第025話 首狩り、クール系女騎士を迎える

「ああ、そうだ」


 アックが返事をすると、マリアが能面のような顔のまま、胸に手を当てて礼儀正しい敬礼のようなポーズで挨拶をする。


「はじめまして。私はファームレスト騎士団所属、第三部隊隊長マリアと申します。以後お見知りおきを」

「知っているようだが、俺はアック。このカフェの店主をしている。よろしくな。それで、俺に何か用か?」


 マリアの容姿にも態度にもなんの反応も示さずにアックは答えた。


 彼女の眉がピクリと動く。


「はい。あなたがエルダートレントの発生や、ゴブリンの群れの襲撃、フォーマボアとケナイバードの大量発生を治めたとか。それで私が話を伺いに参りました」

「エルダートレントは覚えがあるが、他の件は覚えがないな。村を襲う多少のゴブリンと、食材を獲りにいった程度ならあるが……」


 アックが顎に手を当てて思い出そうとしながら答える。


 エルダートレントの話は聞いていたが、他の件に関しては特に何も言われていないので覚えがなかった。


 アックにとって数百匹程度のモンスターはあってないようもの。道に転がる石を蹴り飛ばした程度の出来事だ。覚えてなくて当然だ。


「数百匹のゴブリンやフォーマボアやケナイバードが多少の群れとは……」


 マリアはなんでもない風に呟くアックに唖然とする。


 それもそのはず。数百匹のモンスターは村程度なら簡単に滅ぼしてしまう勢力。多くの街とってもただでは済まない数だ。


 ファームレスト最強の騎士であるマリアでさえ倒しきるのに少し手こずる。一匹たりとも逃さずに倒しきるなどという人間離れした業績は達成できるはずもない。


 それをまるで取るに足らない数匹の群れのように言われれば驚くのも無理はない。


「いらっしゃいませ」


 声を掛けてきたティナの言葉でマリアが我に返った。


 調査のためとはいえ、店に来ておいて何も注文しないのは失礼だったと気づく。


「そうですね、失礼しました……っと、この子は?」

「家族のティナだ」


 マリアは謝罪してカウンター席に座ると、改めてティナに目を止めた。


 マリアはブルブルと体を震わせる。


 何かを必死に押さえつけているように見える。


「大丈夫か?」

「え、ええ、問題ありません。アイスティーをいただけますか?」

「分かった」


 尋常ではない様子のマリアにアックが声をかけると、マリアはハッとした表情になり、体裁を取り繕って飲み物を注文した。


 アイスティーを出された後、マリアはアックに詳しい話を聞き始めた。

 

「ご協力ありがとうございました」

「この程度なんてことはない」


 聞きたいことを聞き終えると、マリアは表情を変えることなく頭を下げる。アックは気にした様子もなく、首を振った。


 むしろいつも少々時間を持て余しているので、客が増えて嬉しいくらいだ。


 だが、話が終わると、マリアがモジモジと挙動不審な動きをし始める。


 そして、意を決したように口を開いた。


「そ、それで、少々お尋ねしたいのですが、もふもふカフェとはどのようなカフェなのでしょうか?」

「見て分かる通り、店内には俺がテイムしたモンスターがいる」


 アックは突然の質問に面食らったが、あたりを見渡すように顔を動かすと、マリアも振り返って改めて店内を眺めた。 


 数は少ないが、数匹のモンスターが各々自由に過ごしていて、眼鏡青年やクラ―フがモンスター戯れている姿が目に入る。


「嫌がる事や乱暴な扱いをしなければ、撫でたり、抱き上げたりしてもらっても構わない」


 アックは足下にいたシルンを抱き上げ彼女の前に置いた。


「キュルル?」


 シルンはコテリと首を傾げる。


「うっ」


 マリアは狼狽えるような声を出した。


 眼鏡青年と同じように何かを我慢しているように見える。


「クルゥ」

「きゃっ」


 シルンがいつものように浄化を掛けると、マリアは可愛らしい悲鳴を上げた。


「もしかして……ピュリーベア、ですか?」

「ああ。ピュリーベアのシルンだ。よろしくな」

「まさかピュリーベアがいるなんて……(か、可愛い)」


 答えを聞いたマリアはシルンを前にしてブルブルと震えだす。


「クルルゥ」

「撫でてくれって言ってるぞ?」


 円らな瞳で訴えかけるシルンの言葉をアックが代弁する。


「い、いえ、私はそういうつもりで来たわけじゃありませんので…………どうしても、ということであれば考えなくもありませんが」


 マリアは体をガタガタと震わせ、腕を組んで恥ずかしそうに顔を赤らめながら、そっぽを向いた。


 アックはこういう反応を知っていた。よく素直になれない傭兵が、意中の相手にちょっかいを出す時の様子によく似ている。


「シルンはどうしてもマリアに撫でてほしいそうだ」


 シルンはそんなことを言っていないが、マリアの心中を察して助け船を出した。


「そ、そうですね。どうしても、ということであれば仕方ありませんね」


 マリアは満更でもなさそうな顔で返事をする。


「ああ。優しくな」

「そ、それでは失礼して……ほわぁ……」


 そして、シルンの頭に手を置いたマリアは、その得も言われぬ感触に、多幸感で満たされた顔になる。


 シルン含む、アックの店のもふもふモンスターの手触りは至高の感触なので無理もない。


「これは仕方のないこと……仕方のないこと……」


 マリアはだらしのない顔のまま、ぶつぶつと呟きながらシルンを撫で続けた。


「それでは失礼します。また何かあったら、お話を伺いに参ります」

「ああ。いつでも来てくれ」


 シルンの感触を堪能したマリアは正気を取り戻すと、キビキビとした動きで帰っていった。


 アックとティナは何も言わずに笑い合う。


「また話を聞かせてもらってもいいでしょうか?」

「ああ」


 次の日からマリアが毎日もふもふカフェに来るようになった。

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