第017話 首狩り、無意識に心を奪う
「これでよし」
玄関のドアにつけた裏表に「OPEN」と「CLOSE」と書かれた看板を「CLOSE」から「OPEN」にひっくり返し、可愛らしいイラストとメニューを描いたメニューボードを外に出す。
もう全ての準備は整った。
店のオープンだ!!
アックとティナがエプロンを身に着け、スノーたち従魔が客が来るのを今か今かと待ちわびる。
「誰も来ない……」
しかし、開店から数時間。待てど暮らせど客は1人も来なかった。
それもそのはず。
アックの店は郊外にあり、ファームレストの街の人たちは、店が目に入るどころか、その存在さえも知らないのだから。
開店したところで誰も来るはずがない。
「宣伝していなかった」
その事実に気づいたアックは、一度店を閉め、宣伝をするための準備を始めた。
必要なのはビラとポスターだ。
「うぉおおおおおおっ!!」
可愛らしいイラストの載ったポスターを数枚とビラを数百枚、アックの剛腕で超高速で描き上げる。
「わたしも」
アックが描いた内容を真似しながらティナも何枚かビラを描いた。
アックの役に立つためだ。
何の役にも立たない自分を家族にしてくれたアック。もしアックがオークから助けてくれなければ、今頃オークの巣で悍ましい目に遭っていただろうし、引き取ってくれなければ、孤児院で寂しい思いをしていただろう。
ティナは少しでもアックの力になりたかった。
小さなティナが一生懸命にちまちまとビラを描く姿。尊い。
従魔たちは今回は遊びではないので絵を描くのを我慢し、アックが書いて飛ばしているビラを拾って集め、綺麗にまとめていた。
描き終えたアックたちはまずは冒険者ギルドに向かう。
「すまない」
「いらっしゃ――」
受付嬢はアックを見た瞬間、言葉を失った。
なぜなら、アックがエプロン姿でやってきたから。
大柄な強面の青年がヒラヒラの可愛いエプロンを身につけてやってくれば、ギョッとするのも当然だろう。
現にここにくるまで道行く人たちが唖然として足を止めていた。
それだけで宣伝効果はバッチリだ。
「聞いているか?」
「あ、はい。大丈夫です。どのようなご用件ですか?」
アックの声で我に返る受付嬢。
「カフェを開くことになったんだが、ポスターを掲示板に貼り出してもらうことは可能か?」
「えっと、はい。掲載料がかかりますが、できますよ」
受付嬢はカフェと聞いてまたもや一瞬戸惑う。
しかし、どうにか
「それではこれを頼む」
「とても可愛らしいポスターですね。娘さんが掛かれたんですか?」
女の子が描いたようなイラスト付きのポスターを手渡され、受付嬢はアックの肩に座るティナを見る。
しかし、次の言葉を聞いて固まった。
「俺が描いた」
「え?」
受付嬢は理解の限界を超えて呆けた顔をする。
「だから、俺が描いたんだ」
「あっはははははっ。とても良いポスターですね!!」
再びハッとした受付嬢は取り繕うようにポスターを褒めた。
たとえ社交辞令やお世辞だったとしても否定されなかったことはアックにはとても大事なこと。
「ありがとう」
「!?」
アックは恥ずかしそうに頬を赤らめ、少し目を逸らして嬉しそうに感謝を告げた。
普段無表情の強面の青年がごくまれに見せるはにかみ。
――キュンッ
その大きな振り幅に受付嬢の心は撃ち抜かれてしまった。
「そ、それでは詳しい条件ですが……」
高鳴る鼓動を抑えながら、受付嬢はポスターの掲載の手続きを進めていく。
手続きを終えたアックたちは、商業ギルドへ向かった。
受付嬢はドキドキが納まらない。アックの背に熱い視線を送っていた。
そして、商業ギルドでも同じような光景が繰り広げられ、アックが訪れた場所で何度も同じことが発生することに。
アックの隠れファンが増えていく。
「邪魔をする」
「アックか」
強面の職人クラーフの元を訪れたアック。
クラーフはそっけのない態度で返事をする。しかし、実は今か今はと待ちわびていた。
「開店した。ぜひ来てくれ」
「ふんっ。そのうちな。用がないなら帰れ」
「ああ。邪魔したな」
差し出されたビラを乱暴に受け取り、シッシと手を振ってアックを追い返すクラーフ。
その顔は緩みを隠しきれていない。
それを悟られないようにアックを店から追い出したのだ。
1人になると、クラーフはもふもふと触れ合えることを想像して思いきり破顔したのであった。
「カフェをオープンした。よければ来てくれ」
「あ、ああ」
そして、最後に人通りの多い場所で皆でビラを配る。
アックは頭一つ分飛び抜けているし、ティナもとても可愛らしい。その上、スノーやシフォンたちまでいるので目立つことこの上ない。
しかも、強面の青年がヒラヒラのエプロンを付けている姿を見て、大体の人が足を止める。
その隙にティナたちが駆け寄ってビラを渡す。
「郊外のカフェ、オープン」
「あ、ありがとう」
「キュウンッ」
「な、なに、ビラ?」
これで多くの人が受け取ってくれた。
アックたちが作ったビラはあっという間に消えていく。
「客が来てくれると良いな」
「うん」
全て渡し終えると、アックがティナを担ぎ上げ、家路についた。
強面青年が幼女に優しく微笑みかける姿を見て、その場にいた婦女子たちはノックアウト。
アックは人知れず多くのファンを作っていた。
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