第037話 首狩り、軽い山登りをする

 街から北上すること数分。


 アックはグレートブリザード山の裾野を駆け上がっていく。


 ここはマイナス20度を下回る極寒の地。周りに生物の反応が少ない。実際は本能的にアックを恐れて隠れている生物の方が圧倒的に多いが。


 さらに進んでいくと、吹雪がその様相を変えた。


 ――ビシビシビシッ


 吹雪どころか大きなひょうが吹き荒れてアックの肌にいくつも降り注ぐ。


 一般人ではこの段階で登頂が厳しいどころか、命すら危ういだろう。しかし、たかだか雹如きではアックの人間離れした肉体を傷つけることはできはしない。


 ただ、この山の脅威は雹を含む吹雪だけではない。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴッ


 吹雪と雹嵐の中、数分ほど走り続けると、今度は地鳴りと共に真っ白に染まった地面がグラグラと揺れる。


 視界が塞がって見えづらいが、それは上から迫ってきている雪崩の音だった。


 まるで津波のような勢いのある雪の壁がアックに襲い掛かる。アックはその雪崩から逃げることなく、そのまま真っ向からぶつかった。


 ――パァァァンッ!!


 普通なら雪崩に飲み込まれるはずだが、アックとただぶつかり合っただけで雪崩は消し飛んでしまった。


 その勢いで雪崩と吹雪が一時的に止み、視界が開ける。


「ウホッ!?」


 視線の先に真っ白な毛を持つゴリラ型のモンスターの群れが口をあんぐりと開けて呆然と立ち尽くしていた。


 実は先程の雪崩は彼らがアックという強大な敵を仕留めるために起こした災害。本来ならそれで終わるはずだったのに、ただ走ってぶつかっただけで粉微塵にされれば固まってしまうのも無理からぬことだ。


「あれは……フロストコングか」


 アックはフロストコングの体を覆う毛を見て目を光らせる。


 一瞬で距離を詰めて、その毛をむんずと触った。


「……」


 フロストコングの毛はもふもふではなく、ごわごわだった。


 がっかりだ。


 そんな相手には用はない。


「痛い目を見たくなければ去れ」


 傭兵時代のアックなら殺しに来た相手を生かしておくことはないが、今は無益な殺生をする気はない。


 フロストコングの肉は何をしても臭みが取れない上に、いくら煮込んでも柔らかくならないので食べられない。


 そんなモンスターは倒すだけ無駄だ。


 だから今回は逃がしてやることにした。


「ウホホホホホッ!! ウホッ、ウホッ、ウホッ」


 フロストコングのリーダーはアックに頭を下げ、焦ったように仲間たちをせっつく。動きが鈍い仲間を差し置いて、リーダーがアックの許から少しでも早く離れようと背中を向けて駆け出した。その後を群れの仲間が追った。


 彼らの背中を見送った後、止まっていた吹雪が再び吹き荒れる。


 そして、アックもまた目的地を目指して走り始めた。


「ふっ」


 数分後、絶壁のような壁が立ち塞がったが、アックは軽く息を吐くと、その大柄の体に似つかわしくないほどに軽やかな動きでその直角とも言える岩壁を駆けあがる。


 明らかに重力を無視した動きだ。


 アックは視線の先に漂う灰色の雲にそのまま突入した。


 ――ゴロゴロゴロ……ピシャーンッ


 中では吹雪に加えて至る所に雷が走り、侵入者へと襲い掛かる。


 流石のアックでも光のスピードで襲い掛かる攻撃を躱すことは難しい。


 しかし、アックは雷を浴びたまま平然と走り続ける。雷さえアックの体を傷つけられはしなかった。


 ――ボッ


 何度も雷に打たれながら走ること数十秒。雲を突き抜けると、太陽が燦燦と輝き、山を照らしていた。雲一つない青い空は吸い込まれそうになるほどに綺麗だ。


 太陽の光が雪に反射して山自体がキラキラと光っているように見える。


 その景色にアックは少し感動していた。


「グギャアアアアアッ!!」


 見惚れてボーっとしていたアックにモンスターが襲い掛かる。


「アイスワイバーンか」


 その相手はトカゲに似た頭と体とニワトリのような足、そして、コウモリのような翼をもつワイバーンと呼ばれるドラゴンに似たモンスター。色は薄い水色で、腕はなく、翼の先にかぎづめのような手がついている。


 フロストコングは逃がしてやったが、アイスワイバーンは逃がすつもりはない。


 なぜならドラゴンの肉は美味いから。ドラゴンよりも格下のワイバーンでも、ティナと出会ってすぐに襲ってきた蛇とは比べ物にならないくらい美味だ。


 寂しい思いをさせているティナたちへのお土産に丁度いい。


「ふんっ!!」


 襲い掛かってきたワイバーンの首を器用に振り返って手刀で斬り飛ばし、左手に体を、右手に首を持って再び岩壁を駆けあがっていく。


 そして数分後、ようやく開けた場所に到達した。壁の端を蹴って空に飛び上がり、地面に着地をしてワイバーンをバッグの中に仕舞う。


 顔を上げると、先に洞窟が見えた。そこが今回の目的地だ。


 残念ながらもふもふとは会えなかったな……。


 アックがそう思いながら洞窟に近づいていくと、洞窟とアックの間に割り込むように影が現れた。


 そして、頭の上から声が降ってくる。


「ほう……我の縄張りに人間が侵入してくるとはな。何しにここに来た」


 目の前に現れたのは、青白い色のフサフサとした毛並みを持つ巨大な狼だった。

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