第002話 首狩り、人を助ける

 今日は天気が良く、太陽の暖かな日差しが降り注ぐ。


「もうすぐだな……」


 アックは歩きながら額の汗をぬぐい、遠くにうっすらと見えるこの国最後の街を見て呟いた。


 傭兵という仕事柄色んな国の話を聞くことが多かった。


 その中でも気候も穏やかで治安も良く、ダントツで過ごしやすい国だと言われていたのがカーム王国だ。


 だから、ずっとカフェを出すならカーム王国が良いと考えていた。


 そして、傭兵を辞めた後、アックはカーム王国を目指して旅してきた。幾つもの国を跨ぎ、もうすぐ目的地であるカーム王国との国境に辿り着く。


 アックはゴールを目の前にしてワクワクしていた。


「これは……」


 そんな楽しい空気を壊すように、少し先から戦闘音が響いてくるのを感じ取る。


 その中には女性の声も混じっていた。


 誰かが襲われているのかもしれない。


 そう思うと居ても立っても居られず、アックは全速力で走り出した。


 10秒もするとその全貌が見えてくる。


 1台のほろ馬車が多数のモンスターに取り囲まれ、立ち往生していた。

 

 そのモンスターは二足歩行の豚を醜くしたような姿をしていて、デップリした腹と、女性の胴ほどもある太い腕と脚を持つ。


 その膂力は非常に強く、一般人が殴られれば、それだけで死んでしまうだけの力がある。


 彼らはオークと呼ばれ、雌の数が圧倒的に少なく、基本的に他種族の雌を孕ませて数を殖やす種族だ。


 その他種族には当然人間も含まれていて、男を殺し、女は連れ去ってしまう。


 だから、見つけたらすぐに殲滅するのが傭兵や冒険者の間では常識となっている。


 そして、何より可愛くない。


 殺すのに躊躇いはなかった。


 馬車の周りにはすでに何人もの男たちが倒れていて、地面が血で真っ赤に染まっている。


 ピクリとも動かないところを見るとすでに事切れてしまっているのだろう。


「くそっ!! なんでこんな所にオークの群れが――ぐわぁああっ!!」

「せっかく上玉を沢山攫ってきたの――ぎぃやぁああああっ!!」

「こんなことなら奴隷狩りなんてするんじゃ――ぐぇええええっ!!」


 見つけた時には生き残っていた男たちも、アックが辿り着く前に殺されてしまった。


 ただ、聞こえた内容から犯罪者だったことが窺える。


 アックは同情する気にはなれなかった。


 男たちを殺したオークは馬車に群がる。


 その瞬間、複数の女が悲鳴を上げた。


「きゃああああっ!!」

「だ、誰か助けてぇえええっ!!」

「いやぁあああああっ!!」


 オークはその声を聞いた瞬間、涎を垂らしながら下卑た笑みを浮かべる。


 彼らにとって人間の女の悲鳴は本能を駆り立てるエッセンスでしかない。


 オークは鼻息を荒くして、荷台から女を連れ出すため幌を破る。


 中から姿を現したのは巨大な檻に閉じ込められ、すし詰め状態にされた数十人の女たち。彼女たちはオークに殺された男たちが色んなところから連れ去ってきた罪のない人間だった。


 これだけの人数の女がいれば、鼻の良いオークが匂いに気づいて引き寄せられるのも頷ける。


 オークは女を中から連れ出すために檻の鉄格子を捻じ曲げようとした。しかし、檻は予想以上に頑丈に造られていて、オークでも少し時間がかかりそうだ。


 しかし、それが分からない女たちは恐怖で泣き叫び、さらにオークを興奮させた。


 ただ、女たちに夢中になっているオークたちは気づかなかった、背負っていた大剣を引き抜いたアックという驚異が、自分たちに近づいているということに。


 女たちが檻に閉じ込められていたことが功を奏した。


「ふんっ!!」


 アックはオークの背後で剣をふるう。


「フゴ――」


 オークは何かを言う前に頭部を失った。


 残された胴体がその場にパタリと倒れる。


「フゴォオオッ!?」

「フゴッフゴッ!?」

「フゴゴゴゴッ!?」


 そこでようやく仲間が殺されたことに気づき、パニックになるオーク。


 戦場で混乱に陥った存在など、首狩りと呼ばれた最強の傭兵の前ではただの練習台の人形のようなものだ。


 オークたちはまるで草でも刈るように次々と首を刎ねられていった。


 残り数匹になったところでアックに反撃するオークが現れるが、棒立ちで振るわれた体重の乗らない拳などアックには通じない。


 ――バシィッ


「はぁっ!!」


 左手で軽く受け止めて、右手の大剣ですぐに頭を斬り飛ばした。


「フゴォオオオッ!!」

「フゴゴゴォオッ!!」


 勝てないと悟ったオークたちが散り散りになって森の中に逃げていく。


「はぁああああっ!! ふんっ!!」


 しかし、アックが一際大きな声をあげ、気合を込めて剣を振るうと、剣は届かない距離のはずなのに、周りの木と一緒に全てのオークの頭が斬り飛ばされた。


 残された体が走りながら力を失い、前のめりに倒れて事切れる。


「はぁ……すぅー……はぁー……」


 全てのオークを倒し終えたアックはため息を吐いて呼吸を整える。


 そして、振り返って助けた女たちに近づいた。


「きゃああああああっ!!」

「こっちに来ないでよぉおおっ!!」

「ば、化け物ぉおおおおおっ!!」


 しかし、オークの返り血を浴びて血に濡れた強面のアックに、女たちはオークたちに迫られた時以上にヒステリーを起こして泣き叫んだ。


 分かってはいたものの、アックは少し落ち込んだ。

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