第020話 首狩り、幼女と料理を作る
「それじゃあ、また来ますね!!」
そう溌剌に挨拶をして店を後にするのは、真面目な見た目の眼鏡を掛けた青年。
初めて来てから一週間、彼はすっかりアックの店の常連になっていた。
態度が柔らかくなったものの、生来の真面目さは変わらないし、友人も多くない。
そんな彼がまさかもふもふカフェに来て可愛いモンスターたちと戯れているなんて、職場の人間は想像もできないだろう。
「ああ」
アックもいつも来てくれる青年に感謝しながらその背中を見送った。
「では、ワシも帰る」
「またな」
「うむ」
そして、もう一人常連が加わっている。
それは職人のクラーフだ。
眼鏡青年が来るようになった後、彼もひょっこり店に顔を出した。
青年のように乱れるほどでなかったが、ロールに膝に載られたクラ―フは、なんでもないような顔を取り繕ってロールを撫でているのをアックは知っている。
青年はスノーがお気に入りで、クラ―フはロールがお気に入りだ。
まだこの2人しか客はいないが、それでも少しずつ前進していることには違いない。
「後片付けしよう」
「任せて」
もうすぐ日が暮れるので店を閉める。客が2人しか来ていないので締め作業にそれほど時間はかからない。
店舗部分の清掃を済ませた後、自宅スペースで余った食材を料理して賄いとして食べる。
食べ物は絶対に粗末にしない。これもアックのポリシーだ。
「私も料理してみたい」
夕食を食べている時に、ティナがそんなことを言い出した。
自分があまり役に立てていないので、少しでもやれることを増やしたいのだろう。
「明日は休みだ。やってみるか?」
「うん」
アックの店は1週間に2日休みを設けている。
それがちょうど明日だった。
休日は基本的にティナとスノーたちとまったりのんびり過ごしたり、買い物や食材の調達に充てているので、料理を教えるのにちょうどいい。
ティナも乗り気なので早速やってみることにした。
とはいえ、最初は本当に簡単なことから始めたい。
まずは一緒に料理をする楽しみを覚えるところから。
お絵描きの時もそうだったけど、アックの教育方針はまず楽しさを教える。
「今日はギョウザを作る」
「ギョウザ?」
「ギョウザは、円形の皮に刻んだ野菜と肉を混ぜた餡とよばれるものを包んで焼いた料理だ。まずはその中に入れる餡を作る。手伝ってくれ」
「分かった」
ティナと一緒に作る初めての料理はギョウザ。
なぜギョウザを選んだかと言えば、野菜をみじん切りにする以外で包丁を使わないし、一緒に楽しみながら作れるからだ。
いきなり包丁を持たせるのは危ないので、まずは料理に慣れてもらう。
「調味料とひき肉と野菜を混ぜて捏ねてくれ」
「うん」
アックはティナにボウルを渡し、指示を出す。
「ん、ん」
ティナは言われた通りにボウルにひき肉と野菜と調味料を入れて、その小さい手で一生懸命捏ね始めた。
その姿は健気で微笑ましい。
本来であれば、手の熱があまり伝わらないように手早く捏ねた方がいいんだが、初めて子供と一緒に作る料理、そこまで厳密にやる必要はないだろう。
アックはその間に、餡を包むための皮を作ったり、ギョウザ用のタレを作ったり、テーブルの上に魔導ホットプレートを用意したり、こまごまとした準備を進めていた。
皮を伸ばすのは少々ハードルが高いので、今回ティナにやってもらうのは餡を捏ねるのと、一緒に包む部分だ。
「もういいぞ。手を洗ってくれ」
「分かった」
十分に捏ねられていたので終わりにさせ、今度は一緒に餡を皮に包む。
「こう閉じる」
ティナの目の前でゆっくりと見本を見せながら、アックはギョウザの皮に餡を包んでいく。
「難しい」
「失敗してもいい」
最初は上手くできず悩むティナ。
「できた」
ティナが初めて包んだギョウザは、初めてだけあってヒダがちゃんと閉じていない上に、不揃いで、いびつな形をしていた。
アックのギョウザとは全然違う。
「上手いぞ」
「えへへっ」
しかし、アックは咎めることなく褒めた。ティナは嬉しそうに笑う。
失敗するたびに叱ってしまうと、いずれ叱られるのを恐れて新しいことに挑戦しなくなるかもしれない。
そうならないようにするためにも、失敗してもいいことに関してはどんどん失敗させて、失敗に関するネガティブな印象を払拭する。
「面白い」
ティナが包むたびに歪なギョウザがホットプレートの上に増えていった。それでも少しずつ形が良くなっている。
そして、笑顔も増える。
――ジュワァアアアッ
全て並べた後にホットプレートを温める。底面に焼き色がついたところで水を入れて蓋をする。
さらに数分待って乾いた音が出始めたら御開帳。
ギョウザの出来上がりだ。
「こうやってタレを付けて食べる。熱いから気を付けろ」
「うん」
食べ方も見せてやると、ティナは真似をしてギョウザをタレに付けて口に入れた。
「!?」
しかし、あまりの熱さに口から出してしまう。
「大丈夫か?」
冷たい飲み物を差し出すと、熱さから逃れるためにティナはひったくるように受け取って飲み、口の中を冷やして事なきを得た。
「ふーふーしてから少しずつ食べるんだ」
「うん」
落ちたものを処理しながら、もう一度見本を見せて食べる。
「ふーふー、もぐ」
今度はちゃんと冷ましてから齧った。
それでも尚熱い。でも、先ほどみたいに出すことなく、どうにか食べられる。
口いっぱいに肉汁が広がり、タレとのハーモニーが絶妙だ。
「おいし」
「沢山食べろ」
「うん」
微笑むティナを見て、アックも優しい笑みを浮かべる。
二人はスノーたちと共にギョウザをお腹いっぱいになるまで堪能した。
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