第031話 クール系女騎士、幼女を預かる

 次の休業日の前日。


 マリアの厚意によって最後の懸念が解決されたので、アックは早速グレートブリザード山に行くことに。


 カフェには相変わらず客はいつもの常連だけ。


 今日はいつもより早めに店を閉めて山に出発する予定だ。


「悪いな」

「気にするな」

「はい、かき氷楽しみにしていますね!!」


 事前に話していたこともあり、クラーフと真面目眼鏡青年は特に気にすることもなく帰っていった。


 今日は雲が多く、いつもよりも暑さが和らいでいる。


 出発するにはちょうどいい日だ。


 家の前で家族との別れを済ませる。


「皆、ティナを頼んだぞ」

「キュウッ!!」

『ククゥッ!!』

「クルルッ!!」


 スノーたちは前脚で器用に敬礼してアックの言葉に答えた。アックがしゃがんで頭を撫でると、スノーたちはくすぐったそうに目を細める。


 可愛い……。


 アックは立ち上がり、今度はティナと向かうあう。


「行ってくる」

「ん……」


 ティナがアックの足に抱き着いた。アックは一度ティナの頭を撫でてから体を離すと、しゃがんで抱きしめる。


 ティナは先程よりも強く抱き着いた。


 たった1日離れるだけだというのに、まるで今生の別れのようだ。


 アックとティナは出会ってから半日以上離れて過ごすことがなかったので、それも無理からぬことだろう。


「ぐすっ。私、こういうのに弱いんですよね……」


 その光景を見ていたマリアが、その光景に目を潤ませてハンカチで目許を拭ぐう。


 今日はこのままティナたちはマリアの家に世話になるので、彼女は帰らずに残っていた。


「ティナたちを頼んだ」

「は、はい。私にお任せください」


 ティナとの別れを済ませると、ティナをマリアに預ける。


 ティナがマリアの隣に移動して、マリアに差し出された手を取った。


「では、いってくる」

「いってらっしゃい」

「お気をつけて」


 アックは二人を背にして北に走り出し、あっという間に小さくなる。


「と、とんでもないスピードですね……」

「アックなら当然」


 見送ったマリアはそのスピードに唖然とし、ティナは寂しさを感じながらも少し自慢げだった。




「それでは行きましょう」


 マリアが軽くティナの手を引いて促す。


「うん。皆行くよ」

「キュウッ」

『クゥッ』

「クルルッ」


 ティナの指示でスノーがティナの肩に上り、シフォンたちビッグテイルとシルンがティナの後ろに並ぶ。


「はぁはぁ……可愛い……はぁはぁ……」


 その様子を見ていたマリアは、呼吸を荒くして口端から涎を垂らす。


 マリアの仮面が剥がれかけていた。


「どうしたの?」

「い、いえ、なんでもありません。行きましょう」


 不思議そうな顔で尋ねるティナの声で我に返ったマリアは、澄ました態度を取り繕ってティナの手を引いて街へと歩き出す。


「クルルッ」

「はわぁ……」


 シルンが背の高いマリアの背を器用に上って顔に頬ずりした。取り繕ったはずのマリアの顔が再びだらしなく歪んだ。


 街門にたどり着く頃にはどうにか落ち着きを取り戻し、マリアは門番ににこやかな挨拶をする。


「ご苦労様です」

「マ、マリア様!?」


 ティナの手を引き、もふもふモンスターを引き連れて歩くマリアの姿に門番が驚いた。


 彼は、普段のマリアの姿との余りの格差に、声を掛けられるまで近づいてきていた相手がマリアだと認識できなかったのだ。


 そして、当然そこにいるのは門番だけではない。


 門番の声により、周りにいた人間たちの目も集まる。


「あれがマリア様!?」

「今の今まで気づかなかった」

「あ、あの子はいったいなんだ?」

「マリア様の隠し子か?」

「凄まじい可愛らしさだ。マリア様の子供だと言われても頷ける」

「あのモンスターたちも気になる」

「……いや、あの子たちは見たことがあるぞ。かき氷という冷たい菓子を売っていた店の店主の娘とテイムモンスターのはずだ」

「それじゃあ、マリア様とその店主はもしかして……」


 たちどころにその場に居合わせた者たちの間で囁き合い始めた。


 ――ドクンドクンッ


 マリアの心音が速くなる。


 自分に対する視線と噂話をする人間たちが、マリアの目にはまるで真っ黒な影の化け物がひしめき合っているように見えてしまうのだ。


 それだけでマリアは心は恐怖で黒く塗りつぶされ、いつもの人形のような自分へと押し込めていく。


「マリア」


 しかし、ティナがマリアの手をギュッと握って声を掛けると、ハッとしたように正気に戻った。


 ティナの顔は無表情だが、その瞳には、私が一緒にいる、そう物語っている。


 以前のマリアなら心を閉ざすように人形のような彼女に戻っていたことだろう。


 しかし、今ここにはティナが、そして、もふもふモンスターたちがいる。マリアは己を奮い立たせ、住人たちの間を堂々と通り過ぎていく。


「クルルッ」

「ふぅ……そうですね」


 大丈夫だよ、と励ますように聞こえたシルンの声。マリアは自分を落ち着けるように深く息を吐いた後、にこりと笑って返事をした。


 そして、マリアは再び歩き出す。


 いつしか以前よりも周りの視線が気にならなくなっていた。


「……」


 シルンに対して自然に笑うマリアの笑顔に、周りにいた人間たちはノックアウトされた。

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