第028話 首狩り、みんなと涼を取る

 次の日。


 家の外に出ると、湿度が高く、生ぬるい風がアックの頬を撫でた。


 アックは手をかざして顔を出したばかりの太陽を見る。


「今日も暑くなりそうだ」


 アックはとあるものを買いに街へと向かった。

 

「高いな……」

「手作りですからねぇ」

「それもそうか」


 想像以上に値段が高いことに驚きつつもその商品を買って家に戻る。


「ん……んん……」


 家に帰ると、ティナはまだ眠っていた。


 あどけない寝顔はやはり天使そのもの。自然と頬が緩んでしまう。


 アックはその鋭い目を細めてティナの頭を撫でた。


「んん……」


 ティナはくすぐったそうに顔をむずからせて寝返りを打つ。


 朝から癒されて幸せな気持ちでいっぱいだ。


 アックはしばらくその寝顔を眺めた後、カフェの仕込みを始めた。


「おはよ……」

「おはよう」


 仕込みを済ませて朝食の準備が終わる頃、ティナとスノーたちが半分寝たような状態でリビングにやってくる。


「あむあむ」


 隣でティナの面倒を見ながら食事を済ませ、顔を洗ってようやく目を覚ましたティナと店を開ける準備をしていざ開店。


 とはいえ、今日も今日とて開店休業状態。


 客が来るまで皆でのんびりまったり過ごす。


 昼が近づくにつれてジリジリと気温が上がり、室内も蒸してきた。


 額に汗をかき始めたティナとぐったりするスノーたちを見て、アックは窓を開けて冷蔵庫から飲み物を持ってくる。


 飲み物を出されたティナとスノーたちは凄い勢いで飲みはじめた。


「クピクピッ」

「ピチャピチャ」


 このままではすぐに飲み干してしまいそうだ。そろそろ良い頃合いか。


 アックはテーブルの上に器を置き、今日の朝買ってきたとあるものを取り出した。


「氷?」

「そうだ」


 とあるものの正体は氷。しかも小さいものではなく、ティナの顔よりも大きな塊。


「どうするの?」

「見てろ。ふんっ。はっ!!」


 不思議そうな顔をするティナの前で氷を空中に放り投げ、小さなナイフをすさまじいスピードで振るった。


 ――ギィイイイイイイインッ


 氷から甲高い音がなると同時に、細かい氷が器に降り注いでこんもりとした山を作る。


 そして、フルーツを煮詰めて作ったシロップに、凍らせたり、甘い汁に漬けたりしているフルーツを盛り付けた。


 完成したのは、モンスターを可愛らしくデフォルメしたような氷の山。


「これは?」

「かき氷という食べ物だ。シロップの部分と氷の部分を一緒に食べるんだ」


 ティナの前にかき氷を置き、スプーンを手渡した。


 ティナはひと匙掬って、思い切って口に放り込む。


 シロップの甘さと氷のひんやりとした触感が口の中いっぱいに広がった。ティナにとっては初めての食感と味わい。


 食べた瞬間、普段眠そうな目が大きく見開いた。


「!!」

「どうだ?」

「冷たくて美味し」

「そうか。それはよかった」


 質問に小さく微笑んで答えるティナ。


 嬉しそうなティナを見て、アックは自分も嬉しくなった。


「キュウキュウッ!!」

『クゥッ!!』

「クルルルッ!!」


 ティナが美味しそうに食べているのを見て、スノーたちもかき氷を食べたくなったらしく、激しく鳴いてアックにねだる。


「お前たちも欲しいのか? ちょっと待ってろ」


 アックはその様子を微笑ましく思いながら、先程と同じように氷を削ってそれぞれにかき氷を用意した。


「いいか? かき氷はゆっくり食べるんだ。いいな?」

「キュウッ!!」

『クククゥッ!!』

「クルゥッ!!」

「分かった分かった」


 食べる前に注意したが、早く寄越せと鳴くスノーたちの声に押され、アックは彼らの前にかき氷を置く。


 ――シャクッ


 スノーたちはかき氷を一口齧った。


『!!』


 ティナ同様にスノーたちもその冷たさと甘さを気にいって、次の瞬間からがっつくように食べ始める。


 しかし、数口食べたころ、最初にスプーンが止まらなくなっていたティナが頭を押さえ、その後で皆が前脚で頭を押さえた。


「うぅ~」

「キュゥ~……」

『クゥ~……』

「キュルゥ……」


 かき氷を一気に食べたことによる頭痛が全員に襲い掛かる。


 その姿はとても可愛らしい。


「だから言っただろ。かき氷は早く食べ過ぎるとそうなるんだ」


 アックは微笑ましいものを見るような目でティナたちを見つめる。


「ちゃんと教えてほしかった」

「初めてかき氷を食べる醍醐味だ」

「むぅ」


 不満そうに頬を膨らませるティナの頭を撫でて宥める。


 ティナは口を尖らせるが、注意されていた手前、それ以上何も言わなかった。


 頭が痛くなるまでがワンセット。折角の機会だ。ここまで経験してこそのかき氷と言えるだろう。


 ――チリンチリンッ


「いらっしゃい」

「こ、こんにちは。かき氷ですか。珍しいですね」


 マリアがやってきてスノーたちとティナが集まっているのを見て、少し挙動不審になりながら近寄ってくる。


「マリアもどうだ?」

「いいんですか?」

「ああ」

「それではお言葉に甘えさせていただきます」


 アックはマリアにもかき氷を作ってやる。


「はぁああああっ!?」


 マリアはティナたちとは違い、その作り方に驚愕していた。


 それもそのはず。パンを切るような小さなナイフでかき氷用の氷を削り出すなんてありえないからだ。


 マリアにもそんな真似はできない。


「お、美味しいですね」

「そうか」


 かき氷はマリアにも好評で、後に来た真面目眼鏡青年や、クラ―フにも好評だった。


「うぅ~!!」


 勿論3人とも久しぶりに食べたらしく、全員頭を痛めて手でトントンと叩いていた。


「女性に人気が出ると思います」

「繁盛するんじゃないですかね?」

「売れるだろう」

「そうか」


 3人に太鼓判を押されたアックは、かき氷の商品化に向けて考え始めた。

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