第018話 首狩り、真面目眼鏡青年を迎える

「うーむ。来ないな」

「来ないね」


 もふもふカフェは昨日と同じように閑古鳥が鳴いていた。


「キュー……」

『クワァ……』


 ティナは椅子に椅子に腰を下ろして頬杖をつき、スノーたちは大きな欠伸をしている。認知度は間違いなく上がったはずだが、客は一向に来る気配がない。


 カーム王国第二の都市だけあってファームレストにはの人間が暮らしている。数百枚程度じゃまだまだ足りなかったということだ。


「宣伝しに行くか」

「うん」


 店を締め、昨日帰ってきてから夜なべをして作っておいたビラを持ち、今日も街の中に赴き、昨日とは別の場所でビラを配る。


「カフェをやっている」

「そ、そうですか」


「カフェ、来てね」

「あ、ありがとう」


「クゥッ」

「カフェのビラ?」


 戸惑いながらも今日も街の人たちはビラを受け取ってくれた。


「カフェに来てください」

「か、可愛い――ひっ!?」


 中にはティナの余りの可愛らしさに邪な気持ちを抱く不届き者もいたが、アックのたったひと睨みで逃げていく。


 アックの眼光はそれだけで人を殺せそうなほど鋭いので無理もない。


 今日もビラを渡し終えたところで店に戻る。


 ティナを抱え上げ、モフモフたちを引き連れていく姿を見た婦女子たちが今日もファンとなった。


 そして、少し離れた所でビラを受け取った一人の人物が振り返り、目許をキラリと光らせて、アックたちの背中を見つめる。


「もふもふカフェ……」


 その人物の呟きが風に溶けて消えていった。



 それからビラを配り続けて1週間が経ったが、未だに客は訪れていない。


「今日は飲み物と食べ物を無料で配る」

「分かった」


 そこでアックは宣伝方法を変えてみることにした。


 実際に店の味を知ってもらい、もふもふと戯れてもらうことで来てもらいやすくする作戦だ。


「郊外でカフェをやっている。これは無料だ。飲んでみてくれ」

「お、おう」


 アックに声を掛けられると、そのギャップの多い見た目と、異様な威圧感に足を止めて果汁ジュースを受け取ってしまう。


「無料です。街の外でカフェやってます」

「お父さんのお手伝いかい? 偉いねぇ」


 逆にティナはその天使のような可愛らしさで人を止め、アックが朝に焼いたパンを配った。


『美味しい!!』


 試した人たちは口々に言う。


 そして、スノーとシフォンたちが目を潤ませて媚びるように体を摺り寄せた。


「キュウン」

「おお、よく見るとこのモンスターは可愛いな」


「クゥッ」

「モンスターだけど、凄く可愛いわ……」


 試供品を試していた人たちも、改めて見ると、もふもふモンスターの可愛さに目の色を変える。


 そして、その様子を近くで見ていた人たちが群がってきて、かなり多めに用意していたはずのジュースとパンが、気づけばなくなってしまった。


 その結果だけ見れば試供品の配布は大成功。


 ビラも一緒に配ったし、さらに認知度があがったはずなので、これで実際にお客さんが来てくれれば文句なしだ。


「なぜだ……」

「分からない」


 しかし、それでもアックの店に客がやってくることはなかった。


 アックは理由が分からなくて頭を抱える。ティナもこれまでの生活から常識に疎いせいで問題が思い浮かばなかった。


 実は一番の原因は立地。


 郊外とはモンスターに襲われる可能性がある場所。それだけ戦いを生業としない街の人にとって郊外と言うのはハードルが高い。


 それに、街中からもふもふカフェまではそれなりに距離があって時間がかかる。


 多くの人はもふもふカフェに足を運ぶくらいなら、街中にある喫茶店で十分だと思ってしまうのであった。


 アックは強すぎるがゆえに、全く気がつかなかった。


「はぁ……」


 なかなかうまくいかないカフェの経営にアックからため息が漏れる。


「そろそろ――」


 店を閉めるか、そう言おうとした時、ドアに付けたベルの音が店内に鳴り響いた。


 ――チリンチリンッ


「いらっしゃいませ」

「まだやっていますか?」

「ああ。好きな席に座ってくれ」


 店内に入ってきたのは、手入れの行き届いている冒険者ギルドの制服を着ている、如何にも真面目そうな眼鏡を掛けた青年。


 見た目からは、およそもふもふカフェに興味があるようには見えない。


 青年は隅のテーブルに腰かけた。


「メニュー、です」

「ありがとうございます」


 ティナがその青年の許にトコトコと近づいていってメニューと水を置く。


 青年は小さいティナをきちんと店員として扱い、丁寧な言葉で返事をした。


 アックはティナにそんなことをさせるつもりはなかったのだが、彼女がどうしても手伝いたいというので、それほど大変ではないこの仕事を任せている。


「これは……コホンッ」


 青年はメニューを開くと驚いたような声を出したが、すぐに取り繕って注文を吟味する。


「決まったか?」

「ハムとキュウリのサンドイッチとアイスコーヒーを1つずつ」

「分かった」


 しばらく経った頃、アックが青年の許にやってきて注文を受けた。


「美味しい……」


 数分後に出来上がった料理を頬張った青年がポロリと零す。


 その声を聞いた途端、アックを何とも言えない充足感と達成感が包み込んだ。


 そして、青年は何も言わずにサンドイッチを平らげ、コーヒーを飲み干した後、背もたれに背を預けて目を瞑って天を仰ぐ。


 満足感に浸っているようだ。


「キュウ」

「ど、どうしたのかな? 餌が欲しいのかな?」


 声が聞こえて青年は目を開き、足元に視線を送ると、スノーがつぶらな瞳で青年の顔を見上げていた。


 あざとい。でもそれがいい。


「構ってほしいだけだ。もしよかったら撫でてやってくれ。優しく扱ってくれれば、抱き上げても構わない」

「いや、それは遠慮しておきます」


 アックの勧めを、何かをグッと堪えるような表情で顔をブンブンと横に振って断る眼鏡青年。


「キュルンッ」


 スノーは眼鏡青年の前で寝転がってつぶらな瞳で彼を見つめる。


「うっ」


 その顔を見て青年はさらに強く堪えようとする。


 まるで見えない何かに負けないようにしているかのようだ。


「キュルルンッ?」


 スノーが眼鏡青年の膝の上に飛び乗って小首を傾げる。


「ぐぅっ」


 青年は胸元をグッと掴んで唇を噛み、何かの痛みを堪えた。


「キュウンッ」


 スノーが青年の体に頭を擦りつけた。


「うわぁああああああっ!!」


 眼鏡青年はまるでダムが決壊したかのような声を上げた。


「我慢はよくない。俺ももう止めた。自分に正直になっていいんだ」


 アックが青年の肩に手を置いて優しい顔をする。


「はぁ……はぁ……そうですか。分かりました。自分に正直になります」


 アックの言葉を聞いた青年は、おそるおそるスノーの頭を撫でる。


「ほわぁ……」


 触れた瞬間、青年はその真面目な顔からは想像できない程に表情を崩し、恍惚の顔を浮かべた。


 ひと撫でしただけで、そのあまりのもふもふでふわふわな感触に青年は虜になってしまう。


 そして、青年からは幸せなオーラが溢れていた。


 ――チリンチリンッ

 

「ごちそうさまでした。また来ます」

「ああ。待っている」


 スノーのもふもふを堪能した青年は、とてもいい顔で店を後にする。


「喜んでもらえてよかったね」

「そうだな」


 初めて訪れた客が満足そうな顔で帰っていく姿を見て、アックとティナは嬉しくて笑い合い、見えなくなるまで眼鏡青年の背中を見送った。

 

「キュウッ!!」

『ククゥッ!!』


 スノーたちが僕たちもいるよと、アックとティナに群がる。


 アックもまた、締まりのない表情を浮かべながらスノーたちを撫でた。

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