第042話 首狩り、街に帰還する

「名前はリムでどうだ?」


 フェンリルの名前はクリームから取った。フェンリルを一目見た時、泡立てた生クリームのようにふんわりして見えたからだ。


 白という意味のブランというのも捨てがたいが、フェンリルにはリムの方が合っている気がした。


「ふん。仕方あるまい。それで我慢してやろう」


 フェンリルはそっぽを向いて応えた。


 ただし、その尻尾はブンブンと激しく振られている。嬉しいと尻尾を振ってしまうのは狼系モンスターに共通の特徴だ。


 つまり、態度とは裏腹に気に入ったということ。リムはとても分かりやすいツンデレ狼だった。


 アックはその様子を見て微笑ましい気持ちになった。


 ――ゴォオオオオオオッ


 ただ、あまりの勢いで雲よりも上に居るはずなのに吹雪が吹き荒れる。治まるまで少し時間が掛かった。


「俺はアックという。これからよろしくな」

「うむ」


 アックが手を差し出すと、リムもその大きな前脚を持ち上げ、お互いの手を触れ合せる。手の大きさが違い過ぎて握手はできないが、それが親愛の証だ。


「それじゃあ、万年氷を獲りに行くか」

「必要あるまい」


 アックが洞窟に向かおうとすると、リムに引き留められる。


「なぜだ?」

「我が居れば周囲の気温を下げるなど容易い。氷が必要であれば出してやろう」

「なるほどな」


 本来の目的は店で提供するかき氷に必要な氷を持って帰ることだ。そのついでに室内の温度を下げるために万年氷も獲って帰ろうと思っていた。そして、あわよくばもふもふに会えたら、と。


 しかし、フェンリルによって目的が果たせるのなら普通の氷も万年氷も必要はない。


 ただ、それでもアックは万年氷を持って帰りたかった。


「持って帰る。ティナたちに見せてやりたい」


 溶けるのに長い年月が掛かる万年氷なんて普通に生きていたら一生見る機会はない。折角グレートブリザード山まで来たんだ。ここまで来たの記念があってもいいだろう。


「ティナというのはお主の群れの仲間か?」


 リムは初めて聞く名前が気になった。


「ああ。血は繋がっていないが、俺の娘だ」

「ふむ。アックの言う通り、確かに人間の娘にはもの珍しいかもしれんな」

「だろう? 仲良くしてやってくれ」

「ふんっ。その娘次第だな」


 リムはアックの言葉を聞いて控えめに尻尾を振って嬉しそうにする。自分も群れの一員となったことが嬉しかったのだ。


 その様子を尻目にアックは洞窟の中に入っていく。しばらくすると、正気に戻ったリムが追ってきた。


 洞窟の中は壁が氷で覆われていて青白く見える。随所に宝石のような形と光沢を放つ氷の結晶があり、洞窟内を彩っている。


 まるで芸術のような内部の空間にアックは感嘆の声を上げた。


「綺麗だな」

「そうであろう。だから、我はここに棲みついたのだ。アレは我が集めてきた宝石の数々だ。アレは人間の王が受け取ってくれというから仕方なく受け取った宝物だ。それから……」


 洞窟の中に置いてあるアイテムの数々を自慢げな顔で解説するリム。


 今まで自慢する相手も居なかったのだろう。話し始めたリムは止まらない。誰かの話を書くのは嫌いじゃないので、アックは好きにさせることにした。


「あそこが万年氷がある場所だ」

「ほぉ」


 洞窟の奥は広場のようになっていて、奥の壁が全て氷になっていた。


 その氷からはただの氷からは感じられない魔力が発せられている。魔力を含んだ水が長い年月をかけて凍ったことで、溶けるのにも相応の時間が掛かる魔氷ともいうべき物に変化したのだろう。


「好きなだけ持っていけ」

「分かった。ふんっ」


 許可を得たアックは、万年氷を手刀で斬り裂いた。


「我の攻撃が効かないことと言い。お主の体は本当にどうなっているんだ……」

「知らん」


 あっさりと万年氷を斬り裂いたアックに呆然とするリムを放置して、アックは切り分けた万年氷をマジックバッグの中に放り込む。


「帰るぞ」

「うむ」


 用事を済ませたアックとリムは洞窟を後にして、山の端にやって来る。


「ここからどうやって降りるつもりだ?」

「こうやってだが?」


 昇ってきたのは断崖絶壁。来た時と同じように降りていたのでは時間がかかる。


 だが、アックはなんでもないように飛び降りた。


「はぁ!?」


 リムは顎が外れそうなくらいに口を大きく開いて驚愕して硬直した。


 アックは裾野の方に向かってグライダーのように落下していく。


 ――ドォオオオンッ


 落ちてきたアックは器用に体勢を変えて足から地面に着地すると、少し遅れてカチカチに固まった雪がクレーターのように大きく凹んだ。


「我はとんでもない人間の群れに入ってしまったのかもしれないな」


 しばらくして追いついてきたリムが呆れるようにぼやいた。


「ついてこい」


 アックは南へと走り始める。


「我のスピードよりも速いとは……」


 リムはアックの走るスピードを見て、何一つ敵わなくて少し自信を無くしたのであった。



 吹雪地帯を抜けたころ、アックがリムに尋ねる。


「今の大きさだと、一般人が怯えるし、家にも街にも入れそうにないんだが、どうにかならないか?」

「ふむ。これならどうだ?」


 アックの質問に答えながら小さくなっていくリム。最終的に少し大きめの狼になった。


「それなら問題ないだろう」


 この大きさなら騒ぎにはならないだろうと思ったアックは、そのままリムを連れて走り続けた。


「何か言うことはないのか!?」


 体の大きさを変えられることに触れられなかったリムは不機嫌そうに叫んだ。


 寝ずに走り続け、ファームレストに帰ってきたのは真夜中。


 流石にこの時間にマリアの家を尋ねるわけにも行かない。そう思ってギルドでリムの従魔登録だけ済ませて家に帰ろうと歩いていると、見おぼえのある人物を見つけた。


 ひどく焦っているようだ。


「どうしたんだ?」

 

 後ろからアックが話しかけると、その人物――マリアは振り返って真っ青な顔でこういった。


「申し訳ありません。ティナさんたちが居なくなりました」


 アックは一瞬マリアが何を言っているのか理解できなかった。

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