第033話 幼女、クール系女騎士の家ではしゃぐ

 マリアと手を繋いで歩いていると沢山の声が聞こえてくる。


「わぁ~!!」

「やぁ!!」

「はっ!!」


 それは子供たちの声だった。


 孤児院以上の人数の子供たちが、男子と女子で多少の違いはありつつも、全員似たような服を着て何かをしている姿が、立派な塀越しにティナの目に入る。


「あれは何してるの?」

「あそこは学舎ですね。今は魔法の実習をしているところでしょう」

「学舎?」


 マリアはティナが学舎について知らないことに驚きつつも、チラリと塀の中を一瞥いちべつし、澄ました表情を崩さずに説明をした。

 

「学舎というのは、ティナさんと同い年くらいの子供たちが集まり、一緒に様々な知識を学ぶ場所です」

「そうなんだ」


 普段、客がいない時に基本的な読み書きや簡単な知識をアックに教えてもらうこともあったが、ティナは今まで学舎などという場所があることさえ知らなかった。


 自分と同じくらいの子供たちが、一生懸命魔法を使おうと頑張っている姿を物珍しそうに眺める。


 そして、自分と同じくらいの子たちと関わることがほとんどなかったので、興味を持った。


「行ってみたいですか?」

「少しだけ」

「帰ってきたらアックさんに相談してみてはいかがでしょうか」

「……」


 マリアの質問には素直に答えたティナだったが、次の言葉には返事ができなかった。


 ただでさえ何の役にも立たず、アックにおんぶに抱っこの状態なのに、これ以上迷惑をかけていいのか、と思ったからだ。


 幼いながらも賢いティナには、学舎に行くには沢山のお金が掛かると分かっている。


 何もできない自分には今の生活だって贅沢なものだ。その上、学舎に行きたいだなんて我儘が過ぎる。


 マリアはティナの様子から、学舎を知る機会のない生活をしていたことや、アックとは血がつながっていない可能性など、ある程度事情を察した。


「大丈夫です。アックさんならきちんと話を聞いてくれます。それに、学校に行けばアックさんを手伝えることが増えるかもしれませんよ」


 マリアの言葉を聞いたティナは目から鱗が落ちる。


 学校に行けば、アックの役に立てるようになるかもしれない。そうすれば今お世話になっている分、恩返しできるかもしれない、と。


「分かった。聞いてみる」

「ぜひそうしてください」


 ティナはアックが帰ってきたら相談してみることに決めた。


 途中から馬車に乗って移動すること20分。


 ようやく一行はマリアの家にたどり着いた。


「ここが私の家です」

「おっきい……」


 馬車から降りたティナは、初めて見る大きな屋敷に圧倒されていた。スノーたちもその大きさに見上げて口を開けている。


 マリアの家は街門の内側にある内門の内側にあり、貴族や豪商などが住むエリアだ。


 マリアは家を出ているものの騎士という職業に就いている。騎士は末端とはいえ、貴族の端くれ。そして、1つの隊の隊長を務めるほどに優秀ともなると、数段上の貴族に匹敵する。


 マリアとしてはそれほど大きな家を必要とはしていなかったが、貴族社会においてそれだけの地位になると、その地位に見合った屋敷が必要になる。


 そのため、気は進まなかったが、屋敷を建て使用人たちに管理を任せていた。


「おかえりなさいま――」


 両開きの立派な扉を開けてマリアたちが中に入ると、メイド服を着た女性たちが一糸乱れぬカーテシーでマリアを出迎えようとした。


 しかし、彼女たちは途中で固まって動かなくなる。


「この子たちと共に風呂に入る。用意はできているか?」

「……」


 マリアの言葉に反応できずに無言のままのメイドたち。


 それもそのはず。マリアは今まで一度も家に誰かを連れてきたことがないからだ。


 その上、メイドのほとんどが実家からつけられたもの。マリアのことは小さなころから知っている。メイドたちはマリアのことなら知らないことはないと、そう思っていた。


 当然マリアに家に連れてくるような相手などいないはずだった。しかし、現にこうして人を連れてきている。


 しかも、幼女。いったいどこの誰の娘なのか。その誰かとはどういう関係なのか。もしかして知らない間に生まれたマリアの隠し子なのか。


 頭の中で様々な疑問が生まれては消え、脳内の混乱が収まらない。


 その衝撃は計り知れない。


「どうした?」

「はっ、はい。できております」


 なんとか我に返って返事をしたのはメイドたちを取りまとめる侍従長。


 流石長年人の上に立って仕事をこなしてきた人物。他のメイドよりも立ち直りが早い。


「そうか。では行きましょう」


 マリアは特に気にすることもなく、ティナたちを風呂に連れていく。メイドたちは未だに信じられないままその背中を見送った。


 脱衣所でティナの服を脱がせて浴場への扉を開く。


 そこにはカフェに備え付けられた風呂の何十倍もの広さの浴槽が広がっていた。


「すごーい」

「キュウッ!!」

『ククゥッ!!』

「クルルゥッ!!」


 ティナはそのお風呂を見て珍しく表情に現れるほどに目を輝かせる。スノーたちもお風呂が好きなので大興奮だ。


 その微笑ましい様子を見てマリアはクスリと笑った。


「泳ぐ」


 当然そんなに大きな風呂を見ると泳ぎたくなるのが子供たちの性。


 ティナたちはすぐに湯船に飛び込もうとする。


 しかし、マリアはその身体能力を活かし、すぐに追いついてティナの肩を押さえて止めた。


「少しお待ちください」

「何?」

「おうちではお風呂に入る前に何かしませんでしたか?」

「そうだった」


 マリアに言われてアックに言われていたことを思い出す。


 湯船に浸かる前に体を洗う。


 これが一家のルールだ。


「私が背中を洗ってあげましょう」


 マリアがティナの背中を洗い、ティナがスノーの背中を洗い、スノーのがシフォンの、シフォンがスフレのと、皆で背中を洗い合う。


 マリアはその可愛らしい光景に頬が自然と緩んでしまうのを隠せない。


「洗う」

「そ、それは嬉しいですね」


 そして、一通り洗ったら、今度は反対を向いて後ろの相手の背中を流した。


「もういい?」


 しっかりと身体を綺麗にしたティナがうずうずしながらマリアに尋ねる。


「ええ」

「とう」


 許可を貰ったティナは湯船に飛び込んだ。


 そして、スノーたちもその後に続く。


「きゃっきゃ!!」

「キュウウウッ!!」


 ティナたちは大きな浴槽の中で楽しそうに泳ぎ始める。


「ふぅ……」


 マリアは湯船に浸かり、その様子を微笑みながら眺めるのであった。

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