第039話 幼女、家を抜け出す

「ん……んん……」


 寝付けなかったティナも気づけば眠っていて、窓の外から刺す太陽の光で目を覚ます。


 腕の中にいるスノーやシフォンたちはまだ眠っていた。


 外はすっかり日が昇っていて、普段起きている時間よりもずっと遅いことが分かる。その上、いつも近くに感じる暖かさがないことに気づいた。


「アック」


 ティナは自分が心を許す人物の名を呼ぶが、返事がない。


 不安になって上体を起こして辺りを見回すと、もふもふカフェの自宅スペースではなかった。


 そうしてようやく自分がマリアの家に泊まったことを思い出す。


 ――ガチャリッ


 ちょうどいいタイミングで扉が開き、既に身支度を済ませたマリアが入ってきた。


「あ、おはようございます」

「おはよ。アックは?」


 開口一番に確認するのはやはりアックのこと。ティナにとってそれだけアックの存在は大きい。


「まだ帰ってきていませんね。グレードブリザード山はかなり遠い場所です。アックさんでも行って帰ってくるのにもう少し時間がかかるでしょう」

「そう……」

 

 アックが帰ってきていないことにしょんぼりとするティナ。


 アックと出会って数カ月。今はまだアックあってこそのティナなのだ。


「そ、そうだ。ご飯を食べましょう。準備をさせていただきました」

「分かった」


 手を叩いて誤魔化すように言うマリアに従い、スノーたちを起こして食堂に向かった。


 朝ご飯はパンとスープ、それにサラダという簡単なもの。


「ごちそうさま」


 スノーたちはいつも通りモリモリ食べていたが、ティナは半分も食べないうちに食べるのを止めてしまった。


「もういいんですか?」

「うん」


 アックが居なくて心細いティナは不安で食事もあまり通らない。


「分かりました。下げて何か甘い飲み物を」

「かしこまりました」


 マリアはティナの食事を下げさせ、飲み物だけ新しいものを出させる。ティナは食欲はないが、飲み物はチビチビと飲んだ。


 その様子を見てマリアは少し安堵する。


 スノーたちが食べ終わった後、マリアはティナを庭に連れ出した。家の中にいると気が滅入ると思ったからだ。


 貴族の家だけあって自宅の庭よりも広く、芝生も綺麗に整えられていた。


 スノーたちが解放感ではしゃぎ、走り回る。


 マリアとティナは庭にテーブルを設置し、日を遮るパラソルを立てて、冷たいジュースを飲みながらその光景を眺めていた。


「キュウキュウッ」

『クゥッ』

「クルルッ」


 ティナの元気がないのを悟ったスノーたちが、ティナをパラソルの下から連れ出そうと足下に集まって円らな瞳でティナを見つめる。


「分かった」


 ティナは乗り気ではなかったが、スノーたちの願いを無碍にもできず一緒についていった。


 スノーたちが逃げるとティナが追いかけ回し、逆に追いかけ回されると、ティナが逃げる。


 しばらく走り回った後、スノーたちが芝生にティナを倒し、励ますように全員で顔を舐め回した。


「うふふっ。くすっぐったい」


 ティナがはにかむように笑う。


 スノーたちの力もあり、ティナも少し元気が出てきた。


「いいなぁ~」


 その様子をマリアが羨ましそうに見つめていた。


 遊んだ後、お風呂で汗を流し、遅めの昼食を取った後、今日は縫物をして時間を過ごした。


 そして、あっという間に夜に。

 

「お嬢様、騎士団長の使いの方が来てます」

「分かった、すぐ行く。彼女たちを部屋へと案内してくれ」

「承知しました」


 夕食が終わる頃、メイドがマリアを呼びに来る。話を聞いたマリアは食堂の外に出ていき、ティナは昨日と同じようにマリアの自室へと案内された。


 マリアの自室はいつの間にかぬいぐるみが置かれていたり、寝具などの色合いが変わったり、少し可愛らしい雰囲気になっていた。


 マリアはティナのためだと言って自分好みの部屋に模様替えを始めたのだ。これからさらにカスタマイズするつもりだった。


 ティナがスノーを抱き、ベッドに腰かけて足をブラブラとさせていると、マリアが部屋に入って来る。


「ティナさん、すみません。私は仕事に行かなければならなくなりました。できるだけ早く戻ってきますので、先に休んでいてくださいね」

「分かった」


 マリアが膝をついて申し訳なさそうに話すと、ティナは素直に頷いた。


 ティナは眠る準備を済ませ、昨日と同じようにスノーを抱いてベッドに横になる。


 10分、30分、1時間。


 しかし、どれだけ経っても全く眠れそうにない。マリアがいないことが寂しさに拍車をかける。


 そして、それは爆発した。


 ティナはガバリと身体を起こす。


「キュウ?」


 その行動を不思議そうに見つめるスノー。


「帰るよ」


 ティナは我慢できなくなって自宅に帰ることにした。荷物を持ち、ドアの前に立つ。


「誰かいる?」

「キュイッ」


 外に誰もいないのを確認したティナは静かにドアを開けて部屋を出た。


「スノー、先に進んで」

「キュッ!!」


 スノーは器用に敬礼して先に走り出す。


 ティナとシフォンたちはスノーに先導され、まんまとマリアの家の外に出ることに成功。


 家の門には2人の門番がいたので庭に向かい、スノーたちが固まってティナを持ち上げて塀を飛び越えた。


 スノーは勿論のこと、シフォンたちもシルンもモンスターだ。このくらいなら容易い。


 夜の街は昼と違い、暗くて人が少なく、ティナの不安を駆り立てる。


 早く家に帰りたい。


「道は分かる?」

「クゥッ」


 ティナの質問に、シフォンが小さく返事をした。シフォンは馬車に載せられている間も外を観察していて。家までの経路を確認済み。


 シフォンが先頭に立ち、他のモンスターはティナを守りながら街の外へと向かう。


 内門は大きさが家の門とは段違いで、同じ手は使えそうにない。


 人通りの少ない時間帯のため門番はたった1人。


 そこでスノーが一計を案じる。


「キュキュウ?」

「なんだ? 迷子の兔か?」


 門番の前に姿を現したのだ。


 ティナたちは物陰に隠れて様子を窺う。


「うわっ、待て!!」


 スノーは門番の股下を掻い潜って内門の外に走った。


 内門の中にいたということは、貴族や富裕層のペットという可能性が高い。それを逃がしたら大騒ぎになってしまう。


 門番はすぐその後を追った。


 1人しかいない門番がいなくなれば、誰もいなくなる。その隙にティナたちは内門を潜った。街門も同じ手法で潜り抜けて、自宅に向かう。


 ――カチャリッ


 途中で門番を撒いたスノーと合流して家の前に到着。アックから預かっている鍵で家のカギを開けて中に入り、鍵を閉めた。


「ふぅ……」


 嗅ぎ慣れた匂いを目一杯に吸い込むと、一気に安心感が増す。


 シルンが全員を浄化すると、いつも寝ているベッドに潜り込んだ。そこにはアックの匂いが残っていて、ティナの寂しさを和らげる。


 そして、さらに寂しさを紛らわすためにスノーを抱き、枕元にシフォンたちとシルンが集まった。


 そのおかげでティナは気持ちが楽になり、ベッドの質が良いのも相まって眠りに落ちた。

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