第003話 首狩り、幼女に懐かれる

「ふんっ!! はぁあああああっ!!」


 アックはそれ以上近づくことなく剣を何度も振った。


「ひぇええええええええっ!?」

「殺されるぅうううううっ!!」

「死にたくないよぉおおっ!!」


 その恐ろしい姿を見た女たちが泣き叫ぶ。


 ――ガガガガガキンッ


 金属同士がぶつかるような音を響かせた後、檻の天井部が吹き飛び、鉄格子部部分がバラバラになった。


『はぁ?』


 女たちは、自分たちを取り囲んでいた檻がなくなり、ポカーンと唖然とした顔をする。


「男たちは全員死んだ。オークも全部殺した。帰りたい奴は勝手に帰れ」


 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、アックは再び国境の街を目指して歩き始めた。


 俺は国境近くの街に向かっている。そこまで守ってやるからついてこい。


 くらい言えればよかったのだが、初対面かつ怯えた人間が相手では、口下手なアックにはそれが限界だった。


「どうするの?」

「だって怖いし――」

「でもこのままじゃ――」


 自由に身になった女たちは近いもの同士でこそこそを話し合う。


 その間にもアックとの距離が開いていく。


「私はアイツについていくよ、じゃあね」

「私も」

「あたいも」

「わ、私も!!」


 今の状況をきちんと理解している女たちはすぐにアックの後を追った。結局ビクビクしていた女たちも渋々ながら釣られるように後をついていく。


 暫くすると、綺麗な川が見えてくる。


「なぁ、あんた、助けてくれてありがとね」


 檻の中心部にいて身動きが取れなかった女の1人が、恐れもせずにアックに近づいて礼を言った。


「通りがかっただけだ」


 傭兵団や顔なじみ以外の一般人が久しぶりに普通に接してくれることに戸惑いながら、なんとか返事をする。


「それでさらに世話を掛けるんだけど、頼みがあるんだ。聞いちゃくれないか?」


 端的に返すアックに、申し訳なさそうな表情で話す女。


「……」

「ちょっと川に寄っていきたいんだよ。何日も体を洗ってなくてね」


 敵を射殺すような視線で先を促すアックに、女は物おじせずに頼みごとを話す。


 アックは戦場で血の匂いにまみれることが多く、あまり気にしていなかったが、よく見ると、女たちは汚れていて、すえた匂いがした。


「勝手にしろ」

「分かった。ありがとう!!」


 アックの言葉を「任せておけ」と完璧に解釈した女は、嬉しそうに仲間たちの所に戻っていった。


 川が近づくと、女たちは橋へと続く道を外れ、川のほとりに向かう。


「見たいのかい?」

「そういう趣味はない」

「なんだ、つまらないねぇ」


 その様子を見ていると、頼みごとをしてきた女が近づいてきて小悪魔のような笑みで揶揄うが、アックは狼狽えなかった。


 興味がないわけではないが、覗きのような卑怯な真似をするつもりはない。


「その子は?」


 女たちが川に降りて行く中、6歳くらいの小さな女の子がたった一人取り残されていた。


 ボロボロの貫頭衣を着ていて、背中まで伸びたアイボリーに近い長い髪がぼさぼさになっている。ただ、その透き通った海のように青い瞳は、酷く印象に残るものだった。


 気になって女に尋ねる。


「最初から居た子さ。どこから連れてこられたのかも分からない。帰る場所も、両親も居ないらしい」


 女は悲しげな表情で顔を横に振る。


 話を聞いて自分と重ね合わせ、不憫に思うアック。


 どうにかしてやりたいが、自分ができるのは街に連れていくくらいだろう。


「そうだ。私らは自分の体と服を洗うからさ。この子はあんたが面倒みてやってくれないか?」


 アックが少女を見つめていると、女は突然そんなことを言い出した。


 女たちが体を洗っている間、アックはすることがない。確かに手は空いている。でも、小さいとは言え女の子を男が洗うのはいかがなものか。


「どうしたい?」

「洗ってもらう」


 女が少女に尋ねると、そう答えてアックに近寄ってきた。


 アックはその事実に心から驚いた。


 子供たちと接する機会は数あれど、泣き出さない子供はいなかった。そんな自分に恐れることもなく近づいてくる子供は見たことがない。


 それが決め手となり、本人が良いと言うのならと、諦めて女たちとは反対側の川の畔に連れていった。


 まずは川べりに四つん這いにさせて頭を洗ってやり、次に服を脱がせ、柔らかい布を水にぬらして汚れを拭いてやる。


 目に入った体はガリガリで明らかに栄養が足りていなかった。


 1度では汚れと匂いを落としきれず、何度もやることになったが、アックは存ざいに扱うことはなく、水が濁らなくなるまで綺麗にする。


 アイボリーの髪色は全て汚れ。元々は真っ白で、本来の色を取り戻した髪は太陽の光を反射して輝き、とても美しかった。


 そして、髪の毛をハサミで整えてやると、先程までとは比べ物にならないくらい可愛らしい容姿が浮き彫りになる。


 今ならさぞかし高値で売れたことだろう。


 可愛い……まるでおとぎ話の天使みたいだ……。


 アックも汚れが落ちた少女を見てそう思った。


 自分のシャツを着せ、体を洗ってから道に戻り、女たちが帰るのを待つ。


「あっちに行かないのか?」

「ここがいい」


 尋ねると、少女はアックの服の端を握って佇む。


 どうやら懐かれてしまったらしい。


「名前は?」

「……ティナ」

「アックだ」

「アック。覚えた」


 お互いに自己紹介した後は特に会話らしい会話もなく、道の端に腰を下ろして2人で景色を眺めていた。


 服が乾いた女たちが戻ってくる。


 天気が良く、暖かい季節だけあってあっという間に乾いたらしい。


「あら、見違えたねぇ……」


 先ほどまでとまるで別人に変わった少女を見て、物おじしない女が目を丸くする。


「いくぞ」


 アックは一言だけ呟いて立ち上がり、歩き始めた。


 その後をティナが服の端を握ったままトコトコとついていく。アックはティナが辛くならないように歩調を合わせた。


「すっかり懐かれちまったね。まるで親子みたいじゃないか」

「……」


 ニヤニヤと顔を覗き込んでくる女を無視する。


 実はアックもそのことが実は恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。


 女にはアックの気持ちがバレているらしい。


 幾度となく揶揄ってくる女を適当にあしらいながら歩き続けると、どうにか日が暮れる前に国境の街へとたどり着くことができた。

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