第032話 首狩り、化け物と勘違いされる

 猛吹雪の中、一人の男が全く意に介すことなく走っていた。


 その男は、大柄で全身が鍛え上げられており、まるで猛禽類のように鋭い瞳をしていて、全身から人を殺しそうなオーラを発している。


 ただ、気になるのはその服装だ。


 半袖のポロシャツに七分丈のズボンという軽装。


 そして、何より目立つのは屈強な男なのにもかかわらず、まるでメイドがつけているようなヒラヒラとしたエプロンを身に着けていることだ。


 その男の名はアック。


 元世界最強の傭兵にして、今はもふもふカフェの店主である。


 走るアックの視線の先にポツリポツリと暖かな光が姿を現し始める。


「街か」


 夜通し走り続けたアックは、グレートブリザード山の麓の街の近くまで辿りついた。


 グレートブリザード山は標高1万メートルを超え、年中吹雪が吹き荒れている普通の人間では登る事さえ困難な魔境。


 街で少し情報を集めてから登るつもりだ。


 一歩、また一歩と街へと近づいていく。


 ――カンカンカンカンッ


 数秒後、街の方から大きな鐘の音が響き渡る。それは明らかに住人たちに危険を知らせるものだった。


 アックは立ち止まって辺りを見回した。


 吹雪の中とは言え、アックは元最強の傭兵。殺気を見逃したりはしない。周りにはモンスターや盗賊のような敵意ある存在はいない。


 にもかかわらず、街の鐘は未だに止まることなく激しく鳴らされていた。


 アックは状況を確かめるために再び歩き始める。


 ようやく街の門がハッキリと見えてきたところで、吹雪から街を守るために強固に造られたその分厚い門が少しだけ開き、中から厚着をした兵士がぞろぞろと姿を現した。


 どこかにモンスターを討伐にでも行くのか?


 彼らの物々しい様子をみてそう思っていた。


 しかし、彼らはアックを取り囲むように動き、周りを包囲してしまった。


 警鐘を鳴らされていたのは何を隠そうアックだったのだ。


「この化け物め!! この街は俺たちが守る!!」


 そして、その中の1人の兵士長が一歩進み出て声を上げた。


 まさか自分がモンスターと間違われるとは思っておらずアックは困惑を隠せない。


「何を言っている。俺は人間だ」

「嘘を吐くな!! ここにそんな軽装で来れる人間がいるわけないだろ!!」


 アックの返事をまるで聞こうとしない兵士長。


 それも当然だ。


 猛吹雪が吹き荒れる中、軽装エプロン姿の男がまるで雪などもろともせずに、まるで平原でも移動するように近づいて来たら、確実に警戒するだろう。


「俺は抵抗しない。いくらでも調べてもらってもいい」


 自分にできるのはそれだけだ。


 アックは手を挙げて何もする気はないことを明示する。


 その様子を見て少し考え込む兵士長。


「……そうか。わかった。おい、連れていけ」

「はっ」


 きちんと意思疎通ができ、敵対行動もとらなかったため、兵士長はアックを取り調べることにした。


 アックは兵士の1人に案内のもと、門番の詰め所の一室へと連れていかれ、身体検査や荷物検査を受けることに。


 その結果、おかしなものどころか、空のマジックバックと旅装にエプロンだけしか身に着けていなかったので、一応嫌疑は晴れた。


「怪しいものは持ち込んでいないようだな。それよりも、お前の体はどうなっているんだ?」


 アックの体は人間の領域を超越している。


 暑さも寒さも感じはするが、猛吹雪程度ではアックを害することはできない。


 他の人間からしてみれば不可思議そのものだろう。


「鍛えていたらいつの間にかこうなっていた」


 アックとしてもなんでと言われても朝から晩まで訓練と戦闘を重ねていたら、今のような体の頑強さや力を手に入れていたので、説明のしようがない。


「なるか!! それになんだ、その恰好は。お前みたいな屈強な男が、なんで侍女が付けているようなエプロンを付けているんだ?」

「それが何か問題があるのか?」


 恰好をバカにされたアックは静かに怒る。


 ただでさえ鋭い視線がさらに鋭くなり、兵士長に凄まじい威圧感が襲い掛かる。


 兵士長はガタガタと震え出した。


 まるでドラゴンを前にした小動物そのもの。


「い、いや、なんでもない。ところで、お前はここに何をしに来たんだ?」


 これ以上ツッコむのは危険だと感じた兵士長は話題を変える。


「グレートブリザード山の情報を知りたい」

「まさかあの山に登るつもりか?」

「ああ」

「止めておけ。流石にその装備では厳しいだろう。それに、あの山には最近巨大な獣型モンスターが棲みついた」

「何?」


 アックは兵士長の"獣型モンスター"という言葉を聞いて肩眉を吊り上げた。


 氷を獲りに来たアックだったが、もしかしたらもふもふモンスターと出会えるのではないかという期待感が高まる。


「いや、完全な目撃情報があるわけではないんだが、山を少し登ったところで巨大な影を見たという証言が相次いでいる」

「どんな格好をしているんだ?」


 そんなことよりも気になるのはもふもふしているのか、そして可愛いのか否かだ。


「影から察するに狼型のモンスターではないかと言われている」


 狼と聞いて居ても立っても居られなくなるが、本来の目的を忘れてはならない。


 アックは気を落ちつけて目的の物の場所を尋ねた。


「そうか……万年氷がどの辺りにあるか知っているか?」

「裾野でも稀に見つかることがあるが、基本的に頂上付近にある洞窟の中にあると言われている」


 アックは兵士長の言い方が引っかかった。


「言われている?」

「ああ。もうずっと万年氷を獲ってきたという話は聞かないからな」


 最近ではもう万年氷を獲りにいく者はほとんどおらず、挑戦した者は二度と戻ってくることはなかった。


 それだけ頂上までの道のりは険しいということだ。


「そういうことか」


 聞きたいことが聞けたアックは席を立つ。


 その程度ではアックが山を登るのを止める理由にはならない。


「待て。この地図を持っていけ。その洞窟のあるという場所が描かれている」


 兵士長はアックを止めて立ち上がる。机の方に歩いていき、引き出しからひもで巻かれた地図を取り出しアックに投げ渡した。


「助かる。帰りに返却に来よう」

「返さなくてもいい。止める気はなさそうだからもう止めはしない。くれぐれも気をつけてな」

「分かった。礼を言う」


 地図を受け取ったアックは、軽く礼をして詰め所を出る。


 アックはウキウキとした気分で山へと走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る