第036話 幼女、首狩りのいない夜を過ごす
室内が暗くなってきた。
ティナが窓の外を見ると、太陽がすでに山の向こう側に沈もうとしている。絵を描いていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
ティナの気配でマリアもそのことに気づく。
――くぅ~……
静かな部屋にティナを含む皆のお腹の虫の可愛らしい声が響き渡った。
そのことには触れずにマリアが声を掛ける。
「時間を忘れてしまいましたね。そろそろ夕食にしましょう」
「うん。お腹空いた」
――コンコンッ
「どうした?」
「食事のご用意ができました」
「分かった」
夕食にしようと思ったところでちょうどよくメイドが呼びに来た。
廊下に出ると、ピリリとした食欲を刺激する香りが漂ってくる。
「キュッ!!」
『クゥッ!!』
「クルッ!!」
最初に匂いを感じ取ったのは嗅覚が鋭いモンスターたち。
その香ばしい匂いにテンションを上げてはしゃぎだす。
「いい匂いがする」
ティナも鼻をひくつかせてその匂いに気がついた。
「今日の夕食はカレーライスです」
「カレーライス?」
「ここよりも南の国で生まれた料理で、この街でも人気があります。後は見てのお楽しみですね」
ティナを預かったのでマリアはメイドに子供でも食べやすい料理を頼んでいた。
それがこのカレーだ。
カレーは老若男女問わず人気で、嫌いな人が少なく、スプーン一つで食べられる。
複雑なマナーなんてないし、ナイフやフォークを使う必要もない。それに子供が苦手としやすい野菜も、小さく刻めばカレーの強い味ととろみに紛れて気づかずに食べやすい。
辛さ控えめの甘口カレーならティナでも問題なく食べられると考えた結果だった。
ただ、ティナはこれまで過ごしてきた境遇から好き嫌いなどなく、食べられる物は何でも食べられるのだが、マリアがそのことを知る由もない。
「楽しみ」
ティナは初めて聞く料理の名前に興味深々。スノーたちも歩きながら口元から涎が垂らしていた。
食堂に案内されると、マリアが長いテーブルの奥の上座の席に腰を下ろし、その1番近い席にティナが座った。
スノーたちは席に座って食事をするのは難しいので、ティナの後ろの壁の近くに並ぶ。
近くにいたメイドがカートに乗った寸胴の蓋を開いた。
その瞬間、香りが爆発。
部屋いっぱいにカレーの匂いが充満する。
「じゅるり……」
ティナも待ちきれなくなって口に溢れる唾液を飲み込んだ。
すぐにメイドたちによってカレーが全員に配られる。
「それでは、いただきましょうか。このソースと白い部分を一緒に食べるんですよ」
マリアがティナに食べ方の見本を見せた。
「分かった。いただきます」
『キュキュキュッ』
『クククッ』
「クルルルッ」
マリアの許可を得てティナが食前の挨拶をし、それに習うようにスノーたちも器用に前脚を合せて鳴いた後、各々カレーを口に入れた。
『!!』
全員がその一口でカレーを気に入って凄い勢いで食べ始める。
『おかわり(キュウッ!!)(クゥッ!!)(クルルッ!!)』
そして、全員の声が重なった。
「ふふっ。彼女たちにお代わりを」
「しょ、承知しました」
まるで天女のように美しく笑うマリアに困惑するメイドだが、どうにか指示に従って新しいカレーを配る。
メイドたちは衝撃を受けっぱなしで動揺を隠せない。
そんなメイドたちの気持ちなどつゆ知らず、ティナたちは何度もお代わりするのであった。
「もう無理~」
その結果、椅子の背もたれにもたれかかり、ぐったりとしたティナの姿があった。
カレーは飲み物とはよく言ったもので、するすると食べ進められるため、いつも以上に食べてしまったティナ。そのお腹はワンピースの上からでも分かる程にぽっこりと膨らんでいる。
モンスターたちも仰向けに寝転がって、そのはち切れんばかりに膨らんだお腹を見せていた。
完全に食べ過ぎだった。
アックなら気づいて途中で止めたかもしれないが、猫かわいがりしているマリアは気づかないままティナたちが満足するまで食べさせてしまったのだった。
本来なら客室で寝かせるところだが、この調子だと心配だ。
それに、マリアは実は可愛い幼女とモフモフモンスターと一緒に寝たいと思っていた。
この機会を逃す手はない。
「彼女たちを私の部屋のベッドに運べ」
「ですが……」
「彼女たちは私が看るから気にするな」
「分かりました」
マリアは食い下がるメイドを黙らせて、ティナたちを自室へと運ばせた。
メイドが退室した後、ティナたちの甲斐甲斐しく介抱をした後、自分もベッドに横になる。
隣には天使のように可愛らしい幼女。周りにはもふもふで愛らしいモンスターたち。
まるで頭の中の妄想が抜け出してきたような存在たちに囲まれてマリアは幸せな気持ちでいっぱいだ。
そして、ティナのお腹が落ち着いた後、マリアは幸せに包まれながら寝落ちして、スー、スーと静かな寝息をたて始めた。
一方でティナは、いつも隣に感じるアックの大きな気配がないことがとても心細く、不安にでそわそわしてしまい、なかなか寝つけない。
「キュ」
「スノー、ありがと」
そんなティナの不安を感じ取り、慰めるようにスノーが懐に潜り込む。
ティナは不安をかき消すようにスノーをギュッと抱きしめながら眠れぬ夜を過ごした。
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