第024話 クール系女騎士、悶々とした日常を過ごす

「マリア先輩、お疲れ様です!!」

「ええ」


 疲れる。


「マリア様、今度お食事でもいかがですか?」

「申し訳ございません。仕事が立て込んでおりますので」

「そうですか。それでは、またの機会に」


 疲れる。


「マリア様ってクールでカッコいいわよね」

「えぇ、氷の剣姫と呼ばれるのも当然だわ」

「あの動じない態度、素敵」


 疲れる。


 少女は海のように深い青色の少しつり上がった双眸で前を見据え、水色のロングヘアーをたなびかせながら、青と白のドレスアーマーを身に着けて颯爽と歩く。


 その姿はさながら戦乙女のようだ。


 周りの反応とは裏腹に、女騎士マリアは疲れていた。


 なぜならその凛としたクールな見た目とは違い、実は感情豊かだったから。


「お嬢様、おかえりなさいませ。湯あみの準備は整っております」

「分かった」


 マリアは自宅に帰り、風呂に入る。


「ふぅ……」


 そして、自室のベッドに倒れ込み、足をジタバタさせながら大声で叫んだ。


「私はお前たちが考えているような人間じゃないのよぉおおおおっ!!」


 巷で「氷の剣姫」と呼ばれている人物とは似ても似つかない行動だ。


 彼女は、小さい頃からその涼やかで優れた容姿と、能面のような表情で定型文を話す態度から、とてもクールな孤高の高嶺の花のような扱いを受けていた。


 しかし、これこそが本来のマリアの姿。


 つんけんした態度や何物もよせつけないような絶対零度の表情は、実はコミュニケーションが苦手なところからきている。


 話そうとすると、どうしても表情が強張り、言葉が上手く出てこなくて定型文のような冷たい返事をしてしまう。


 家族もマリアがそんな事情を抱えているとは露知らず、彼女のクールなイメージにそぐう服装、教養、武術などを身に付けさせた。


 マリア自身も両親の期待や気持ちを裏切ることができず、きっちりこなしてきたせいで、全員に同じ勘違いをされたまま成長して今に至る。


 そして、その実力から女性にもかかわらずファームレストの街を納める領主の騎士になったマリア。周りからの視線に晒される毎日は彼女にとって息苦しいものだった。


 そんなマリアにとって唯一素でいられる場所がこの防音の効いた自室。誰一人味方のいない彼女にとって、ここで弱音を吐くことが今できる精いっぱいの息抜きだった。


「今日見かけた猫、可愛かったなぁ……はぁ……」


 そして、彼女も本来はただの女の子。


 実はヒラヒラした可愛らしい服やファンシーなぬいぐるみ、そしてモフモフな動物などが大好きだった。


 しかし、小さい頃から形作られた自分のイメージのせいで周りの視線が怖くて触ることができず、チラリと眺めて自室で記憶を振り返るだけ。


 絵やぬいぐるみなどはメイドに見つかってしまうので集めることさえできない。


 彼女がため息を吐いてしまうのも無理はないだろう。


 それに、今更本当のことを言うなんて以ての外だ。


 マリア様がそんな人だとは思わなかった。

 ぬいぐるみが好きだなんて幻滅した。

 ヒラヒラした服を着ているマリア様なんてマリア様じゃない。


 そんな風に非難の言葉や視線が向けられてしまうかもしれないと思うと、怖くてどうしても言い出すことなんてできなかった。


「どこかに周りの目を気にせず、もふもふと触れあえる場所はないかしら……」


 マリアが寝返りを打ってポツリと呟く。


 彼女の精神はもう随分追い詰められていた。


 マリアはそんな夢のような場所が本当にあるとは知らないまま眠りにつく。


「きゃーっ!! マリア様よ!!」

「本当だわ!!」

「凛々しくて美しいわぁ!!」


 それからも周りから視線が変わらないまま彼女の窮屈な生活は続いていく。


「はぁっ!!」

「グギャアアアアッ!!」


 今日は街の治安維持活動の一環として周辺の村を巡察し、近くに巣くうモンスターの討伐を行った。


「素晴らしい剣の冴えですね。流石はマリア様です」

「大したことではない」


 妄信的な称賛をする部下の男に対して、剣を振い血を落としながらすました態度で返事をするマリア。


 そのやり取りがさらに彼女の心を締めあげる。


「あれは……店……か?」


 その帰り道、街の郊外でお洒落な建物が目に入った。


 マリア好みの可愛らしい外観をしていて、汚れ一つなく輝いている。


「ああ。あれはカフェらしいですよ。この前城下町でビラが配られていました。なんでも店内で、もふもふなモンスターと触れ合えることができるとか」

「!?」


 部下の説明を聞いてマリアは衝撃を受けた。


 カフェでもふもふモンスターと触れ合えるなんて聞いたことがなかったからだ。


 マリアがカフェにいくことは何も不思議なことじゃない。


 店内でモンスターと触れ合えるなら、カフェに来る理由さえあれば、まかり間違って、もふもふと触れ合えるかもしれない。


 しかし、ここのカフェにやってくる理由がない。どうにかならないものかと思案しながら家に戻った。


 そして、その機会は意外にも早く訪れる。


「最近、エルダートレントの発生、ゴブリンの群れの襲撃、そして、フォーマボアとケナイバードの異常発生が軒並み解決されている」


 次の日、騎士団の団長に呼ばれて話を聞かされるマリア。


 問題が解決されるのは良い事だ。別におかしなことではない。


「それが?」


 それだけでは自分がここに呼ばれた理由が分からないので先を促す。


「それらの事件がたった一人の冒険者によって解決されている」

「なるほど。そういうことですか」


 ここまで言われてようやく団長の言いたいことに気づいたマリア。


「そうだ。その人物を見てきてもらいたい」

「承知しました」


 エルダートレントは騎士団でも手こずるような相手。


 それらの問題をたった1人で解決できる人間は非常に強い。相手が悪い人間で、もし抵抗された場合、制圧できる実力があるのはマリアしかいなかった。


 自分が選ばれた理由も納得だ。


 そして、団長の次の言葉を聞いた時、マリアの顔が驚愕でほんの少しだけ歪んだ。


「その人物はアックと言う冒険者だ。郊外でもふもふカフェという店を営んでいる」


 まさかあのカフェに行く機会が得られるとは思わなかったからだ。


「分かりました」

「頼んだぞ」


 マリアは逸る気持ちを抑え、郊外にあるというもふもふカフェへと向かった。

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