第038話 首狩り、巨大もふもふと力比べをする

 その狼はアックの数倍は体高があった。


 視界を埋め尽くすもふもふ。それはもふもふの暴力だ。


 しゃ、喋るもふもふだと!?


 アックは目の前でお座りして自分を見下ろしている狼に驚愕する。


 テイマーならモンスターとある程度意思疎通ができるが、完全に人間の言葉を話せるモンスターは非常に少ない。


 そんなことをできるのはモンスターの中でもかなり高位な種族だけ。


 つまり、目の前の狼は通常の狼型モンスターが突然変異した個体などではなく、超高位モンスターの可能性が高い。


 アックはそんな存在にひとつだけ心当たりがあった。


 それはフェンリルと呼ばれる伝説の狼型モンスターだ。


 体長は10メートルを超え、青白いふさふさした毛並みを持っていて、冷気を操る世界最強の種族の一角であるという。


 フェンリルはその強さと凛々しい容姿ゆえにテイマーなら誰もが憧れる。当然アックも小さい頃に本で目にして以来、ずっと憧れていた。


 そして、フェンリルはそのふさふさした毛並みから、キングオブもふもふの名を欲しいままにしている。


 そのフェンリルを目の前にして思わず飛び掛かってしまいそうになるが、アックはなんとか理性を保ち、質問に答えた。


「その洞窟にある万年氷を獲りに来た」

「我の住処の奥にある氷か」

「暑さを和らげることができると聞いてな」

「そういうことか」


 アックの答えを聞いたフェンリルは納得顔になる。


 フェンリルも万年氷のことは知っていたが、最近の人間は凄く弱いので、グレートブリザード山の過酷な環境を乗り越え、誰かが獲りに来るとは思っていなかった。


 だから、その過酷な環境を越えてきたアックに興味を持ち、声を掛けたのである。


 続けてアックは口を開いた。


「それと、お前に会ってみたかった」

「……なぜだ?」

「もしできることなら家族になって欲しいと思ったからだ」

「なんだと?」


 フェンリルは思ってもいなかった答えに困惑する。


 今までそんなことを一度も言われたことがなかった。


 なぜなら、フェンリルは確かにテイマーなら誰もが憧れるモンスターであると同時に、世界最強モンスターの一角だからだ。


 ほとんどの人間は、憧れていても絶対的な力を持つフェンリルに出逢った瞬間、恐怖の表情を浮かべて逃げ出してしまう。それ以外の人間も敵対的な行動をとるものばかり。


 傲慢な態度の人間はいたが、アックのようにこうも友好的な人間に出会ったことはない。


 フェンリルはそれだけの威圧感を放っていた。


「俺の家族になってくれないか?」


 フェンリルが聞き逃したのかと思い、もう一度尋ねるアック。


「本当にこの我を群れに迎えたいと?」

「そうだ」

「……よかろう」


 フェンリルは熟考した末に、首を縦に振った。


 フェンリルはもう数百年以上ずっと1人で過ごしてきた。それがフェンリルとしての生き方だとは言え、たった1人の生活は孤独で退屈だった。


 そして今、こうして誰かと話すのが楽しいと感じている自分がいることに気づく。


 アックは氷を手に入れたら帰ってしまうだろう。


 そう思うと、もっとこの人間と一緒にいたい、帰って欲しくない、という今まで経験したことのない感情に見舞われた。


 それは寂しさだった。


「本当か!?」


 まさか受け入れて貰えるとは思っていなかったアックは驚愕した。


「うむ。ただし、条件がある」


 ただ、天下のフェンリルがあっけなく仲間になったなどと思われるわけにはいかない。


 だから条件を出すことにした。


「それは?」

「我と力比べをして勝ったならお主の群れに加わってやろう」


 フェンリルに限らず、狼型モンスターは強いものに従うという習性がある。


 負けたのであれば、仲間になったとしても問題のない。


「そういうことか……」


 条件を聞いたアックは表情を曇らせた。


「どうした、怖気づいたか?」

「いや、お前を傷つけたくないと思ってな」


 アックはフェンリルを目の前にしてもなお全く負ける気がしなかった。それよりも自分の拳がもふもふを傷づけてしまうのが怖かったのだ。


「お前如きがこの我に傷をつけられるとでも? 舐められたものだ」

「そういうつもりはないんだがな」


 アックにその気はなくても、ただの人間に怪我の心配をされれば、圧倒的強者であるフェンリルが憤りを感じるのも無理もないだろう。


「ふんっ。その減らず口がいつまで続くか見ものだ。始めるぞ」

「いいだろう」


 お互いに戦闘態勢になった。


「ゆくぞ!!」


 フェンリルから動き出す。アックとの距離を詰め、前足を振り下ろした。


 ――ズンッ


 アックは逃げもせずに左腕を上げて防ぐ。攻撃の重さでアックが地面に少し沈んだ。


「なに!? 手加減しすぎたか、これではどうだ!!」


 フェンリルは自分の攻撃を意に介していないアックに驚きつつ、まるで吹きすさぶ嵐のように連続で引っ掻く。


 アックはその全てを腕を振るうだけで弾いた。


「これも効かぬとは……お前は本当に人間か?」


 まさか自分の攻撃の全てをいなしてしまう人間がいるとは思わずフェンリルは驚愕した。


「どこにでもいるただの人間だ」

「そんなわけあるか!! しかし、これなら防げまい」


 フェンリルはアックの答えにツッコみつつ距離を取り、口を大きく開けて真っ白な息を吐いた。


 それはフェンリルの必殺技、ブリザードブレス。万物を凍てつかせる冷気がアックに襲い掛かる。


 アックはブリザードブレスに飲み込まれてしまった。


 息が晴れると、そこには氷に包まれたアックが姿を現す。


「少しは期待したのだがな……」


 あっけなく終わってしまい、孤独で退屈な生活から抜け出せると思っていたフェンリルは落胆する。


 ――ピシピシッ、パリーンッ


 しかし、それは時期尚早。


 覆っていた氷が割れると、アックは無傷だった。


「バカな……」


 信じられないものを見て呆然とするフェンリル。


 ブリザードブレスが防がれたのは、自分と同じ最強種のエンシェントドラゴンと戦った時のみ。


 それ以外で防がれた記憶は一度もない。まして人間などもってのほかだ。


「まだ続けるか?」

「っ、勿論だ!!」


 アックの言葉に我に返り、再び攻撃を仕掛けるフェンリル。


 驚いてばかりだったが、久しぶりに自分が本気になれる相手を見つけて気持ちが高揚してきた。


 それから幾度となくフェンリルの攻撃がアックに襲い掛かる。


 しかし、そのどれもがアックに傷をつけることは叶わなかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……我の負けだ……」


 何時間も攻撃し続けたフェンリルは、自分の攻撃を全く寄せ付けないアックにようやく負けを認める。


 アックはフェンリルを傷つけることなく勝利した。


「約束は守ってくれるか?」

「勿論だ。フェンリルに二言はない」

「そうか。それじゃあテイムさせてもらうぞ」

「うむ」


 こうしてもふもふカフェにまた新たな仲間が加わることとなった。

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