第035話 闇組織、幼女に目を付ける

 時はアックが街にやってきた頃に遡る。


 とある一室に数名の人間が集まっていた。


 数本のろうそくの淡い光が部屋を照らし、お互いの顔が辛うじて見える。


 やがてその中の1人が話し始めた。


「ボス、新しいターゲットがやってきましたぜ」

「ほう。詳細は?」


 ボスと呼ばれた男は興味深そうに片眉を吊り上げる。


「白髪で青眼の女児でさぁ。幼女ですが、すでに天使のように可愛らしいんですよ。ありゃあ高く売れますぜ」

「それは確認しなければな」


 彼らはこの街に巣くう犯罪者組織『闇の目』。


 カーム王国のファームレストは非常に治安の良い街ではあるが、治安が良いと言われる日本でも犯罪は頻繁に行われているように、ファームレストも例外ではない。


 彼らは人身売買にも手を染めている極悪集団だ。


 そして、今回彼らが目を付けたのがアックに連れてこられたティナだった。


 アックと出会ったばかりのティナは、薄汚れていて、髪も伸び放題でぼさぼさ。顔もほとんど見えなくて、お世辞に可愛くは見えなかった。


 しかし体を洗った後、生まれ変わったように綺麗になり、栄養が足りずにガリガリだった体も、ファームレストに来るまでにある程度改善されている。


 可愛らしさが人間離れしていて、道行く人たちもティナに目を引かれていた。


 闇の目の目に留まるのも無理はない。


「ボス、例のターゲットが来ました」

「分かった」


 暫くしてアックがティナと共に再び街にやってきた。


 ボスは部下と共に建物の影から様子を窺う。


「あれは確かに間違いなく高値で売れるな」

「そうでやしょう?」


 ボスはティナを見て部下の話を納得した。


 ティナの容姿はそれだけ優れていた。


「いつ拉致しますか?」

「いや、しばらくは無理だ」

「どうしてです?」


 すぐに攫うとばかり思っていた部下は不思議そうな顔でボスを見る。


「隣の男を見ろ」


 ボスの命令通りティナの隣を見ると、化け物のような威圧感を放つ男がいた。


 見ただけで圧倒的な戦闘力を持っていることが分かる。


 確かにあの男が近くにいたら手の出しようがない。


「それじゃあ、諦めるんですかい?」


 ただ、だからと言ってそれだけで諦めるには惜しい。


 ティナほど可愛いければ、どこにでも買い手がいるし、貴族だって欲しがるはずだ。それだけ需要があれば値を吊り上げることも可能。


 それは相当な金額になる。


 成功すれば、暫く仕事をしなくてもいいくらいには。


「そんなわけねぇだろ。徹底的に監視して情報を集めるんだよ。いつか隙ができるかもしれねぇ。そこを狙うんだよ」

「なるほど。流石はボスだ」


 相手はたった一人だ。


 一緒にいることが多いだろうが、どこかで離れる可能性もある。


 治安が良い分、そこで活動する犯罪者たちは狡猾だった。


 情報収集は欠かせない。情報を集めればターゲットの生活パターンが見えてくる。


 蛇のように静かに様子を窺い、相手が油断したところに襲い掛かってトドメを刺すつもりだ。


「人を張りつかせろ」


 その日からボスはアックたちに見張りを付けた。


 そこから徐々にアックたちの生活が浮き彫りになってくる。


 暫くは宿屋暮らしだったが、街でも一番腕のいい職人に頼み、郊外の家を改装し、家具やインテリアを作成してもらった後、引っ越しをした。


 それからほどなくしてカフェを開店。


 そこまでの間にアックが何度かティナから離れる機会はあったが、生活パターンが激しく変動する時期だったし、宿屋には人目も多かったので何もしなかった。


 闇の目はそれからも根気強くアックたちの観察を続ける。


 店を開いてからは、生活パターンが安定し、営業中は店から出ることはなく、休業日に定期的に街にやってくることが分かってきた。


 客は3人しかおらず、彼らはファームレスト最高の職人、ギルドの男性職員、騎士団の第3部隊隊長だと判明している。


 ただ、今のところ休業日もアックとティナが離れる様子はない。


 このままではチャンスは訪れそうにない。


 闇の目は少しずつ焦れ始めていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……ボス!!」


 そんな時、部下の1人が血相を変えてボスの許へとやってくる。


「どうした?」

「は、はい。次の休業日の前日に店主がグレートブリザード山に行くという情報を掴みました」


 その部下は耳が良く、かなり遠くの音も聞き分けられる。


 その力で手に入れた情報だった。


「本当か?」

「はい。ただ、騎士団第3部隊隊長のマリアと行動を共にすると思われます」


 話を聞いたボスは少し考えこむ。


 マリアも相当な実力者だし、できれば騎士とやり合うのは避けたい。


 だが、これ以上待っても隙ができない可能性が高い。


「そうか……ひとまずその日はいつでも動けるようにしておけ」

「分かりました」


 だから、一か八かその日に何かが起こることを期待し、一応構成員たちを集めておくことにした。


 数日後。


 部下が言った通り、休日の前日にアックはグレードブリザード山へと旅立った。


 マリアがティナを家へと連れて帰る。


 それから闇の目はマリアの家の監視を始めたが、今のところ手を出せそうにない。


 闇の目はジッとチャンスを待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る