとは思えない声だ。


「キュキュウ?」


 ボスの背後からウサギの声が聞こえた。


「うわぁあああああっ!!」


 その瞬間、ファームレストに巣くう闇組織の一つ『闇の目』のボスともあろう者が、情けない顔で死に物狂いで居住スペースの方に走りだした。


 店舗スペースとは別に居住スペースにも出入り口があるからだ。


「キュウ」

「キュッ」

「キュキュ」


 必死に走っているのに耳もとで聞こえ続けるウサギの声。


「止めろ、止めてくれぇええええっ!!」


 逃げられないぞ。


 そう言われているようでボスの心が恐怖で塗りつぶされていく。そして、やっとの思いで居住スペースの入り口に辿り着いた。


 ――ガチャガチャガチャガチャッ


 しかし、なぜかその扉も開かない。


「キュッ」


 ウサギの声が聞こえて振り返ると、ウサギが床に座っていた。


「キュンッ」


 ウサギはピョンと飛び跳ねてボスとの距離を詰める。


「キュキュンッ」

「来るな!!」


 ボスは扉に背中を貼り付けて、顔を引きつけながら叫んだ。


「キュキュキュンッ」


 しかし、ボスの言葉などウサギが聞く由ない。


 ウサギは恐怖を煽るように少しずつ少しずつボスへと近づいてきた。


 そして、もう後一度跳べば、確実にボスへと届くことへとたどり着いたウサギ。


 ウサギはニタリと笑う。


「止めろ、止めてくれ……」

「キュウウウウウッ!!」


 ボスが恐怖で怯える中、ウサギは思いきり飛び掛かった。


「うわぁあああああああっ!!」


 ボスはひと際大きな悲鳴を上げた後、白目をむいて意識を失って後ろに倒れる。


 先程までと違い、居住スペースの扉が外側に向かってゆっくりと開いた。


 そこには巨大な影が立っていた。

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