もふもふカフェの強面店主~首狩りと恐れられた最強の傭兵は、幼女と可愛いモンスターに囲まれてのんびり暮らす~

ミポリオン

第001話 首狩り、傭兵を辞める

「傭兵団を辞めるだと!?」


 男は突然の申し出に目を見開く。


 とある一室で、執務机につくスキンヘッドで悪人面の中年の男と、机の前に立つボサボサの茶髪と頬に切り傷を持つ強面の青年が相対していた。


 どちらも一般人よりも大きな体を持ち、鍛え上げられているのが服の上からも分かるほどに筋肉が隆起している。


 スキンヘッドの男は傭兵団『明星の鷹』を率いる団長バルカン。青年はその団員で名をアックという。


 世界にはモンスターと呼ばれる人間を襲う怪物が存在し、国家同士の戦争もよく起こる。彼ら傭兵は報酬と引き換えにモンスターを討伐し、戦争にも参加するフリーな戦力だ。


 今日、アックはバルカンに傭兵団を退団する旨を伝えに来ていた。


「ああ。世話になった」

「……許さん、許さんぞぉおおおおおおっ!! 者ども出あえ、出あえぇえええええ!!」


 バルカンはしばらく沈黙した後、わなわなと体を震わせて大きく叫ぶ。


 アックの退団は許可されなかった。


 ――バンッ


「なんだなんだ!?」

「団長、どうしたってんだ!?」

「おい、何があったんだよ団長!!」


 けたたましい音と共に扉が開いて沢山の屈強で強面の男たちが執務室になだれ込んでくる。


「アックが傭兵団を辞めるって言うんだ!! 皆で全力で止めるぞ!!」

「それは駄目だ。お前は団の光なんだ!!」

「そうだ。お前がいてこその明星の鷹なんだぞ!!」

「お前が独り立ちするのはまだ早い!!」


 なぜなら、アックが傭兵団の皆に溺愛されていたから。


 アックは、親の借金を返すため、死んだ両親の知り合いであるバルカンが団長をしていた傭兵団、明星の鷹で小さい頃から働いていた。


 下働きから始め、恵まれた体格と才能が開花してメキメキ強くなり、今では明星の鷹の筆頭傭兵と呼ばれるまでに成長。


 そしていつしか、その強面な顔と寡黙かもくな態度、そして無慈悲に敵の首を一撃で刈り取り、真っ赤な血を纏う姿から『首狩り』と恐れられる最強の傭兵になっていた。


 "死にたくなければ、首狩りの前に立つことなかれ"


 これは今となっては戦いを生業にする者たちの間に広がる常識だ。


 しかし、その過程をずっと見守ってきた傭兵団の団員たちにとって、アックは自分の子供のように可愛い存在。


 彼らは愛するアックに出て行ってほしくなかった。


「なぁ、皆こんなにお前のことを思ってるんだ。考え直さねぇか?」

「もう決めたことだ」


 バルカンが食い下がるが、アックは首を振って拒否する。


 アックは元々借金を返したら傭兵団を辞めるつもりだった。


 すでに借金を返し終えてから数年。今日まで傭兵を続けてきたのは、世話になった恩返しと、とある目的の資金を貯めるためだ。


 その目的も果たした。もうここに残るつもりはない。


「そうか。それじゃあ、仕方ねぇ。力づくだ!! 全員、アックを取り押さえろ!!」

「おうよ!!」

「やってやるぜ!!」

「任せろ!!」


 言葉での説得を諦めたバルカンは部下と共にアックに襲い掛かる。


「はぁ……やっぱりこうなるのか……」


 アックは呆れたようにため息を吐く。


 最初からすんなり抜けられるとは思っていなかった。そして、傭兵は力が物を言う世界。力で引き留めようとするのは目に見えていた。


「うぉおおおっ!!」

「ジャン、いつもありがとう」

「ふごぉおおおおっ!!」


 襲ってくる団員に礼を言いながら、アックは鳩尾に拳をねじり込む。


 団員は汚い悲鳴と共に壁に激突した。


「はぁあああっ!!」

「ロックもありがとう。でも、酒はほどほどにしろ」

「うげぇええええっ!!」


 次は蹴り飛ばす。


「大人しくしろっ!!」

「リュックもありがとう。博打はやりすぎるなよ」

「ぐぇええええっ!!」


 次は顔面を殴り飛ばす。


 その後も襲い掛かってくる団員たちをアックはあっさりとしてしまった。


「はぁ……誰一人相手にもならねぇか……本当に強くなったな、アック」


 ため息を吐き、困ったような笑みを浮かべるバルカン。


 その表情は息子の成長を喜ぶ父そのものだ。


「バルカン。俺を育ててくれたあんたたちのおかげだ」

「はっ!! 礼はまだ早いぞ。俺は皆のようにはいかないからな」


 バルカンは鼻で笑って机を飛び越え、アックの前に着地して構えた。


 傭兵団の団長だけあって、一般兵など足が竦んで動けなくなるほどの威圧感を放つ。


「いいだろう」


 しかし、アックはそよ風のように受け流して同じように構えを取った。


「いくぞ!!」

「こいっ!!」

「はぁああああっ!!」


 バルカンの拳がアックに襲い掛かる。


「ふんっ!!」

「ぐがぁああああっ!!」


 しかし、その拳が届くことはなかった。


 なぜなら、アックは一流傭兵団、明星の鷹の団長バルカンさえ足許に及ばないほどに強くなっていたからだ。


「たまに顔を見せに帰ってくる」

「さ、最後に聞かせてくれ……なんで傭兵を辞めるんだ?」


 アックが部屋から出ようとすると、その背中に息も絶え絶えのバルカンが声を掛けた。


 バルカンは疑問だった。


 アックは友人の息子だけあってずっと可愛がってきた。厳しい訓練などもさせたが、常に愛を持って接してきたはずだ。


 傭兵を辞める理由がいくら考えても分からなかった。


「……」


 アックは初めて困惑したように沈黙する。


「なぁ……教えてくれねぇか?」

「……実は俺……可愛いものが好きなんだ……それに、戦いはあまり好きじゃない……」


 絞り出すような声で懇願するバルカンに、アックは重い口を開いた。


 実はアックはその見た目と、冷酷や無慈悲といった噂とは裏腹に、可愛いものが大好きだったのだ。


 特にモフモフしたモンスターが。


 そして、お金のためにもう罪もない誰かを殺すのは嫌だった。


「はぁ?」


 その瞬間、世界が凍り付いた。


 室内にいた全員が驚愕した顔で動きを完全に止める。


 だって、アックがそんな風に考えていたとは誰も思わなかったから。


 アックも好きな物や考えを理解されるとは思っていなかった。それに、ここは傭兵団。戦わないまま居座るのも居心地が悪いし、戦わないなんて許されないだろう。


 そして、アックには可愛いモンスターたちと一緒にカフェを営んでのんびり暮らすという夢があった。


 そのための資金も貯めた。


 だから、これからは過ごしやすい国でカフェを開いてのんびりと過ごすんだ。


「それじゃあ、またな」


 アックは固まったままのバルカンたちを放置して目的地へと旅立った。

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