第026話 クール系女騎士、悪い子になる

「ここがもふもふカフェ……」


 マリアは建物の近くでもふもふカフェを見上げた。


 まるで物語に出てきそうな、雰囲気のある佇まいをした外観に期待が高まる。


 ――チリンチリンッ


 趣のある木の扉を開けると、小気味の良い音が耳朶じだを打った。


 店内は落ち着いた雰囲気で、明るすぎない柔らかい光の吊り下げ式の照明、ゆったりとした席の配置、ところどころに自然を感じさせる植木鉢、インテリアの一部として食器や調味料が見えるように置かれている棚、まるで魔法使いの集まる隠れ家のようだ。


 そして、誰が制作したのか、ところどころにその世界観を壊さない見た目の可愛らしいぬいぐるみや絵が飾ってある。


 可愛い……。


 動物がデフォルメされたぬいぐるみの数々や、天使のように可愛らしい少女ともふもふモンスターが描かれた絵は、我慢し続けてきたマリアの心を揺さぶった。


「いらっしゃい」


 短くて低いが、どことなく優しさを感じさせる出迎えの声がマリアを正気に戻す。


 奥に進んでいくと、大柄で、ただ立っているだけで人を殺せそうな強面な男が、まるで女の子が身に着けるようなヒラヒラのエプロンを付けてカウンター内に立っていた。


「!?」


 マリアはその姿を捉えると、衝撃を受けた。


 こんなにお洒落で可愛らしい雰囲気のお店をこんな強面な店主が経営しているのか、と。


 自分がアックと同じ見た目だったら、周りの目が怖くて、そんなヒラヒラしたエプロンなんて身に着けることはできないし、こんなカフェを経営することなんてできない。


 今の自分と同じように、周りが望むままに見た目に応じた服装をして、周りが期待している職業についていたはずだ。


 それと、客がほとんどいないせいか、店主の手元には針と糸、そして、縫いかけのぬいぐるみがあった。店内のあの可愛らしいぬいぐるみもこの店主が手掛けたものだったのだ。


 なんて自分に正直に生きているんだろう……。


 マリアは店主をとても羨ましく思ったし、自分もまた周りの人間と同じように人を見かけで判断していることに気づいた。


「こんにちは。あなたがアックさんですか?」

「ああ、そうだ」


 そんな気持ちはおくびにも出さずに声を掛け、お互いに自己紹介を行う。


 最初に少しだけ話を聞くと、エルダートレント以外は、そういえば何匹か倒したな、くらいにほとんど覚えてなさそうに話すアック。


 まさか何組もの冒険者のパーティが組むか、騎士団の小隊程度の戦力は必要な敵が、まるで路傍の石のような扱いをされるとは思わなかった。


 アックは自分でも勝てるか分からない程の力の持ち主。


 だが、そのアックは今も表情も変えず、ぬいぐるみを縫いながら話している。


「いらっしゃいませ」


 あまりの落差に愕然としていると、可愛らしい声が聞こえて我に返る。


 ふと見ると、窓から指す光に照らされて、天使のように輝く可愛らしい白髪青眼の少女が佇んでいた。


 丁寧に縫われたメイド服の上にアックとおそろいのヒラヒラのエプロンを身に着けている。


 少女の名前はティナ。アックの家族。つまり娘……娘!?


 マリアの視線がアックとティナの間を行き来する。


 余りに似ても似つかない2人。こんな強面の男からこんな天使のような娘が生まれるのか!?


 マリアは魔法で撃ち抜かれたような衝撃を受けた。


 いや、今はそんなことよりも重要なことがある。


 か、可愛いぃいいいいいっ……!!


 ぬいぐるみでも絵でもない本物の可愛さの暴力がマリアを襲いかかった。

 

 抱きしめたくなって思わず手が伸びそうになるが、周りからの評価や視線という枷が体を押さえつける。


「大丈夫か?」


 そのせいで体が震えて挙動不審になり、不信感を持たれてしまったのか、声を掛けられた。


「え、ええ、問題ありません。アイスティーをいただけますか?」

「分かった」


 マリアは正気に戻り、注文をして気持ちを落ち着かせて椅子に腰かける。


「アイスティーだ。ミルクと砂糖は好きに入れてくれ」

「ありがとう」


 口を付けると、香りがふんわりと口に広がり、鼻に抜ける。


 あぁ、美味しい……まさかアックの見た目で出された物まで美味しいとは……。


 しばらくアイスティーの味に浸ったあと、現実に戻ってきたマリアは詳しい話を聞き始める。


「それでエルダートレントを討伐された際の話ですが……」

「ああ。あの時は店の家具の材料が必要でな……」


 話を聞く限り店主は街や住民に害を及ぼすような人間ではない。それどころか、意外に話好きで、温厚で、カフェや家族を大事にする好感の持てる人物だった。


 この話が騎士団としての本題ではあるが、マリアにとっての本題はこれから。


「そ、それで、少々お尋ねしたいのですが、もふもふカフェとはどのようなカフェなのでしょうか?」


 マリアはこれまでの人生で一番の勇気を振り絞り、店主に尋ねた。


 アックはクールなマリアをバカにすることもなく、淡々と説明を始める。


 そこでようやく店内に何匹かのもふもふモンスターがいることに気づいた。


 いつも以上に緊張していたのと、ジェットコースターのように次々と襲い掛かってくる可愛さやギャップによって、余裕がなかったせいだろう。


 この店では注文さえすれば、もふもふモンスターを好きに撫でたり、抱き上げたりしていいらしい。


「キュルル?」


 アライグマのようなもふもふしたモンスター、ピュリーベアがマリアの前に置かれた。


 ――ズキュウウウウウウウウウンッ


 その可愛らしさと仕草にマリアの心は貫かれてしまう。


 ティナを見た時と同様に手が伸びそうになるが、周りの目を気にしてしまい、手が出せない。


「クルルゥ」

「撫でてくれって言ってるぞ?」


 しかし、アックが悪魔のように囁く。


「い、いえ、私はそういうつもりで来たわけじゃありませんので…………どうしても、ということであれば考えなくもありませんが」


 それでも素直になりきれないマリア。


「シルンはどうしてもマリアに撫でてほしいそうだ」

「そ、そうですね。どうしても、ということであれば仕方ありませんね」


 "どうしてもマリアに撫でてほしい"


 その免罪符を手に入れてようやくマリアはシルンの頭に手を伸ばした。


「そ、それでは失礼して……ほわぁ……」


 触れた瞬間、ふわふわでもふもふな甘美な感触に、マリアは身も心も堕とされてしまう。


 あぁ……こんな幸せがあるなんて……。


「これは仕方のないこと……仕方のないこと……」


 マリアは免罪符をいいことにシルンを撫で続けた。


「ただいま戻りました」


 騎士団の詰め所に帰ってきたマリアはすぐに団長の許に報告に向かう。


「帰ったか。それで、件の男はどうだった?」

「はい、(私にとって)非常に危険な男です」

「なんだと!?」


 罪悪感を覚えつつも、重要な部分は言わずにアックを悪者に仕立て上げた。


 それを聞いた団長は眉をつり上げる。


「すぐに何かをするつもりはないようですが、監視が必要かと」

「そうか……」


 マリアのいつもと変わらない態度や表情が真実味を与え、団長を信じ込ませた。


「私が監視します」

「な!? 危険すぎる」


 マリアの申し出に団長は目を見開き、声を荒げる、それが彼女の策略だとも知らずに。


「凄まじい戦闘力の持ち主です。私以外では抑えられないでしょう」


 報告にあったことは事実。それならマリア以外に適任はいない。


 団長は暫く考え込んだ後、答えを出した。


「……そうだな。やってくれるか?」

「はい。お任せください。それでは、失礼します」


 マリアは敬礼のようなポーズを行い、まんまと任務を引き受ける。


 これで堂々ともふもふカフェに行く口実が手に入った。


 振り返って出口に向かうマリアの顔はだらしなく緩んでいた。

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